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帝都あやかし屋敷の契約花嫁  作者: 江本マシメサ
第四章 契約花嫁は、真実に触れる

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契約花嫁は、決意する

「わたくしは、山上家の花嫁、です」

「違う。この戸籍謄本を見ても、何も思わないのか?」

「それは――」

「これを見せたとき、あまり驚いていなかったようだが、まさか、籍が入っていないことを知っていたのか?」


 雄一の言葉に、まりあはため息を返した。

 一年間の契約について、口止めされているわけではない。

 まりあは渋々と、山上家が花嫁を迎えるさいの事情を語った。


「籍が入っていない件については、存じておりました」

「やはり、そうだったのか」


 雄一は静かに激昂げっこうし、絹子は憐憫れんびんの目でまりあを見つめている。

 まりあが山上家の当主と結婚したという話が広まったのには、理由があった。

 紋付き袴姿でやってきた装二郎を目撃した近所の住人が、まりあの結婚が決まったと触れ回る。それが巡りに巡って、社交界まで届いてしまったのだ。


「目を覚ませ。山上家は、まりあさんを利用するつもりなんだ」


 仕組まれた結婚だと言われても、いまいちピンとこない。

 まりあと装二郎の出会いは、偶然だったように思える。

 夜会の晩、多くの人々に協力を頼み込み、まりあが居心地悪くなって早退するような空間を、山上家が作ったとはとても思えなかった。


 揺るがないまりあを見て、雄一は明らかな落胆を見せる。


「言おうかどうか迷っていたが、伝えたほうがいいだろう。まりあさん、母と会った日、事故に遭ったらしいが、あれは仕組まれたものだ」

「え?」 

「表向きは事故だったが、あやかしに襲われたのではないか?」


 まりあは俯く。そこまで把握していたとは。

 いったいどうやって探りを入れたのか。

 事件については陰陽寮が取り締まり、匿名で報道されただけだったのだが。


「どこから、その情報を?」

「今、俺は政府の諜報機関ちょうほうきかんにいるんだ。それで、まりあさんの情報についても流れてきて、驚いた」


 かつて、雄一は行政院でまりあの父親の秘書をしていた。まりあと結婚し、爵位と仕事を引き継ぐ予定だったのだ。

 しかしながら、久我家の没落により、雄一は職を失った。

 彼もまた、久我家凋落の被害者ともいえる。

 これまで固めていた地盤を失い、大変な思いをしただろう。

 まりあを切って捨ててしまったのも、無理はない。


「しかしなぜ、事故をわざと発生させたのですか? 理由がわかりません」

「それは、改めてまりあさんに利用価値があるか、調べたのだろう」


 見事、まりあは化け物を退治した。

 山上家の駒としてふさわしいと、評価されたのだろうと雄一は推測する。


 ドクン、ドクンと胸が嫌な感じに脈打つ。

 雄一の話す内容は、真実なのか。


 山上家は久我家の当主に巨額の横領の罪をなすりつけ、没落を招き、また利用価値のあるまりあを騙して輿入れさせた。それだけではなく、事故を起こし、まりあを試した。

 それらが本当ならば、赦せない。


「政府は今、山上家が国家に害する敵かどうか、調べている。まだ、今なら間に合う。俺の手を取れ」


 顔を俯かせると、珈琲カップにまりあの顔が映った。

 不安で押しつぶされそうな表情を浮かべている。


 装二郎を信じたかった。

 けれども、今、まりあの心は揺らいでいた。


 装二郎は父親の横領事件について、調査すると話していた。

 しかしながら、仕掛けたのが山上家ならば、なんとでも情報を偽造できるだろう。

 利用価値があるかどうか、事故を装ったのも、あやかしと精通している山上家ならば可能だろう。


 ただ、あやかしを操る呪符について装二郎は知らない様子だった。

 その点に関しても、今となっては疑ってしまう。


 装二郎は予備として、装一郎を装うために演技を学んでいたと話していた。

 知らない振りをしている可能性がある。

 もしも、山上家が戦うべき相手が政府ならば、戦力が必要となるだろう。

 まりあを騙して戦わせるのが目的だとしたら――ゾッとする。


 雄一はまりあに手を差し出す。

 ハッと顔を上げたまりあは、雄一の手は取らなかった。


「まりあさん?」

「わたくし、気になることがあれば、自分で調べないと納得しない性分ですの」

「まさか、俺の情報を、信じないと言うのか?」

「そうとは言っていませんわ。まだ情報は不確かで、信憑性が低いと思いまして」

「一か月、一か月あれば、確かな情報を集められる」

「その間、そちらに身を寄せろと?」

「そうだ。そのほうが、絶対にいい。まりあさんは一度、命の危機にも陥っている」

「ええ。けれども、わたくしはあなたの手は取りません」


 鞄から財布を取り出し、紙幣を卓上に置いた。


「わたくしの身の振り方については、わたくしが決めます」


 そう言って、まりあは雄一と絹子に背中を向ける。


「まりあさん、待って!」


 雄一はまりあのもとに駆け寄り、腕を掴んだ。


「離してくださいませ」

「――ッ!」


 まりあは雄一の手首を掴んだ。自慢の、五十ある握力で。

 苦しげな表情を浮かべる彼に、問いかける。


「必死な表情を、初めてみました。あなたも、わたくしの利用価値に気づいた者のひとりなのでは?」


 まりあの指摘に、雄一は視線を逸らす。

 どうやら、ただただまりあを想って事情を話したわけではなかったようだ。


 落胆の気持ちはなかった。やはり、と思っただけ。

 雄一の手を払い、まりあは喫茶店を出る。

 冷たい風が強く吹いた。

 ぶるりと、体が震える。

 空は曇天。雲がめくるめく流れていく。

 まるでまりあの心境を映し出したようだった。


 ◇◇◇


 まりあはそのまま山上の屋敷に帰らず、ある場所を目指した。

 それは、学習院時代の同窓生――小林花乃香。

 彼女はまりあがもっとも仲がよく、最後に参加した夜会に挑むさい、ドレスを貸してくれた親切な娘である。山上家の屋敷で契約花嫁をしてからも頻繁に文通を交わしていたのだ。


 彼女の実家は国内でも五本指に入るほどの名家で、ここ最近、婿を迎えていた。

 夫は海軍将校。ほとんど家におらず、暇を持て余している手紙に書いてあった。

 だからといって、気軽に遊びに行けるわけではなかった。

 華族女性が外に頻繁に出かけることをよしとしない。

 そのため、しばらくは直接会わないでおこうと約束していた。


 それなのに今、まりあは花乃香の家を訪問し、もてなされている。


「まあ、まあ、まあ! 旦那様の悪い噂を聞いてしまったのね。まりあ様、おかわいそうに……」


 まりあは花乃香に、嘘は言わず、真実を上手く隠して事の次第を伝えた。

 花乃香は涙を流し、同情する。


「まりあ様、どうか好きなだけ、この家に滞在してください」

「花乃香様、ありがとう」


 今、まりあは冷静になる時間が必要だ。

 ひとまず、花乃香の家で世話になることに決めたのである。

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