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帝都あやかし屋敷の契約花嫁  作者: 江本マシメサ
第四章 契約花嫁は、真実に触れる

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契約花嫁は、気持ちに気づく

 しばしジッと見つめ合っていたが、なんだか落ち着かない気持ちになる。

 黒狐は本当に装二郎なのか。先にまりあが話しかける。


「あの、本当に装二郎様、ですよね?」

『そうだけれど、どうしてわかったの?』

「白檀の匂いです」

『でも、白檀なんて、珍しくないでしょう?』

「装二郎様の匂いと、白檀の香りが混ざっているので、気づきました」

『うわ、まりあって、鼻がいいんだ』

「まあ、そういうことにしておきます」


 ふと、思い出す。

 最初に出会ったとき、黒狐について話そうとしても、できなかったことを。


『あれは、なんていうか、まりあがこの姿について話をしたら、冷静でいられるとは思わなくて。まじないいをかけていたんだよ』

「そうだったのですね」


 もう、解いたという。


「では、この銀の鈴は、装二郎様を呼び寄せるものだったのですか?」

『ご名答』


 まりあは深々と、頭を下げる。あの日、助けてくれたことに対して。


『人間の姿で、助けに行けたらよかったんだけれどね。駆けつけるのならば、この姿が早いから』


 黒狐の正体がわかったところで、まりあは質問を投げつける。


「装二郎様、昨日はなぜ、涙を流していたのですか?」

『まず、聞くことがそれでいいの?』

「よくはないのですが、ひとまず先に、聞きたいと思いまして」


 装二郎は耳をピクピクと動かしたあと、その場にしゃがみ込む。

 まりあに尻尾を差し出し、座るように言った。


「尻尾に座るなんて」

『いいから、どうぞ』


 装二郎がいいと言うので、遠慮なく座らせてもらう。

 艶のある毛並みの尻尾はふわふわ。極上の座り心地だった。


『気に入った?』

「ええ、とっても」


 重たくないのかと質問したが、まりあひとりくらいだったら問題ないらしい。

 最高級の座布団でも、ここまで座り心地はよくないだろう。


「それで、装二郎様、涙の理由は?」

『尻尾座布団で忘れたと思っていたのに』

「忘れるわけないでしょう」


 装二郎は渋々、といった様子で、昨晩の涙の理由を語った。


『装一郎に、まりあを連れ戻してこいって命令されていたんだ』

「もしかして、家出した妻を連れて帰りたくなくて、泣いていましたの?」

『そんなわけないでしょう』

「だったら、どうして?」

『それは――』

「それは?」


 耳がぺたんと伏せられる。精悍な横顔も、しょんぼりしているように見えた。


『まりあを連れて行く先は、山上家の本家。契約期間をすっ飛ばして、装一郎はまりあを花嫁として迎えると、言いだしたんだよ』

「だったら、わたくしをご当主様に差し出したくなくて、泣いていた、というわけでしたの?」

『まあ、だいたいはそうだよ』


 まりあの胸はきゅんと高鳴り、気がついたら装二郎をぎゅっと抱きしめていた。


『うっ、まりあ!』

「ああ、ごめんなさい。苦しかったのですか?」

『違う。悪い噂を聞いた家の男を、抱きしめてもいいのかと思って』

「それは――」


 よくない。ぜんぜんよくない。

 まりあは情にほだされかけていた。しっかりしなければならないのに、このザマだ。 

 山上家は、久我家を凋落へ導いた疑いがある。

 これから調査しないといけないのだ。


『もしかして、まりあのお父さんを陥れたのは、山上家の者達だ、なんて話を吹き込まれたんじゃないよね?』

「そ、それは……!」

『相手は、元婚約者あたりかな?』

「……」


 まりあは顔を覆う。装二郎はすべてお見通しだったようだ。


『調査に行って、何か情報は掴んだ?』

「敵がおぞましいことだけ、把握しました。どなたかまでは、わかりません」

『そうか』


 会話が途切れる。しん、と静かな中で時間だけが過ぎていった。

 沈黙を破ったのは、装二郎だった。


『っていうか、まりあ、普通にこの姿の僕と話すよね?』

「お姿は狐ですが、いつもの装二郎様ですので」


 姿は違えども、装二郎は装二郎だった。

 優しい雰囲気と声で、まりあを包み込んでくれる。いつもの装二郎である。

 今、まりあは装二郎と共に過ごしている中で、酷く落ち着いている自らに気づいてしまう。

 もしかしたら、敵対すべき相手かもしれないのに。

 甘やかし作戦がよくなかったのか。

 装二郎の隣が、こんなに心地いいなんて。今更ながらまりあは気づく。


「わたくし、どうすればいいのか、わかりません」

『どうして?』

「もしも、山上家が久我家の敵だったらと思うと、怖くて」

『敵じゃないよ』

「証拠がないので、信じようがありません」

『だったらまりあ、僕を使役すればいい。そうすれば、主人である君に嘘をつけなくなる』

「え? 使役って……」

『僕自身、呪いがかかっている。けれど、まりあの力ならば、呪いをものともせずに契約できるはずだ』

「呪いとは?」

『山上家の者達を守らないといけない呪い。僕の半分は、千年前に癒城家の当主を生き返らせた、九十九尾つづらおの妖狐なんだ』

「九十九尾の、妖狐、とは?」

『強力ではないが九十九個の命を持つ、生を司るあやかしなんだよ』 


 九十九個ある命のひとつを使い、癒城家の当主を生き返らせたのだという。


 山上家と九十九尾の妖狐に、いったいどのような事情があるのか。

 まりあは装二郎の話に耳を傾ける。


『一度、山上家の血が途絶えそうになったのは、三百年ほど前――』


 一族を絶やしてはいけない。

 追い詰められた当時の山上家の当主は、禁じられていた呪術に手を出した。

 それは、一族の血にあやかしの力を練り込む、というもの。

 役目を果たした途端に、予備の命は消えてなくなる。

 そして、次代の当主を守るために、母体に命が宿るのだ。

 それを、九十九尾の妖狐の命を使って、何度も何度も繰り返してきた。


『恩がある九十九尾の妖狐に、山上家の子として何度も生まれ変わらせ、当主たる子を守るようにという呪いをかけたんだよ』

「山上家に、代々双子が生まれるというのは――」

『九十九尾の妖狐の命を使った、呪いなんだ』

「なんて、ことを」

『それくらいしないと、山上家は潰されそうになっていたんだ』


 なぜ、山上家の者達は狙われているのか。

 その原因は、癒城家にあったのかもしれない。装二郎は推測する。


『これは、まだ誰にも言っていないのだけれど――この前、夢をみたんだ。癒城家の者達が、鬼退治していた夢を』


 それは、九十九尾の妖狐の記憶か。

 どうやら癒城家は、鬼退治の一族として名を馳せていたらしい。


『ただ、鬼というあやかしは、この世に存在しない。人が作った、架空の存在なんだ』

「でしたら、鬼退治とは、なんですの?」

『なんらかの、暗喩あんゆなのかもしれない』


 鬼からの恨みを買い、癒城家は断絶しかけた。

 そして、山上家と名を変えても、狙われ続けている。


『山上家が戦う見えない敵は、鬼、なんだと思う。まりあの実家を没落させたのも、おそらく――』

「鬼の仕業、ですの?」

『たぶん』


 どくん、どくんと胸が音を立てるように脈打つ。

 山上家も不確かな敵を前に、翻弄され続けているようだ。


『ごめん。こんな話をしても、信じられないかもしれないけれど』

「信じたい、です」

『え?』

「わたくしは、装二郎様を、信じたい」


 鬼を倒したら、装二郎は呪いから解き放たれるだろう。

 存在が強制的に消されることもない。


「装二郎様、一緒に、鬼を探しましょう。そして、本当の夫婦めおとに、なってほしいです」

『まりあは、それでいいの? 僕、こんなにモフモフだし』

「すてきだと思うのですが」

『そ、そうなんだ』


 昨晩、装二郎がまりあを連れて帰ったら予備の務めを果たし終えたものとみなされ、呪いが発動して死んでいたのかもしれない。

 思いとどまってくれてよかったと、心から思う。 

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