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帝都あやかし屋敷の契約花嫁  作者: 江本マシメサ
第四章 契約花嫁は、真実に触れる

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契約花嫁は、帝都警察に向かう

 帝都の街は今日も賑わっている。

 大荷物を抱えて行き交う人々がいたり、珍しい異国の食べ物や飲み物を売る商店を覗く者がいたり、自慢の商品を手に客寄せする商人がいたり。

 和装よりも、異国装を選ぶ人も増えたように思える。

 夜は残忍な事件が多発しているものの、太陽が覗く時間はこの世の楽園のように華やいでいた。


 馬車の中から、まりあは帝都の様子を眺める。

 窓の外に、漆黒の建物が見えてきた。目的地である、帝国警察の本部である。


 馬車には、花乃香の護衛の女性も乗り込んでいた。手には、刀を持っている。

 結婚したときから、護衛がつくようになったらしい。

 とても、静かで空気のような人だった。

 外にも数名、護衛がいるという。

 ここ最近、帝都の治安は特に悪い。

 帝都警察局長の娘ともなれば、想定しうる紛争の数もおのずと増えるのだろう。

 花乃香は護衛がいても普段と変わらない。じきに慣れると言っていた。

 不思議なもので、しだいに存在が気にならなくなる。

 普段通り、花乃香に話しかけた。


「それにしても、花乃香様が軍人と結婚すると聞いたときは、驚きましたわ」

「私も、結婚を申し込まれたときには、心臓が止まるかと思いました」


 帝国警察と軍隊の仲の悪さは、有名であった。

 異なる武力と権力を併せ持ち、顔を合わせる機会は多い。

 武力をもって戦うことはなかったが、法廷の場での戦いは数え切れないほどだった。

 軍隊に所属する者は荒らくれ者が多い。警察の世話になる者も多かった。

 警官は軍人を学のない乱暴者だと罵り、軍人は警官を躾けられた犬のようだと罵る。

 互いにわかりあえない期間は、あまりにも長かった。


 そんな仲で、長年の関係を変えようと思う若者が現れる。

 碁籐榮太ごとうえいた――花乃香の夫である。

 彼は水軍将校。

 碁籐家は代々軍人で、同じく代々警官だった小林家とは不仲だった。


 榮太は楚々とした美しい娘、花乃香に一目惚れをした。

 話しかけ、微笑みかけられたら、もっと好きになる。

 犬猿の仲だった小林家の娘と知って尚、共に在りたいと思ったらしい。


「夫との結婚は、長年不仲だった帝国警察と、軍隊の仲を取り持つものだと言われていました」

「簡単には、認められなかったのでしょう?」

「ええ。夫があの手、この手を使って互いの両親を説得し、婚約まで至ったらしいです。私は、榮太さんとの逢瀬おうせを重ねるだけだったので、苦労を知ったのは結婚後だったのですが」

「そうでしたのね」


 警察と軍隊、互いの遺恨は根深く、ふたりの結婚を認めない者も多いという。

 けれども、夫婦手と手を取り合って頑張ろう。

 そんな話をしていた中、思いがけない異動命令が届く。

 榮太は水軍へと送り込まれてしまった。

 任務は船の上。家に帰れるのは、今のところ三か月に一度。

 出世であったものの、左遷させんだと噂する者もいるらしい。

 挙げ句の果てに、花乃香を不幸な娘だと同情する者まで現れたという。


「私は、そうは思いません。榮太さんは、立派に出世なさった。いつでも、帰りを今か、今かとお待ちしております」


 いつでも朗らかで、明るく、包み込むような優しさを見せる花乃香も、毅然と戦っていたようだ。


「ごめんなさい。花乃香様は大変な中に身を置いているのに、わたくし個人の問題を持ち込んでしまって……」

「いいえ、どうかお気になさらず。横領事件については、ずっと引っかかっていたのです。けれども、まりあ様が何も行動を起こさないのに、勝手に首を突っ込んではいけないと思っていまして」

「花乃香様……!」 


 と、話をしているうちに、帝国警察の本部に到着した。

 人々に威圧感を与えるような、十階建ての高い建物である。

 天高く位置する場所から、人々が罪を犯さないか見下ろしているようだ。そんな建物だと、口々に噂していた。


 警官の中で、花乃香の顔を知らない者はいない。

 守衛の警官も、花乃香を見るなり敬礼をした。

 中に入ると、制服に階級章や勲章をじゃらじゃらつけた警官が走ってくる。

 年頃は三十前後。刈り上げ頭に、見上げるほどの高い身長。警官らしく、がっしりとした体躯を持つ男は、花乃香の父親である局長の副官だった。


「あら、篠花しのはなさん」


 篠花と呼ばれた男は滑り込むように花乃香の前へとやってきて、片膝をついた姿勢で見上げた。


「花乃香お嬢様!! いったい、なぜここに!?」

「ふふ。篠花さん、私はもう、結婚した身です。お嬢様ではないのですよ」

「そ、そうでしたね。それで、ご用件はなんでしょうか?」

「お父様に、お聞きしたいことがありまして」

「もしや、何か、あったのですか?」

「私ではなく――」


 花乃香は隣にいたまりあを見た。篠花は今、この瞬間に共にいた存在に気づいたようだ。


「君は、確か久我家のご令嬢?」

「お初にお目にかかります。まりあです」


 篠花は敬礼と共に、自らの階級と共に名乗る。

 その名に、聞き覚えがあった。篠花家は歴史ある武家の一族であった。今は士族として、小林家に仕えているのだろう。

 確か、一族の継承者が女性だった場合、伴侶は篠花家から選ばれていたはず。

 おそらくだが、この男は花乃香と結婚するはずだったのだろう。

 まりあの父がそうだったように、花乃香の父親が篠花を副官として迎えていたのも、爵位と共に役割を引き継がせるためなのだ。


 ふたりの間にある複雑な事情を察し、まりあはきゅっと唇を結ぶ。

 篠花は気の毒に思われていることなど知らず、まりあと花乃香を案内した。


 花乃香の父親と会ったことはないが、おそらく篠花よりも体が大きく、顔立ちも精悍で威圧感たっぷりの人物なのだろう。

 そう思っていたが――。


「あれえ、花乃香ちゃん、どうしたの~?」


 花乃香の父であり、帝国警察の頭である男は、小柄で優しそうだった。

 背丈は、まりあとそう変わらないだろう。

 垂れた目と丸眼鏡が、柔和な印象を与えているのかもしれない。


「お父様、こちら、大親友のまりあ様です」

「やや、あなたがまりあさんか。娘から、話は聞いているよお~」


 泣く子も黙る帝都警察の局長が、このような人物だったなんて。

 まりあは衝撃を覚える。

 篠花が茶を持ってきたあと、花乃香は本題へと移った。


「それで、用件はなんだい?」

「お父様に、お聞きしたいことがありまして」

「ふむふむ」

「久我家が起こしたとされる、横領事件について詳しい話をお聞きしたいのですが」


 花乃香が質問を投げかけた瞬間、空気がピリッと震える。

 ニコニコしていた父親の表情が、一瞬で修羅しゅらと化した。

 傍に控えていた篠花は、額にぶわりと汗を浮かべていた。

 まりあも、居心地の悪さを極限まで感じる。


 唯一、花乃香だけは微笑みを絶やさずに、ジッと父親の顔を見つめていた。


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