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帝都あやかし屋敷の契約花嫁  作者: 江本マシメサ
第四章 契約花嫁は、真実に触れる

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契約花嫁は、思いがけない人物と出会う

 喫茶店の中に入ると、体がいっきに熱くなる。温度差に、指先がじんじん痛むほどだ。

 鋳鉄ちゅうてつ製の暖房器具が、店内をこれでもかと暖めているようだ。

 店内には煙突が通され、煙は屋外へと排出されている。

 ここまで暖める必要はあるのか。なんて考えていたら、声がかかる。


「まりあさん、こっち!」


 絹子の元気のいい声が聞こえた。

 まりあは笑顔を浮かべ会釈しようとしたが、一瞬で凍り付く。

 絹子の隣に、元婚約者である雄一が座っていたのだ。

 彼を見た途端、最後に参加した夜会の晩を思いだしてしまう。

 両親から受け継いだ美貌を武器に挑んだが、結果はさんざんなものだった。

 装二郎と出会わなければ、惨めな思いを抱えたまま家路に就いただろう。

 久我家の凋落と共にまりあを切り離した雄一が、どうしてここに?

 彼と話すことはない。このまま回れ右をして帰りたかったが、絹子を無視するわけにはいかなかった。


 華族社会は、損得で動いている。そこに、感情は伴わない。

 久我家が没落したから、雄一は婚約破棄した。それだけだ。

 彼がまりあを嫌って、関係を解消したわけではないのだ。


 胸に手を当てて、息をはく。

 今、まりあは山上家の人間だ。しっかり前を向いていなければならない。

 心にくすぶる複雑な感情は押しつぶし、取り繕った笑顔を浮かべて挨拶した。


「ごきげんよう」


 雄一までいたものだから、驚いた。そんなことを言いながら、羽織を脱いで腰を下ろす。

 膝の上に、コハルと清白が入った鞄を乗せた。


「ごめんなさいね、驚かせてしまって。雄一が、まりあさんに話をしたいって言うものだから」

「まあ、そうでしたの」


 心が、スーッと冷えていく。いったい、婚約破棄した相手に何を話すというのか。

 雄一は狐よりも細い目を、さらに細めていた。

 笑っているのに、笑っているようには見えない。これまで何度も見た、不可解な表情である。

 物心ついたころから、彼はまりあの婚約者だった。

 何を考えているかいまいちわからず、話しても回りくどいことを言うので自然と口数は少なくなる。

 それも無理はない。

 雄一は同世代の男の子達が活劇ごっこをして遊んでいる間、部屋に閉じこもって本を読んでいるような文学少年でもあったのだ。

 会うのは月に二回。

 決して多くはなかったが、幼少時から続いていたので付き合いは長かった。

 婚約破棄を決めたのは、雄一本人だったらしい。

 彼の提案に、父親も賛成したのだという。

 雄一とは婚約者というより、従兄のような関係を築いていた。

 年を重ねるにつれて会話は増えていったが、関係は従兄から変わらなかったように思える。 

 周囲の大人達はまりあが学習院を卒院し、結婚準備に取りかかれば異性として意識し、よい夫婦となるだろうと考えていたようだ。


 婚約破棄してほしい。

 雄一からそう言われたとき、まりあはただ「はい」とだけ返事をした。

 もう月に二回、会うこともないのだな、とだけ思ったのを覚えている。

 そのときは、特に感情は揺らがなかった。

 婚約破棄を恨めしく思ったのは、そのあと。夜会の晩である。

 どうしてこんな目に遭わないといけないのか。すべては雄一のせいだと、心の中で悪態を吐いていたのだ。


 そのため、彼について思い出すと、自ずと夜会の辛酸を嘗めるような記憶が甦ってしまう。 


 それにしても、雄一はいったい何を話しにきたというのか。

 さっさと本題へ移ってもらい、一刻も早く帰りたい。


「それで、話したいこととはなんですの?」

「これを、まりあさんは知っているのかと思って」


 卓上に、四つ折りにされた書類が広げられた。

 それは、山上装一郎の戸籍謄本こせきとうほんである。


「これに、まりあさんの名前がなかったから、驚いて」


 それは当たり前である。まりあは、装一郎の妻ではないのだから。

 当然、装二郎の戸籍謄本にもまりあの名前など記されていない。

 まりあは山上家の、契約花嫁なのだから。


 まず、まりあはある疑問について指摘した。


「なぜ、あなたがそれを持っていますの?」

「調べ物をしていて、入手した」

「調べ物?」

「久我家の没落について、独自に調査していたんだ」


 雄一は神妙な面持ちで、驚くべき情報を口にした。


「久我家を没落へと追い込んだのは、山上家なんだ」

「な、なんですって!?」


 そんなの、ありえない。

 久我家を没落へと追い込んだ結果、山上家が得る利点など何もないではないか。


「目的は、まりあさんだったんだよ」

「わたくし?」

「君は学習院時代、成績優秀で、武道や陰陽術にも長けていた。利用価値があると判断し、結婚を約束していた俺を脅してまで、自らの手中に囲い込んだんだろう」

「あ、ありえない、ですわ」 


 久我家を没落させたら、逃げる場所もなくなる。そこまでして、手に入れたかったのだろうと雄一は推測する。


「まりあさんは山上家の駒。この戸籍謄本が、何よりの証拠だろう」

「そ、それは――」


 山上家の花嫁は、籍を入れる前に一年間の契約を結ぶ。

 認められた花嫁のみが、当主の妻となるのだ。

 そんな花嫁を選ぶのは、予備と呼ばれる当主の双子の弟。

 花嫁は一年間、共に暮らしてきたのが予備と知らずに過ごすのだ――などという、山上家の普通ではない慣習を話すわけにはいかない。


 卓上にある手を、絹子がそっと握った。

 温かい手だったが、まりあは心境は複雑そのものだ。

 優しさが、辛い。

 冷え切った手を急激に温めたときのように、じんじんと胸に鈍痛を覚えた。


「私達は、まりあさんを助けようと思って、やってきたの」

「助ける?」

「ええ。あれから、雄一は出世してね。もしかしたら、爵位を賜れるかもしれないのよ」


 絹子はまりあは想像もしていなかった提案をする。


「だからまりあさん、もう一度、雄一と婚約して、爵位を賜ったら結婚してくれないかしら?」

「そ、それは」


 絹子の言葉から逃げるように顔を逸らすと、雄一と目が合った。

 ただただ、感情のない瞳を、まりあに向けていた。


「山上家の駒として生きるよりは、俺と結婚したほうがいい」

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