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帝都あやかし屋敷の契約花嫁  作者: 江本マシメサ
第五章 契約花嫁は、幸せをつかみ取る!

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契約花嫁は、夫と共に潜入する

 動きやすいように、女学生時代の袴を着る。

 懐に、呪符を差し込んだ。もちろん、装二郎からもらった銀の鈴を付けるのも忘れない。仕込み刃付きの傘も、持って行く予定だ。


 昼間であるが、コハルと清白はまりあに同行するという。

 コハルは襟巻きに化け、清白は巾着の中へと潜り込む。


「ふたりとも、ありがとう」


 心強い味方とともに、調査に向かった。


 街には、〝初売り〟と書かれた赤いのぼりが上がっている。

 多くの人々が商店に押しかけ、品物が入った木箱を抱えていた。


 年が変わり、その翌日に初売りが始まるという。


「事を始めるには、年始の二日が縁起がいいって言われているんだよ。だから、商売は今日からのお店が多いみたい」

「そうなのですね」


 自分達の問題も、きっといいほうに傾く。

 なんたって、今日は事を始めるのに縁起がよい日なのだから。


「人が多いなあ」


 そう言って、装二郎はまりあの手を掬うように取った。

 簡単に離ればなれにならないよう、指と指の間に手先をすべらせてからぎゅっと握る。

 これは、恋人繋ぎと呼ばれるもの。

 学習院時代に、同窓生達と盛り上がったことがある。

 友達同士で試してみても、ドキドキしたくらいだった。

 装二郎相手ならば、平静ではいられない。


「あ、あの、装二郎様、手――」

「て?」

「手は、このように、繋ぐ必要は、あるのかと」

「こっちのほうが、離れないでしょう?」


 ただ握っているだけでは、誰かにぶつかったときに離れてしまうかもしれない。だから、このようにして握っているのだという。


「この握り方、嫌?」

「い、嫌ではありませんけれど」


 ただ、猛烈に恥ずかしい。それだけだ。


 初売りで賑わう大通りを抜け、診療所がある下町を目指す。

 まりあの実家があるほうとは、真逆に位置しているらしい。

 下町は東西南北と四カ所あるが、場所によっては治安が悪いという。


「今から向かう下町は、治安が悪いところだねえ」

「気を引き締めて、進みます」

「うん、それがいいよ」


 装二郎はまりあの手を、力を込めて握る。

 何があっても離れないように。

 そんな意思を、まりあは感じ取った。


「あ――!」


 人々がまばらに通る道に、見知った後ろ姿を発見する。

 それは元婚約者、波田野雄一。


「まりあ、知り合い?」

「え、ええ。元婚約者で、今は政府の諜報活動を行う部署にいるらしいです」

「そうなんだ」


 向かう先には、あやかし専門の診療所がある。

 もしかしたら、彼もまた同じように潜入しようとしているのかもしれない。


「装二郎様、どうします? 一回、出直したほうがよろしいのでは?」

「いや、行こう。もしも向かう先が同じでも、迷い込んだことにすればいいからさ」


 調査は今日がいい。

 装二郎の勘が、そう訴えているのだという。


「まりあが嫌な予感がするならば、引き返すけれど」

「いいえ、特に何も感じません。行きましょう」

「了解!」


 雄一のあとを、つかず離れず。そんな距離で歩く。

 別にあとを追っているわけではないが、行き先が一緒になってしまうのだ。


 そして――不気味で古めかしい、平屋建ての建物の前にたどり着く。

 看板には、〝箭実矢やみや診療所〟と書かれていた。


「ここが、あやかし専門の診療所」

「みたいだね」


 雄一は周囲をキョロキョロと見て、誰もいないのを確認すると正面玄関から中へと入っていった。


「彼、本当に諜報員なの? 僕達の尾行まがいの行動に気づかない挙げ句、見られているのにも気づかないなんて」

「わたくしのほうが、上手くやれそうな気がします」

「まりあの気配遮断、すごいよねえ。ちょっとびっくりしちゃった。どこで習ったの?」

「習ったわけではないのですが、武道を習うときに、攻撃の手を読まれないように工夫したものが、装二郎様が気配遮断と呼ぶものなのかなと」

「独学なんだ。すごすぎる」


 雄一が診療所の内部へ足を踏み入れてから、三十分ほど経った。出てくる気配はない。


「なんていうかさ、むしろ、僕達をおびき寄せる、罠かもしれないね」

「ああ見えて、わたくし達の尾行に気づいていたと?」

「いや、気づいていないと思う。たぶん、ここと大通りを、何往復もしていたんだと思うよ」

「だとしたら、若干気の毒ですわね」

「そうだね」


 ここまできたら、引き下がれない。

 装二郎は決意を固める。


「よし。僕達も、中へ入ってみようか」

「はい」


 潜入する前に、装二郎は懐から千代紙と貝に封じられた練り墨を取り出す。千代紙の裏に、指先で時間を書き込む。その後、鶴を折った。


「装二郎様、それは?」

「もしも、日が暮れても報告が届かないようであれば、助けてくださいっていう手紙」


 羽を広げた鶴を手のひらに載せ、ふっと息を吹きかける。

 鶴はパタパタと羽をはためかせ、空高く飛んでいった。

 装一郎のもとを目指しているらしい。

 続けて取り出したのは、姿隠しの香〝煙霧〟。

 気配と姿、声、匂いを遮断する。


「さあまりあ、行こう」

「ええ」


 正面玄関から入るのではなく、建て付けの悪い窓から侵入するという。

 この辺も、事前に調査していたらしい。


 建物を回り込み、路地裏のほうへ入り込む。

 窓は外から見ただけでも、歪んでいた。窓枠を掴み、軽く揺らしただけで簡単に開く。

 装二郎は窓枠に足をかけて、ひらりと中へ入った。まりあも続こうとしたが、装二郎の腕が伸びる。

 まりあの胴を掴んで抱き上げると、軽々と中へ引き入れてくれた。


 突然のことだったので、悲鳴をあげそうになった。

 気合いで呑み込む。

 姿隠しの香の効果があるので、叫びを別に発しても問題ない。けれども、なるべく大きな声は出したくなかったのだ。


 診療所の廊下は、薄暗く埃っぽい。天井を見上げたら、クモの巣が張っていた。

 衛生状態は、最悪としか言えない。

 なぜ、このような場所に怪我人が運びこまれていたのか。意味不明である。


「装二郎様、人の気配は?」

「感じない」


 最後に運びこまれたのは、手を引きちぎられた被害者である。

 一週間前なので、退院しているはずがない。


 ひとまず、廊下をまっすぐに進んでみる。

 驚くほど、人の気配はない。


 雄一はどこにいったのか。

 同じ空間に、いるとは思えなかった。 

 もしかして、裏口から出て行ったのか。

 よくわからない。


 途中、僅かに開いていた扉を開き、部屋の中を覗いてみる。

 まりあは、口元を押さえ悲鳴を呑み込んだ。


 床が、真っ赤に染まっていたのだ。若干の、悪臭も漂っている。

 染み込む赤黒いものは、塗料ではないだろう。

 寝台には、メスが刺さっていた。

 棚は空っぽ。薬品の瓶などが転がっているが、古びていた。

 使用済みの注射器が転がっているのも、不気味である。


「装二郎様、こ、ここは、なんですの?」  

「ひとまず、まともに機能している診療所でないことは確かだね」


 近くに落ちていた注射器には、液体が残っていた。装二郎は手袋を嵌め、拾い上げる。それを、缶の小物入れに入れて懐の中へ忍ばせた。

 証拠品として、持ち帰るのだろう。


「もしかしたら、地下部屋があるのかもしれない。探してみよう」

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