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帝都あやかし屋敷の契約花嫁  作者: 江本マシメサ
第一章 没落華族令嬢は、あやかし公爵に見初められる
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没落華族令嬢は、結婚だけでなく、○○○○を決める

「あ、もしかして君、婚約者がいるの?」


 婚約なんて、うの昔に破棄された。まりあは当日についての記憶を思い出し、遠い目となる。

 元婚約者雄一は、名家波田野家の次男。

 親から引き継ぐ財産や爵位はないため、久我家に婿入りすることとなった。

 長子相続制度は、三十年ほど前から女性にも適応される。戦争で男の数がぐっと減り、凋落していく華族が増えたからだ。

 父親の爵位を継ぎ、まりあは女伯爵、雄一はその伴侶となる予定だったのである。

 雄一はまりあを喫茶店カフェーに呼び出し、軽い口調で言った。君とは結婚できない、と。

 まりあが頷くと、笑顔で去って行ったのだ。

 昔から、調子のいい男だった。まりあの機嫌を損ねないように、上手く立ち回っていたのである。

 婚約破棄した場でも、言い訳をしたらまりあを激昂させるとわかっていたのだろう。

 だからあえて、必要最低限の言葉しか口にしなかったのだ。


「どれくらいお金を出したら、婚約の取り消しに応じてくれるかな?」


 信じがたい発言を耳にし、まりあは瞠目した。

 婚約を、お金で解消させる。装二郎ははっきりそう言った。


 なんて下品な男なの――と思ったところで、ふと我に返る。

 まりあ自身も、両親のために財産を持つ男をあさりに夜会へ参加していたのだ。

 彼とまりあは、同じ穴のむじなというわけである。


 装二郎は手を差し出したが、まりあは無視して自ら立ち上がった。それを見た装二郎は手を引き、愉快だとばかりに目を細める。


「わたくし、婚約者はおりませんの」

「だったら、僕の花嫁に――」

「ひとつ、条件がございます」

「なんだい?」

「両親の、援助をしてほしいのです」

「ご両親、何か商売をしているの?」

「いえ……」


 自分達の力では、とても生活なんてできない。それを自ら口にするのは、とてつもなく恥ずかしいこと。

 けれど、あばら屋に住む両親なんて、見ていられない。まりあは自尊心をかなぐり捨てて、装二郎に告げる。


「わたくしの名は、久我まりあ」

「ああ、久我家の。なるほど、なるほど……」


 名家である久我家の没落を、知らない華族はいないのだろう。多くを説明せずとも、装二郎は理解したようだ。


「我が家に、財産はなく――」

「うん、わかった。君が僕の妻となってくれるのであれば、ご両親を支援しよう」

「本当に?」

「ああ、嘘は言わないよ。その代わり、我が家のしきたりのすべてに、従ってもらうけれど、いい?」


 あやかしを匿う変わり者の一族、山上家。

 年若い娘を拐かし、血肉をすする当主――なんて噂が流れているものの、目の前にいる装二郎からおぞましい気配は感じない。

 おそらく、裕福な山上家を妬んで広まったただの噂話なのだろう。

 ただ、この世においしいばかりの話なんてない。

 山上家には、何か・・があるのだ。

 装二郎は一見しておっとりぼんやりしているが、まりあを見つめる瞳に隙はなかった。

 あの山上家の当主を務めるだけあるのだろう。


「しきたりというのは、噂にあるような、あやかしを家に匿っている、というものですの?」

「うーん、まあ、そうだけれど」


 あやかしは人々を襲う悪しき存在である。昔から、そう言われていた。

 学習院時代も、あやかしの悪行の数々を習い、ゾッとしたのを覚えている。

 今の時代、退魔の術式のひとつでも覚えていないと、生きてはいけない。そんな思念から、学習院では陰陽師が扱うような呪術を習った。

 まりあは陰陽術の授業で才を発揮し、学習院始まって以来の呪術の使い手とまで言われていた。


「わたくし、陰陽術を少しだけ使えますの。もしも、襲ってきたら、祓ってしまうやもしれません」

「ああ、それは大丈夫。うちにいるのは、傷ついたあやかしばかりだから」

「傷ついた、あやかし?」

「そう。人と同じようにね、あやかしにも善い奴と悪い奴がいるんだ」


 人々はあやかしを、まとめて悪い存在ものとする。そのため、問答無用で祓われてしまうのだ。

 山上家では、傷つき、息も絶え絶えとなった善きあやかしを保護しているのだという。


「なぜ、そのようなことを?」

「ご先祖様が、善いあやかしに救われたことがあるんだって。それで、我が家では代々、善いあやかしを保護しているんだよ」

「そういうわけでしたのね。でも、どうしてそれを周囲に説明していないのです?」


 山上家の噂は、おどろおどろしく、残忍なものとして広がっている。

 社交界にも滅多に顔を出さないため、広がった噂話はいつまで経っても払拭されない。


「それは、わざとなんだよ。財や歴史、爵位のある家には、下心を持って近づいてくる奴らがいる。しかし、やばいことに手を出していたら、怖がって距離を置くだろう?」

「なるほど」


 理にかなったやり方だと、まりあは思う。

 下心を持って近づく輩には、覚えがあった。それは、元婚約者である。

 雄一と長年をかけて信頼を築いてきたつもりであったが、その関係はあっさりとなくなった。まりあと雄一を繋いでいたのは、久我家の持つ財と歴史、爵位だったのだ。


「もしも、あやかしが襲いかかってきたら、自慢の呪術で祓えばいい。その点は、許可しよう。結婚の際に、結納金も必要ない。身一つで、嫁いできてほしい」


 だから、僕の花嫁になってくれ。

 装二郎はやわらかく微笑みながら言った。


 彼は、まりあの家柄を見て結婚を決めたわけではない。

 健康と、足の速さを評価したのだ。

 没落してから、まりあ自身を見てくれたはじめての男性である。

 悪い気はしない。

 それに、彼は大金持ち。両親を支援してくれるという。


 これ以上ない、結婚の条件である。

 まりあは差し出された手に、指先を重ねた。

 その瞬間、手を引いて抱きしめられる。


 驚いたまりあは、五十もある握力を使って装二郎を押し返す。

 そして、見事な平手打ちを決めてしまった。


 パン! という乾いた音が庭に響き渡った。

 装二郎は目を丸くする。

 まりあはハッと我に返ると、ジンジン痛む自らの手を握りながら、言い訳を口にした。


「結婚前に、このように接触するのは、はしたない、ですわ……!」 


 学習院で習ったのだ。未婚女性は、男性に触れてはいけないと。

 抱擁はもちろんのこと、手を繋いだり、肩が触れたりするほど密着して歩くのも禁じられている。


 だが、平手打ちはやりすぎたかもしれない。

 謝ろうとしたら、先に装二郎のほうが頭を下げた。


「その、すまなかった。君に触れたいから、早く結婚しよう」

「……」


 もしかしたら結婚を断られるかもしれないと思ったが、心配はいらないようだった。

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