契約花嫁は、勇ましく戦う
装二郎は新たな香を取り出し、マッチ箱の側薬に頭薬を擦り付けて火を熾した。
円錐形の香の先端に火を付け、ふっと息を吹きかける。
煙が漂う中で、呪文を唱えた。
「香の術――煙火」
尾のほうへ向かった煙が、発火した。
先ほどとは異なり、百足は苦しむような動きを見せる。
まりあは清白に呪符を銜えさせ、コハルの背中に乗って百足の尾に貼り付けるよう命じた。
清白は百足の放つ液体をするする避け、呪符を貼り付けてくれる。
清白とコハルが撤退したのを確認したあと、まりあは叫ぶ。
「爆ぜろ――熾火!」
呪符が火に包まれ、弾ける。
百足は8を描くようにウゴウゴと動き回った。攻撃が効いているのだろう。
しかしながら、せっかく負った傷を、羊膜が覆う。
すると、傷が治ってしまった。
「げ、もしかして、自己再生能力!?」
「なんてことを!」
火に弱くとも、すぐに回復してしまう。
ゆゆしき問題である。
落ち着け、冷静になれ。まりあは必死に言い聞かせる。
もう一度、装二郎は香の術を試す。苦しむ様子は見せているものの、すぐに再生してしまうようだ。
「よし、まりあ、わかった!」
「な、何がわかりましたの?」
装二郎は九十九尾の黒狐の姿になると、目にも止まらぬ速さで接近する。
『まりあ、僕に乗って!』
「え、ええ!?」
『今から、爆煙をまりあの剣に纏わせる。その状態で百足に接近するから、まりあは僕の背中から斬りつけるんだ』
「ああ、なるほど。そういうわけですね」
夫婦初めての、共同作業というわけである。
異国の結婚式では新郎新婦が一緒に包丁を握り、婚礼菓子に刃を入れるという。
それと、似たようなものなのか。
まりあは装二郎に跨がる。
ふわふわとした背中は、乗り心地がいい。
なんて、気にしている場合ではなかった。
まりあが刃を構えると、装二郎が呪文を唱える。
『香の術――煙火』
刃が煙をまとい、発火する。
ごうごうと、燃えていた。
『まりあ、行くよ!』
「はい!」
片手で装二郎の毛を握り、片手に柄を握る。
燃える刃で、百足の尾を斬りつけた。
「地獄に、墜ちてくださいませ!!」
火をまとう刃が、百足の尾を両断する。
切り口から、呪符のような紙切れが見えた。それすらも、燃やして炭と化す。
百足の体はボロボロと崩れていき、欠片さえも残らなかった。
『や、やった?』
「え、ええ」
装二郎の首を、まりあはぎゅっと抱きしめた。
ふわふわで、いつものいい匂いがする。
と、勝利に酔いしれている場合ではない。
まりあは装二郎の背中から下り、その辺に落ちていた縄を拾い上げる。
『あ、待って、僕がする』
人の姿に戻った装二郎が、縄を受け取って帖尾の手足を縛る。
「あ、こいつ、体が柔らかいな」
体を折り曲げ、手足を一カ所に集めて縄で縛った。
「その体勢、大丈夫ですの?」
「大丈夫、大丈夫」
続けて、雄一も縛った。
ふうと息をついたところに、バタバタと足音が聞こえた。
「帝国警察だ! 全員、大人しくしろ!」
何もかも、終わったあとで帝国警察が突入してくる。
おそらく、装一郎が通報したのだろうと装二郎は呟いた。
それから、まりあと装二郎は帝国警察の警官に同行し、事情聴取を受けることとなった。
街中で元婚約者である雄一を発見し、普通ではない様子だったのであとを付けた。なんて事情を話したら、早々に解放される。
あとは、帝国警察に任せていれば安心だろう。
◇◇◇
千年もの戦いは、終結したのか。
まだ、わからない。
帖尾が諸悪の根源であるかどうかは、これから調査されるだろう。
そんな状況の中で、まりあと装二郎は山上家の本家に呼び出された。
前回同様、広い畳の部屋に呼び出され、夫婦並んで正座する。
装一郎は今日も、偉そうな様子でやってきた。
ただ、次の瞬間には、思いがけない行動に出る。
座布団の上に正座して、深々と頭を下げたのだ。
「装二郎、まりあ嬢、ふたりの奔走と活躍に、深く、感謝申し上げる」
装一郎に続き、親族も頭を下げた。
「えー、何これ、なんかいい景色」
「装二郎様、こういうときは、とんでもない、頭を上げてくださいと言うものでは?」
「昔から、礼儀知らずなんだよなあ、僕」
本当に、いい性格をしている。
常識に囚われない装二郎だからこそ、まりあは強く惹かれたのだろう。
顔を上げた装一郎は、淡々と決定事項を口にする。
「今後、山上家の予備と、花嫁についての慣習は全撤廃する」
それを聞いた瞬間、装二郎とまりあは双方見つめ合う。
手を取り、喜びを露わにした。
装二郎が懐から、古めかしい紙を取り出した。
それは、予備の死を以て、九十九尾の黒狐を輪廻転生させる呪いだという。
それを皆の前で破り、蝋燭の火で燃やした。
「あ――!」
装二郎の体から、九十九尾の黒狐が出てくる。
『ふん、愚かな一族よ』
それだけ呟き、姿を消した。
装二郎は予備の呪いから、解放されたようだ。
「ということは、装二郎様は黒狐の姿になれなくなった、ということですの」
「そうなのかな?」
装二郎は変化の術を試す。
すると、黒狐の姿へと転じた。
『え、これは、どういうこと?』
「九十九尾の黒狐が、お前に力を残していったのかもしれない」
『そ、そっかー』
そんなわけで、山上家の長年の遺恨どころか、装二郎を取り巻く問題も解決した。
まりあと装二郎は、手と手を取り合い、あやかし達の待つ家に帰る。
玄関を潜ると、狐や狸、化け猫や川獺のウメコがこぞって出迎えた。
『おかえりなさい、装二郎様、まりあ様!』
その言葉に、夫婦ふたりは笑みを浮かべ、「ただいま」と返したのだった。




