契約花嫁は、襲われる
あやかしを匿い、守っていた山上家が、癒城家の系譜だと判明するのに時間はかからなかったようだ。
ただ、同じように陥れようとしても、山上家の者達は尻尾を見せない。
何年、何百年と経ち、ついに機会が訪れた。
山上家の当主が、結婚した。
相手は、没落した久我家の娘だった。
「我らが選んで陥れた久我家の娘と、山上家の当主が結婚するなんて奇跡だと思った!」
やはり、まりあの父親は計略に引っかかっていたようだ。
奥歯をぎゅっと、噛みしめる。ここで、怒りを露わにしたら相手の思うつぼだろう。
「調べたら、久我家の娘は巫女となりうる、力を持った娘ではないか。こんな僥倖、滅多にない。山上家の当主と共に、利用しようと思ったのだ」
雄一を仲間に引き入れたのは、まりあの元婚約者だったかららしい。
政府直属の機関に地位を与えるのと引き換えに、まりあと接触して情報をかき乱す役割を担っていたようだ。
ちらりと、帖尾は背後の不気味な水槽を振り返る。
「千年前、鬼は強力な武士や巫女の肉や血を混ぜて、完成までに至った。これまで鬼が失敗していたのは、核となる素材がなかったからなのだ」
まりあと装二郎、ふたりの血肉を混ぜたら、最強の鬼は完成する。
帖尾は自信たっぷりに、計画を暴露してくれた。
「これから、我が国はどんどん力を付けていくだろう。さすれば、世界の脅威となって侵略を受けてしまう。鬼は、外敵と戦う救世主となるだろう――」
大きな力を持つ者が頂点に立つべきなのだと、帖尾は自らの意見を語る。
「御上ですら、鬼を持つ帖尾家に、ひれ伏すに違いない!!」
千年前とは異なり、帖尾家の当主に御上への忠誠心はないようだ。
加えて、少々お喋りである。
それが、仇となるのかもしれない。
彼は喋りすぎた。
その間に、装二郎の香の術は完成する。
唸るような低い声で、呪文を呟いた。
『香の術――雲濤煙浪』
大きな波が、帖尾と雄一に襲いかかる。
「な、なんだ、これは!?」
「ううっ!!」
それは、香から漂う煙が作りだした、幻の海。
波は高く上がり、対象者を海の底へと呑み込んでしまう――ように錯覚させる幻術である。
香をすべて燃やさないと、使えない術式らしい。
展開は難しいかもしれない。そんなことを言っていたが、帖尾がお喋りなおかげで展開できたのだ。
帖尾と雄一は苦しそうにもがいていた。
まず、装二郎は雄一に飛びかかって、口に銜えていた昏倒の香を嗅がせた。
雄一はびくんと体を痙攣させ、その場に倒れる。
次は、帖尾だ。
装二郎が飛びかかる前に、意識を失って倒れた。
シンと、静まり返る。
それも一瞬であった。
「おおおお、おおおおおおおおお!!」
白目を剥いた帖尾が立ち上がり、耳をつんざくような甲高い叫びをあげた。
「な、なんですの!?」
『呪術だ! 意識の昏倒と共に、発動するように仕掛けていたのかもしれない!』
装二郎は後退し、まりあを守るように立ちはだかる。
「お、おおお……き、きいいいいいいいん!!!!」
口から、ドロドロとした固形を吐き出す。
羊膜に包まれた、赤子のように見えた。
大蛇のように細長く、気持ち悪い。
帖尾は再び、その場に失神し倒れた。
装二郎は九十九尾の黒狐の姿から、人の姿へと転じた。
獣化ではなく、変化の術なので服はきちんと身に纏っている。
正体不明の敵なので、接近戦よりも香を使った遠隔攻撃のほうがいいと判断したのだろう。
「香の術――煙滅!」
煙が刃となり、細長い化け物を襲う。
だがしかし、攻撃はぬめりに弾かれてしまった。
まりあが放った、水の呪符も効果がまったくなかった。閉じ込めた水球は、すぐに破られてしまう。
そうこうしているうちに、化け物が姿を変える。
手足が次々と生えて、百足のような姿となった。
「まさか、化け物を体内に呑み込んでいたなんて」
「信じられません」
暢気に会話をしている場合ではなかった。
百足は襲いかかってくる。
最初の標的は、装二郎のようだ。
「うわ、気持ち悪っ!!」
羊膜に包まれたようなぬめりはそのまま。ねちょねちょと、生理的に受け付けない音を鳴らしながら、接近している。
まりあはレイピアのような仕込み刃を振り上げ、百足に向かって斬りつけた。
だが、表面は弾力があり、刃がまったく通らない。
「なんですの!!」
百足が口から吐き出す液体は、溶解液のようだった。触れたものを、溶かしていく。
呪符を銜えたコハルが接近しようとしたが、溶解液を噴射させるので近づけなかった。
攻撃は、何もかも通用しない。
「まりあ! 何か、化け物を操る呪符のようなものはない? この百足は、僕がしばらく引きつけておくから、調べてくれるかな」
こうなったら、まりあの千里眼頼みである。
まりあは百足から距離を取り、じっと見つめた。
視界が霞む。
急に、目眩も覚えた。
ここで、倒れてはいけない。
おそらく、この千里眼を使う代償なのだろう。
これまでは、見えやすいところに呪符が貼られていた。
今回は、わかりにくいところに弱点があるのだろう。
百足の核となるものを、みせろ。
強く、強く念じた。
その場に立っていられず、まりあは膝をつく。
それでも、みることは止めなかった。
一カ所だけ、チカ、チカと光る場所があった。
尾である。
それから、火という文字が目の前に浮かんだ。おそらく、弱点なのだろう。
「装二郎様、弱点は尾です。それから、火に弱いと」
「わかった」
反撃開始である。




