契約花嫁は、驚愕の事実を知る
篠花の額の汗が、頬を伝って滴っていく。
まりあも急激な喉の渇きを覚え、苦しくなった。
花乃香の父親が発する圧は、これ以上聞くな、というもの。
けれども、花乃香は引かない。
「お父様、お耳が悪くなったのでしょうか? 久我家の横領事件について、詳細をお聞きしたい、と申したのですが」
重ねて言っても、沈黙は続く。
花乃香は小首を傾げていたが、何か思いついたのだろう。手をポンと打つ。
「篠花さん。情報部にある、横領事件についての報告書を、見せていただけますか?」
「あ、いや……!」
篠花は自らが矢面に立たされるとは思っていなかったのだろう。これまで以上に、汗をだらだらと滴らせている。
「しかしながら、情報部の報告書は、関係者以外、目を通してはいけないようになっているはずです」
「篠花さんが持ち出して、独り言のように読んでいただけたら、問題ないと思うのですが」
「問題ばかりだ!」
これまで沈黙を貫いていた花乃香の父が、卓上を拳で打つ。
先ほどまでは優しい父親といった様子だったが、今の様子は鬼そのものである。
突然の豹変に、まりあは恐怖した。
「事件については、公開している情報がすべてだ」
「でも私は、まりあ様のお父様が、横領をするとは思えないのです」
「警察の捜査を、疑っているというのか?」
「答えにくいのですが、はい、としかお返しできません」
父は篠花に命じる。花乃香を摘まみ出せ、と。
篠花は命令に応じていいのかわからず、オロオロしていた。
このままでは、親子関係が崩壊しかねない。
まりあは立ち上がり、謝罪しようとした。
それを制止したのは、花乃香である。
「まりあ様、大丈夫ですよ。心配ありません」
「で、ですが――」
「これは、帝国警察の問題でもあるのでしょう。体質を見直す、いい機会です」
体質の問題とはなんなのか。わからない。
花乃香は何か情報を握っているようだった。
「お父様、このまま情報を見せていただけないのであれば、私はまりあ様と独自の調査を始めます。よろしいですか? 帝都の場末や、酒場に行ってしまうやもしれません」
「――ッ!!」
痛いところを突いたのだろう。
厳しい言葉で花乃香を追い出そうとしていたが、可愛い娘であることは確か。
そんな愛娘が、危険な場所に調査に向かうことを見過ごせるわけがない。
観念したようで、低い声で篠花に命令する。
「篠花、久我家当主の横領事件に関する資料と報告書を、すべて持ってこい」
「御意に」
花乃香の交渉能力に、まりあは舌を巻く。
普段から肝が据わっている娘だと思っていたが、それ以上だったようだ。
十分後、篠花は二冊の冊子を持って戻ってきた。
卓上に置かれたそれを、自由に目を通してもいいという。
花乃香は一冊手に取って、まりあに差し出す。
「ありがとう、ございます」
深く頭を下げ、表紙を捲った。
まず、目に飛び込んできたのは、横領事件のさいに捜査に向かった警官の行方不明者の人数であった。約三十名。誰も戻ってきていなければ、遺体なども見つかっていないらしい。
そして、次に書かれてあったのは、帝国警察に送られた脅迫状の数。全部で、百通以上あったようだ。
内容は、驚くべきものだった。
始めに届いたのは、横領事件の犯人は久我家の当主である、というもの。証拠も何もない、でっち上げだった。
そのため、帝都警察も相手にしていなかったらしい。
だんだんと、脅すような内容が書かれていく。
捜査した者に危害を与えるとか、建物に火を点けるとか、関係者相手に人為的な事故を起こすとか。
一定期間、無視していたようだが、脅迫が実際に実行されるようになった。
それでも、帝都警察は正義のため、公正な捜査に務める。
だがしかし、捜査に関わる者達が、次々と行方不明になっていった。
同時に、孔雀宮の爆破も予告される。
急いで調査したら、帝都の半分を吹き飛ばすほどの火薬が発見された。
脅迫状の送り主は本気で、犯行を実行する気なのだろう。
最後に送られてきたのは、小林家の誰かを誘拐する、というもの。
「実際に、花乃香は誘拐されている。榮太殿がいなかったら、どうなっていたか……!」
まりあは花乃香を見る。
「花乃香様、そんなことがあったなんて」
「誘拐されてすぐに、夫が助けてくださったのです。怖い思いも、しておりません」
結婚前の話だったらしい。この事件が、ふたりの仲を認める結果になったと。
護衛が多いと思っていたが、誘拐事件に巻き込まれていたとあれば不思議でもなんでもない。
家が没落したまりあよりも、花乃香のほうがとんでもない目に遭っていた。
それなのに、彼女はまりあに優しかった。
誘拐事件について話さなかったのも、まりあを心配させないためだったという。
花乃香は誘拐事件が、父を悩ませる久我家の横領事件と関係あるのではないかと、推測していたらしい。
「やはり、私の予想通りでしたね」
花乃香の父親は、力なくコクリと頷いた。
止めとばかりに、帝都警察から死者が出た。
さらし者のように、時計塔に吊り下げられていたらしい。
最後まで、真実を明かそうと捜査を続けていた幹部警官だった。
残虐過ぎるその事件は、人の犯行ではない。あやかしの仕業だろうと、陰陽寮で処理されてしまった。
その事件がきっかけとなり、帝都警察の正義はぱっきりと折れ曲がってしまう。
とうとう、事件の真実をねじ曲げた捜査報告書を提出してしまった。
当然、疑いの余地なく、久我家は没落する。
犯人が誰かは、わかっていないという。
「久我殿には、悪いことをしたと思っている……!」
続けて、これ以上事件について探るのは止めてほしいと、頭を下げられてしまった。
話を聞く限り、まりあはともかくとして、花乃香はそうしたほうがいいと思った。
「花乃香様、ご協力、ありがとうございました」
あとは、ひとりで調査しなければならないだろう。
幸い、まりあはひとりではない。コハルや清白がいる。
それに、真実にも一歩近づいた。
これはもう、まりあ個人の問題ではない。久我家の汚名も、晴らすことができるかもしれないのだ。
頑張らなければと、改めて決意を固めた。




