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帝都あやかし屋敷の契約花嫁  作者: 江本マシメサ
第四章 契約花嫁は、真実に触れる

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契約花嫁は、白檀の香りに触れる

 帰りに、買い物に行こうと花乃香が誘ってくれた。

 まりあが落ち込んでいるので、気を遣ってくれたのだろう。

 向かった先は、香と線香、香木の専門店だった。


「私、ここでよくお買い物するんです。優しい香りをかいでいると、気分が落ち着くのですよ」

「そうなのですね」


 店内に入ると、さまざまな香りを感じた。

 壁一面に抽斗があり、商品が保管されているようだ。

 以前、装二郎の調合部屋に案内された日を思い出してしまう。勝手に家を出た罪悪感に襲われ、胸がじくりと痛んだ。


「いらっしゃいませ」


 四十代くらいの、着物姿の女性が出迎える。

 花乃香の来店は久しぶりだったようで、喜んでいる様子だった。


「私、薔薇の香りが好きで。まりあ様は、どんな香りがお好きですか?」

「わたくしは――」


 白檀、と自然と口にしていた。

 山上家で邪祓いとして利用され、装二郎が纏っていることが多かった香りである。

 店主がいくつか、白檀の香木を出してくれた。


「……あれ?」


 どれも、装二郎が纏う白檀の香りとは異なっていた。

 まりあが好む香でなかったので、残念に思う。


「どうかなさいましたか?」

「あ、いえ。いつもかいでいるものとは、違ったので」

「白檀といっても、産地によって香りが異なります。どのような香りでしたか?」

「甘さが強かったように思います。しつこくなくて、どこかホッとする香りです」

「甘さが強い白檀ならば思い当たるのですが……」


 ふと、思い出す。

 その白檀の香りは、装二郎に近寄ったときに感じたものであると。

 調合部屋でかいだ白檀の木の香りとは、微妙に異なっているように思えた。


「あの、夫がよく、白檀を焚いた服をまとっていたのですが、香木単品でかいだ香りと違っていたように思います」

「ああ、なるほど! 人がまとう香りならば、その人自体の匂いも含まれますので、香木単品でかいだものとは異なるかと思います」


 店主の言葉を聞き、まりあは盛大に照れる。

 装二郎の匂いが大好きだと主張したのも同然だ。


「なるほど。でしたら、最高級の異国産の白檀かもしれないですね」


 残念ながら、国内にはほとんど入ってこないという。

 この店で取り扱ったこともあったが、二十年も前の話だったらしい。


「申し訳ありません」

「いえ。今日は、花乃香様のオススメするお香を、いただこうかなと」

「はい。では、ご用意しますね」


 買い物は、思いのほかよい気分転換になった。

 落ち込んでいた心は、少しだけ上を向く。


 ◇◇◇


 夜、まりあはひとり考える。


 帝国警察を脅迫し、花乃香を誘拐し、雄一から仕事を奪い、久我家を没落へと導いたのは本当に山上家なのか――。

 だとしたら、あやかしを匿い、保護していたというのも嘘だろう。

 逆に利用するために、屋敷へ集めていたのだ。

 そう考えたら、ゾッとしてしまう。


 点と線が、どうか山上家のほうに伸びていませんようにと、祈る他ない。


 まりあは眠れずに起き上がる。

 コハルや清白はぐっすり眠っているようだった。羨ましい限りである。


 ふと、昨晩の出来事が甦る。

 黒狐が金縛りと共に現れたのだ。

 いったい、何をしにきたのか。

 涙を流していた。妙に、引っかかる。


 不思議と、恐ろしいとは思わなかった。

 以前感じたような威圧感を覚えなかったからか。


 もしかしたら、今日も来るかもしれない。そう思って、窓に近づいて覗き込む。窓の外は真っ暗で、何も見えない。


 窓を開いてみた。冷たい風が部屋に流れ込んでくる。

 ガラスを通して覗き込むよりも、外の様子がわかった。

 風で揺れる木々と、月のない曇り空、それから雨が降る前の湿気った匂い。

 一瞬、目を閉じた瞬間、景色がすべて真っ黒になる。


「え、なんですの!?」


 強い風が吹いた。同時に、何か素早いものが横を通り過ぎる。

 振り返った先にいたのは、九尾の黒狐。


「あ、あなたは――!」


 昨晩同様、黒狐がまりあのもとに訪れた。

 敵意はないように思える。

 だが、近づこうと一歩接近すると、九本の尻尾をピンと立てた。

 まるで、それ以上近づくなと警告しているようだ。


 それでも、まりあが足を踏み出したので、風が巻き上がった。

 黒狐の術なのか。


 ここで、まりあはハッとなる。

 風の中に、白檀の香りを感じたのだ。


 それは、昼間に行った店でかいだ白檀とは異なる香り。

 大変貴重で、国内での取り引きはほとんどないといわれる白檀。


 甘さが強く、しつこくなくて、どこかホッとする香り――それは、装二郎だけがまとう匂いだ。


 ありえない。

 そう思いつつも、震える声で問いかける。


「もしかして、装二郎様?」


 黒狐は目を見開いた。明らかに、動揺しているように見える。


「装二郎様、なのですね?」


 問いに対する答えはない。ぶるぶると、体を震わせていた。


「昨晩、なぜ、涙を流していたのです? わたくしがいなくて、寂しかったのですか?」


 もう一度、まりあは「装二郎様」と名を口にした。

 黒狐は否定しない。

 間違いないのだろう。


 一歩、一歩と黒狐に近づき、顔を覗き込む。

 黒狐の瞳は、濡れていた。今にも、涙を流しそうに見えた。


 そんな黒狐を、まりあはぎゅっと抱きしめる。


「勝手に家を出て、ごめんなさい」


 黒狐はポロポロと、涙を流す。

 初めて、心と心が触れ合ったような気がした。 

  

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