契約花嫁は、年越しを夫と共に迎える
縁側に、狐達が並んで日なたぼっこしている。
太陽の日差しを浴びた毛並みは、黄金に輝いていた。
これぞ、山上家の宝。
まりあは思わず、手と手を合わせてしまった。
と、こんなことをしている場合ではない。
年末は忙しいのだ。
装一郎からの手紙は、すぐに帰ってきた。好きにしろ、とのこと。
「びっくりした。無理にでも来いって言うかと思っていたから」
「よかったですわね」
「うん」
久しぶりにゆっくり過ごせそうだと、装二郎は嬉しそうに語っていた。
当然の権利を、装二郎はこれまで手にしていなかったのだろう。
これからは、間違った行いは少しずつ正していきたい。
もう二度と、装二郎を予備とは呼ばせない。そんな気概がまりあにはあった。
翌日――まりあと装二郎は、揃いの割烹着をまとって台所に立っていた。
これから、御節供を作るのだ。
先生はウメコと、台所で働く鎌鼬達。
『では、御節供の料理について、説明しますね』
重箱に詰める料理は、全部で十二種類。地域によって料理は異なるようだが、山上家では十二という数字を〝余分なほどに完全〟と捉えているのだとウメコは説明する。
「たしかに、十二分という言葉もありますので、十二という言葉は特別なのかもしれないですわね」
年神様をもてなす十二の料理は、手間暇かけて作られているという。
ウメコが胸を張りつつ説明してくれる。
『豆を甘く煮込んだ〝黒豆〟、乾燥イワシを甘辛く味付けした〝田作り〟、甘く煮た栗を擂った芋に絡めた〝栗きんとん〟、〝紅白かまぼこ〟に、酢でしめた〝紅白なます〟、季節の野菜を煮込んだ〝煮物〟、塩で漬けた〝数の子〟、ニシンに昆布を巻いて干瓢で締めた〝昆布巻き〟、〝鰤の照り焼き〟、塩ゆでした〝海老〟、ゴマで和えた〝たたきごぼう〟――以上、十二種類です』
「もしかして、数日にわたって作りますの?」
『はい!』
料理を少ししか習得していないまりあでもわかる。一日で、とても作れるような品数ではないと。
「なんというか、甘めの味付けの料理が多いですわね」
『それにも、理由があるようです。御節供は年神様をもてなす料理なのですが、台所のかまど神を休ませるものでもあるのです。だから、砂糖をきかせた保存が利く料理を重箱に詰めるのですよ』
「なるほど」
年のはじまりはかまどに火を点さず、温かいものを食べたいときは火鉢を使うのだという。
『料理にも、ひとつひとつ、願いが込められているのですよ』
黒豆は邪気を祓う。
田作りは五穀豊穣。
栗きんとんは商売繁盛や、金運を呼び込む。
紅白かまぼこは、赤は邪祓い、白は清浄を意味する。
紅白なますは一族に平和をもたらす。
煮物は強い運気を引き寄せる。
数の子は多くの子どもに恵まれますように、という願い。
昆布巻きは不老長寿の願いと、子孫繁栄の意味がある。
ぶりの照り焼きは立身出世の願いが込められている。
海老は健康と長寿。
たたきごぼうは開運と幸せの意味が込められている。
「この世の縁起担ぎが詰め込まれたお料理ですのね」
『そうですね』
気合いを入れて、準備しなければならないだろう。
まりあは襷を巻いて、御節供作りに挑んだ。
二日掛けて御節供を完成させたら、三十一日は蕎麦打ちが始まる。
のんびり休む暇なんてなかった。
年末は、蕎麦を食べるらしい。この風習は、まりあにとっては初めてである。
蕎麦についても、ウメコが説明してくれた。
『その昔、三十日蕎麦といって、毎月三十日に蕎麦を食べる風習があったそうです。それが、年末の大晦日の晩だけになって、晦日蕎麦、と呼ばれるようになったそうですよ』
ウメコは切ったばかりの蕎麦を一本摘まんで、まりあに見せた。
『この蕎麦みたいに、長く長く、生きられますように、という願いが込められているのです』
さらに、一年の邪気を断ち切る、という意味もあるようなので、食べ残しは厳禁だと。
『年末の本家では、わんこ蕎麦大会、なんてものも開催されているようですよ』
「わんこ蕎麦?」
まりあの脳内には、犬が蕎麦を食べる様子が映し出される。
しかしながら、犬は関係ないらしい。
『わんこは、お椀という意味です。お椀に少量の蕎麦と薬味を入れて、次々食べるのがわんこ蕎麦と呼ばれるものなのですよ』
大変盛り上がるらしい。
装二郎は百杯ほど食べるようだが、毎年装一郎に負けているという。
『絶対、わざと負けているだろうと、兄弟喧嘩になるのも、年中行事だったのです』
「でしたら、ご当主様は今頃寂しがっているのかもしれないですわね」
『たまにはいいと思います』
茹だった鍋に、蕎麦が投下される。ぐつぐつ沸騰する中で、蕎麦が踊っていた。
蕎麦に乗せるものにも、縁起を担いでいるという。
ネギは、一年の頑張りを労うという言葉遊び。
海老は長寿祈願。
春菊は、今が一番おいしいので、一族の盛りを祈る。
紅白かまぼこは祝いの象徴。
卵焼きは金を呼び込む。
稲荷揚げは、五穀豊穣を司る稲荷神の加護が続くよう、願いが込められている。
蕎麦に、てんこ盛りの具が載せられた。
まりあと装二郎は、ふたりきりで晦日蕎麦を囲む。
「こんな静かな年越し、初めてだな」
「賑やかなのがお好きならば、わたくしとわんこ蕎麦勝負でもいたします?」
「待って。ちょっと面白そうなんだけれど」
「装二郎様、八百長はなし、ですわよ」
「ちょっ、それ、誰から聞いたの?」
「内緒です」
そんな話をしつつ、蕎麦を食べる。
「まりあは、お蕎麦を食べるのは初めて?」
「晦日蕎麦を食べるのは初めてですが、蕎麦は初めてではありません」
「そうなんだ」
印象的だったのは、学習院時代に食べた立ち食い蕎麦。
外出を許された日、花乃香が屋台を発見したのだ。
立って食べるなんてはしたない。そんなことを言う同窓生に、花乃香が言ったのだ。
孔雀宮である夜会では、立って料理を食べるのが礼儀だと。だから、立ち食い蕎麦ははしたなくない。
同窓生達は、花乃香にまんまと騙される。
その日は寒かった。だから、どうしても温かい蕎麦が食べたかったのだろう。
「花乃香様達と食べた蕎麦は、本当においしかったです」
蕎麦の味が忘れられなかったが、なかなか立ち食い蕎麦にひとりで挑戦はできなかった。
次に食べたのは、久我家が没落してから。
あばら屋に引っ越し、呆然としているなかで、アンナが頼んでくれたのが出前の蕎麦だったのだ。
「その蕎麦も、おいしかったと記憶しています」
安くておいしい蕎麦は、没落した久我家を支えてくれた料理だったのだ。
ウメコと打った蕎麦は、香り高くのど越しもよい。
普段食べるものよりおいしいと感じるのは、新蕎麦だからだろう。
蕎麦は秋に収穫され、挽かれて粉となる。
今の時季に流通するのは、玄蕎麦と呼ばれる殻の付いたものだという。
玄蕎麦は劣化が早く、味わえる期間は短い。
年始からは、殻が取り除かれた蕎麦が販売されるため、玄蕎麦を味わえるのは今だけ、というわけだ。
「まりあ、お蕎麦、おいしいね」
「はい、おいしいです」
装二郎と蕎麦を食べながら、来年こそ穏やかな一年でありますようにと、願うまりあであった。




