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帝都あやかし屋敷の契約花嫁  作者: 江本マシメサ
第五章 契約花嫁は、幸せをつかみ取る!

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契約花嫁は、年越しを夫と共に迎える

 縁側に、狐達が並んで日なたぼっこしている。

 太陽の日差しを浴びた毛並みは、黄金に輝いていた。

 これぞ、山上家の宝。

 まりあは思わず、手と手を合わせてしまった。


 と、こんなことをしている場合ではない。

 年末は忙しいのだ。


 装一郎からの手紙は、すぐに帰ってきた。好きにしろ、とのこと。


「びっくりした。無理にでも来いって言うかと思っていたから」

「よかったですわね」

「うん」


 久しぶりにゆっくり過ごせそうだと、装二郎は嬉しそうに語っていた。

 当然の権利を、装二郎はこれまで手にしていなかったのだろう。

 これからは、間違った行いは少しずつ正していきたい。

 もう二度と、装二郎を予備とは呼ばせない。そんな気概がまりあにはあった。


 翌日――まりあと装二郎は、揃いの割烹着をまとって台所に立っていた。

 これから、御節供を作るのだ。

 先生はウメコと、台所で働く鎌鼬達。


『では、御節供の料理について、説明しますね』


 重箱に詰める料理は、全部で十二種類。地域によって料理は異なるようだが、山上家では十二という数字を〝余分なほどに完全〟と捉えているのだとウメコは説明する。


「たしかに、十二分という言葉もありますので、十二という言葉は特別なのかもしれないですわね」


 年神様をもてなす十二の料理は、手間暇かけて作られているという。

 ウメコが胸を張りつつ説明してくれる。


『豆を甘く煮込んだ〝黒豆〟、乾燥イワシを甘辛く味付けした〝田作り〟、甘く煮た栗を擂った芋に絡めた〝栗きんとん〟、〝紅白かまぼこ〟に、酢でしめた〝紅白なます〟、季節の野菜を煮込んだ〝煮物〟、塩で漬けた〝数の子〟、ニシンに昆布を巻いて干瓢かんぴょうで締めた〝昆布巻き〟、〝ぶりの照り焼き〟、塩ゆでした〝海老〟、ゴマで和えた〝たたきごぼう〟――以上、十二種類です』

「もしかして、数日にわたって作りますの?」

『はい!』 


 料理を少ししか習得していないまりあでもわかる。一日で、とても作れるような品数ではないと。


「なんというか、甘めの味付けの料理が多いですわね」

『それにも、理由があるようです。御節供は年神様をもてなす料理なのですが、台所のかまど神を休ませるものでもあるのです。だから、砂糖をきかせた保存が利く料理を重箱に詰めるのですよ』

「なるほど」


 年のはじまりはかまどに火を点さず、温かいものを食べたいときは火鉢を使うのだという。


『料理にも、ひとつひとつ、願いが込められているのですよ』


 黒豆は邪気を祓う。

 田作りは五穀豊穣。

 栗きんとんは商売繁盛や、金運を呼び込む。

  紅白かまぼこは、赤は邪祓い、白は清浄を意味する。

 紅白なますは一族に平和をもたらす。

 煮物は強い運気を引き寄せる。

 数の子は多くの子どもに恵まれますように、という願い。

 昆布巻きは不老長寿の願いと、子孫繁栄の意味がある。

 ぶりの照り焼きは立身出世の願いが込められている。

 海老は健康と長寿。

 たたきごぼうは開運と幸せの意味が込められている。


「この世の縁起担ぎが詰め込まれたお料理ですのね」

『そうですね』


 気合いを入れて、準備しなければならないだろう。

 まりあは襷を巻いて、御節供作りに挑んだ。


 二日掛けて御節供を完成させたら、三十一日は蕎麦打ちが始まる。

 のんびり休む暇なんてなかった。

 年末は、蕎麦を食べるらしい。この風習は、まりあにとっては初めてである。

 蕎麦についても、ウメコが説明してくれた。


『その昔、三十日みそか蕎麦といって、毎月三十日に蕎麦を食べる風習があったそうです。それが、年末の大晦日の晩だけになって、晦日みそか蕎麦、と呼ばれるようになったそうですよ』


 ウメコは切ったばかりの蕎麦を一本摘まんで、まりあに見せた。


『この蕎麦みたいに、長く長く、生きられますように、という願いが込められているのです』


 さらに、一年の邪気を断ち切る、という意味もあるようなので、食べ残しは厳禁だと。


『年末の本家では、わんこ蕎麦大会、なんてものも開催されているようですよ』

「わんこ蕎麦?」


 まりあの脳内には、犬が蕎麦を食べる様子が映し出される。

 しかしながら、犬は関係ないらしい。


『わんこは、お椀という意味です。お椀に少量の蕎麦と薬味を入れて、次々食べるのがわんこ蕎麦と呼ばれるものなのですよ』


 大変盛り上がるらしい。

 装二郎は百杯ほど食べるようだが、毎年装一郎に負けているという。


『絶対、わざと負けているだろうと、兄弟喧嘩になるのも、年中行事だったのです』

「でしたら、ご当主様は今頃寂しがっているのかもしれないですわね」

『たまにはいいと思います』


 茹だった鍋に、蕎麦が投下される。ぐつぐつ沸騰ふっとうする中で、蕎麦が踊っていた。

 蕎麦に乗せるものにも、縁起を担いでいるという。 


 ネギは、一年の頑張りをネギらうという言葉遊び。

 海老は長寿祈願。

 春菊は、今が一番おいしいので、一族の盛りを祈る。

 紅白かまぼこは祝いの象徴。

 卵焼きは金を呼び込む。

 稲荷揚げは、五穀豊穣を司る稲荷神の加護が続くよう、願いが込められている。


 蕎麦に、てんこ盛りの具が載せられた。

 まりあと装二郎は、ふたりきりで晦日蕎麦を囲む。


「こんな静かな年越し、初めてだな」

「賑やかなのがお好きならば、わたくしとわんこ蕎麦勝負でもいたします?」

「待って。ちょっと面白そうなんだけれど」

「装二郎様、八百長やおちょうはなし、ですわよ」

「ちょっ、それ、誰から聞いたの?」

「内緒です」


 そんな話をしつつ、蕎麦を食べる。


「まりあは、お蕎麦を食べるのは初めて?」

「晦日蕎麦を食べるのは初めてですが、蕎麦は初めてではありません」

「そうなんだ」


 印象的だったのは、学習院時代に食べた立ち食い蕎麦。

 外出を許された日、花乃香が屋台を発見したのだ。

 立って食べるなんてはしたない。そんなことを言う同窓生に、花乃香が言ったのだ。

 孔雀宮である夜会では、立って料理を食べるのが礼儀だと。だから、立ち食い蕎麦ははしたなくない。

 同窓生達は、花乃香にまんまと騙される。

 その日は寒かった。だから、どうしても温かい蕎麦が食べたかったのだろう。


「花乃香様達と食べた蕎麦は、本当においしかったです」


 蕎麦の味が忘れられなかったが、なかなか立ち食い蕎麦にひとりで挑戦はできなかった。

 次に食べたのは、久我家が没落してから。

 あばら屋に引っ越し、呆然としているなかで、アンナが頼んでくれたのが出前の蕎麦だったのだ。


「その蕎麦も、おいしかったと記憶しています」


 安くておいしい蕎麦は、没落した久我家を支えてくれた料理だったのだ。


 ウメコと打った蕎麦は、香り高くのど越しもよい。

 普段食べるものよりおいしいと感じるのは、新蕎麦だからだろう。

 蕎麦は秋に収穫され、挽かれて粉となる。

 今の時季に流通するのは、玄蕎麦と呼ばれる殻の付いたものだという。

 玄蕎麦は劣化が早く、味わえる期間は短い。

 年始からは、殻が取り除かれた蕎麦が販売されるため、玄蕎麦を味わえるのは今だけ、というわけだ。


「まりあ、お蕎麦、おいしいね」

「はい、おいしいです」


 装二郎と蕎麦を食べながら、来年こそ穏やかな一年でありますようにと、願うまりあであった。 

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