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帝都あやかし屋敷の契約花嫁  作者: 江本マシメサ
第五章 契約花嫁は、幸せをつかみ取る!

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契約花嫁は、あやかし屋敷に帰宅する

『明日、まりあを迎えにいってもいい? 狐の姿ではなくて、人間の姿で。まりあのお友達にも、ご挨拶をしたいし』

「え、ええ、もちろん」


 花乃香に装二郎を紹介する。なんだか気恥ずかしいが、きちんと紹介したい。

 また明日、そう言って装二郎と別れた。


 ホッと、胸をなで下ろす。

 問題はまったく解決していないが、心に火が灯ったようだった。

 装二郎と一緒ならば大丈夫。

 そう思えてならない。


 装二郎と話すことによって、心のモヤモヤが少しだけ解消されたらしい。

 布団に入って瞼を閉じたら、眠りの中に呑み込まれた。


 翌日――花乃香に家を出ると伝えた。


「そうだろうなと、思っていました。もっといてほしかったのですが、これは私の我が儘ですよね」

「花乃香様……。また、遊びにきますので」

「約束ですよ」


 そう言って、花乃香は小指を差し出す。まりあも小指を差し出して、指切りげんまんをした。


 それから五分と経たずに、装二郎がやってきた。


 色紋付きの着物と羽織姿でやってくる。

 夜、しっかり眠ったのか。これまでにないくらい、しゃっきりとしている様子だった。


「どうも、はじめまして」

「まあまあ! 山上家のご当主様に、直々に足を運んでいただけるなんて」

「花乃香様、夫は山上家の当主ではありませんの」

「え?」


 驚きの表情を向けたのは、花乃香だけではない。装二郎もだった。

 まんまるとした目で、まりあを見つめる。


「夫は、山上装二郎と申します。当主の、双子の弟ですわ」

「あ、そう、でしたのね。そういえば、まりあ様から直接、ご当主様と結婚した、なんて話は聞いておりませんでした。勘違いをしてしまい、失礼を」


 しーん、と静まりかえる。若干の、気まずい空気さえ流れていた。


「あー、えっと、なんだかわけありで、すみません」

「いえ、お会いできて、光栄です。まりあ様は結婚後、これまで以上にすてきになっていたものですから、きっと、幸せな結婚生活を送っていたんだろうなと、思っていたのです」


 ひと目、装二郎にも会ってみたかったのだと、花乃香は話す。


「こうして並んでいる姿を見ると、とてもお似合いで、すてきなご夫婦だな、と感じました」

「花乃香様、ありがとうございます」


 問題は解決していない。

 山上家への疑惑も、晴れたわけではなかった。

 けれども、まりあは装二郎の手を取って、あやかし達が待つ屋敷に帰る。

 まりあはまっすぐ花乃香を見つめ、想いを伝えた。


「花乃香様、合わせ物は離れ者、なんて言葉があります。ご縁があって共に生きる者でも、やがては離ればなれとなってしまう。けれども、夫婦は生涯を共に誓った身です。死以外の、回避できない別れ以外で、離ればなれとなるべきではないと、わたくしは思いました」


 相手に不満があって別れるならば、それでもいい。

 けれども、まりあは華族に生まれた娘。結婚は、政治的な意味合いも含む。

 夫婦の中にある縁は、愛ではない。

 けれども、情を以て接したい。夫婦なのだから。


 何か問題があれば、自分で解決しようとせずに、夫婦で力を合わせたほうがいい。

 だからまりあは、装二郎のもとへ帰る決意を固めたのだ。


「今度はぜひ、おふたりで遊びにきてくださいね。そのときに、夫を紹介できたらよいなと、思っています」

「楽しみにしています」


 装二郎はまりあに手を差し伸べる。

 そっと、指先を重ねた。


 繋いだ手は、二度と離さないようにしよう。

 まりあは決意を固めた。


 二日ぶりの我が家――なんだか、久しぶりの帰宅のような気がした。

 玄関を潜ると、狸や狐だけでなく、ウメコや化け猫もやってきていた。


『うわあああ、まりあ様だー』

『おかえりなさいませ、おかえりなさいませ!』

『もう、帰ってこないものだとばかり!』


 どうやら、心配をかけていたらしい。

 いつもは遠くから様子を窺う化け猫でさえ、やってくるくらいだ。

 手を伸ばして頭を撫でようとしたが、我に返ったのか逃げられてしまった。

 残ったあやかしに、まりあは声をかける。


「皆様、心配をかけてしまい、申し訳ありません。ただいま、もどってまいりました」


 おかえり、おかえりと口々に言われ、くすぐったい気持ちになった。

 ここが、たしかにまりあの家。

 そう、実感したのだ。


 部屋に戻ると、二日間行動を共にしたコハルと清白を労う。

 清白は窓際の、日差しが差し込む場所で日なたぼっこをさせる。コハルは、やわらかな毛並みを櫛で梳った。


 ウメコが茶を持ってきてくれる。山茶花さざんかを模した和菓子が添えられていた。


『いやはや、まりあ様が戻ってきてくれて、本当によかったです』

「ウメコにも、心配をかけさせてしまいましたね」

『いいえ、いいえ。本当に大変だったのは、旦那様のほうでして』

「装二郎様が?」

『ええ。まりあ様の帰りが遅いと言って屋敷をうろうろ歩き回り、まりあ様からの〝しばらく帰らない〟というお手紙が届いてからは、抜け殻のようになって、食事も喉を通らないようでした。あんな旦那様の姿を見るのは初めてで、わたくし共もどうすればいいものかと』

「そう、でしたのね」


 うろたえる装二郎というのが、まったく想像できない。

 ただ、黒狐の姿になって現れた装二郎は、涙を流していた。

 それほど、彼にとっては一大事だったのだろう。


『本家に報告したあと、まりあ様を連れ帰るように命じられたようですが……』


 黒狐の姿になって現れた装二郎は、まりあの前で涙を流し、そのまま帰ってしまった。


『翌日は部屋に閉じこもって、こちらの声かけにもまったく反応されませんでした』


 一日半、飲まず食わずだったらしい。

 そんな装二郎だったが、二日目の晩は上機嫌で帰ってきたという。


『まりあ様が戻ると聞いて、安心しました』

「ええ」


 まさか、食事も喉を通らないほど落ち込んでいたとは。

 案外繊細なのだと、新たな一面を知ってしまった。


「わたくしは、もう大丈夫。装二郎様の傍から、離れません」

『それを聞いて、安心しました』


 もう、揺るがない。

 まりあと装二郎は夫婦として、この家にいる。

 何かあれば、ふたりで悩み、考え、行動を起こすのだ。


 ◇◇◇ 


 夜――まりあは装二郎と同じ白檀の香りをまとって出かける。

 今宵も、化け物が暗躍しているのだ。


 今日は、陰陽師よりも先に発見できた。

 全長三米突メートルほどの巨大な狼が、千切れた腕を銜えていたのだ。


「香の術――爆煙ばくえん


 夜闇に漂う煙が、突然爆ぜる。

 狼が銜えていた腕が、宙を舞った。

 まりあは狼に接近する。


『グルルルルルッ!!』


 大きく開いた口に、呪符を投げつける。


ぜろ――熾火おきび


 口の中を焼かれた狼は、苦しみの咆哮ほうこうをあげた。それでも、戦う姿勢を見せる。鋭い爪で、まりあを踏みつけようとしたが、足下に長い紐が巻きついて行動を制限した。


 否、それは紐ではなく蛇。清白だった。


『ガアアアアア!!』


 長い尻尾でまりあの体をなぎ倒す。


『きゅんっ!!』


 尻餅をついたまりあの、変化が解けた。小さな狐の姿となる。

 狼に接近したのはまりあの本体ではない。

 コハルが変化したものであった。


 背後より接近したまりあが、背中に貼られた呪符を引き剥がす。

 狼は大人しくなり、ぺたんと力なく倒れた。


 変化が解かれる。狼の化け物へと転じていたのは、狸だったようだ。

 震える小さな体を、装二郎が抱き上げる。


「よくやった、まりあ」

「ええ」


 まりあが剥がした呪符は、散り散りとなって消えていった。

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