契約花嫁は、夜の帝都を見回る
夜回りの恰好はどうしようか。
前回、着物姿で戦ったが、動きにくかった。
ドレスは着物以上に、戦いにくいだろう。
まりあが選んだのは、袴である。
学習院時代、華美でない着物と袴は政府に認められた女学生の制服として指定されていた。
一昔前まで、袴は男性のものであった。
ここ数年、女性が化け物に襲われて命を散らす、という事件が多発した。そのさい、着物姿では上手く逃げられなかったのではないか、という憶測が浮上したのだ。
女性が活動しやすいように、女袴が作られ、出歩くことの多い女学生の制服になった。
まりあは学習院時代に着慣れているのに加えて、剣道を嗜んでいる。袴姿での戦闘はお手の物、というわけだ。
何が起こるかわからないからと、袴を数着持ってきていた。
母は「嫁ぎ先に袴は必要ないのでは?」と言っていたが、まりあの判断は間違いなかったのだ。
矢絣柄の着物に、海老茶色の袴を合わせる。
髪は、邪魔にならないよう三つ編みにして後頭部でまとめた。
呪符は懐に忍ばせておく。
夜なので寒いだろう。袷の羽織をまとう。
装二郎から貰った、銀の鈴をつけておくのも忘れない。
足下は、歩きやすいように長靴を合わせた。
母方の祖母が贈ってくれたもので、革張りの丈夫なものである。
そろそろ時間だろう。
「それではウメコ、行ってまいります」
『まりあ様、どうかお気を付けて』
「ありがとう」
キリッとした表情でまりあを見上げるコハルを抱き上げ、首に巻き付ける。
毛並みはふわふわで、温かかった。
玄関で、装二郎が待っていた。
着流しに、長い外套を合わせた姿である。
いつもの品のいい恰好とは異なり、庶民的でどこにでもいそうな印象であった。
夜の帝都では、この恰好が溶け込みやすいようだ。
「まりあは女学生風で、可愛いね」
「装二郎様は、なんだか遊び人のようです」
「まあ、うん。それっぽい着こなしだからね。夜は、真面目な人は出歩かないから」
「そうでしたね」
男の独り歩きより、女連れのほうが目立たないらしい。
まりあの同行は、好都合であると。
「何回、帝都警察に職務質問されたか……」
「なんて答えていますの?」
「山上家の者ですって。そのおかげで、社交界で変な噂が広がっているんだ」
「女性を襲って、血肉をどうこう、というものですか?」
「そう、それ。まったく、失礼だよね」
女性を殺め、その体をどこかへと持ち去る者は他にいるという。
「酷いよねえ。罪をなすりつけるなんて。あ、そうそう。まりあ、君の父君も、誰かの罪を背負わされているようだよ」
「なんですって!?」
「まだ調査の途中なんだけれど、冤罪なのは間違いないだろう」
「そう、でしたか」
やはり、まりあの父親は誰かに嵌められたのだ。
いったい誰が――というのはまだわかっていないらしい。
「まあ、その辺の話はまた今度」
「え、ええ」
手が、ガタガタと震えていた。
怒りの感情が、震えとなって表れているのだ。
「まりあ、落ち着いて」
装二郎はまりあの震える手を、優しく包み込むように握った。
「父君のことは、僕に任せて」
「は、はい。ありがとう、ございます」
ひとまず、今宵は帝都の見回りをしなければならない。
何者かに利用され、化け物と転じるあやかしがいるかもしれないから。
「まりあ、行こう」
「はい」
装二郎は角灯に火を点す。中には、白檀の香が入っているようだ。
じわり、じわりと、香りが広がっていく。
門から外に出ずに、庭のほうへと回った。
やってきたのは、池である。装二郎が傍にあった石灯籠を回すと、池の水や鯉が消えてなくなった。
「なっ、装二郎様、これは?」
「帝都の地下通路の出入り口。まさか、池の中にあるなんて、思いもしないでしょう?」
池の水や鯉は、幻術であるように見せているものだという。
石灯籠をさらに回すと、隠し扉が現れた。
内部は迷路のように入り組んでいるらしい。
装二郎は内部の地図を、頭に叩き込んでいるという。
「帝都の地下通路は、山上家が五百年前に作ったものなんだ」
「いったい、何が目的で作ったものですの?」
「陰陽師達から身を隠すため、かな」
そんなことを話しながら、装二郎は懐から水晶と繋がった紐を取り出す。
「それは?」
「化け物を探す振り子だよ」
白檀の煙をかき分けるように、くるくる回す。
すると紐がピンと張り、ある方向を指し示した。
「やみくもに、探しているわけではありませんのね」
「そうなんだよ」
急ぎ足で、振り子が示した方向へと進んでいく。
「もう、近いかな?」
装二郎が呟いたのと同時に、まりあが身に着けていた銀の鈴が音を鳴らす。
りぃん、りぃん――。
「よし、ここから上がろう」
地上へ繋がる階段も、いくつか設置されているようだ。
登っていった先は、細い路地裏。
誰も気にしないような木箱が、出入り口となっていたようだ。
そこから這い出て、地上へと下り立つ。
「待て!」
「先輩、あっちに行きました!」
低い、男性の声が聞こえた。大通りのほうで、バタバタと走り回っている。
「まいったなあ。陰陽師達に先を越されてしまったか」
「みたいですわね」
装二郎は手にしていた角灯を木箱の上に置いて、懐から香入を取り出す。すでに中に香が入れてあるのだろう。マッチで火を点け、呪文を口にした。
「香の術――煙霧」
ぶわりと、煙が一気に立ち上る。香りはなく、ただただもくもくと煙に取り囲まれる。
「装二郎様、こちらは?」
「姿隠しの香だよ。姿だけでなく、声や匂いも消してくれるんだ」
これで、陰陽師から姿を発見されることはない。
大通りのほうへと進む。そこには、上半身は女、下半身は蛇の化け物と陰陽師が戦っていた。
蛇の化け物の大きさは、二米突くらいか。
陰陽師は二名。
年若い坊主頭と、三十前後で長い髪を一つに結んだ男の二名だった。
「まりあ、化け物に貼られた呪符が、見えるかい?」
「いえ、ここからはよく見えません」
「そうか。だったら――」
装二郎はまりあを横抱きにし、傍にあった木箱と窓枠を蹴って屋根まで登った。
「きゃあ!」
「ごめん」
屋根の上からならば、全体像を捉えやすい。そう思ったのだろうが、何か言ってから行動に移してほしい。と文句が喉までせり上がってきたものの、一秒でも惜しいのだろう。
陰陽師達は次々と、攻撃の術式を展開させていた。
蛇の化け物は、すでに怪我を負っている。
まりあは目を眇め、呪符を探した。
すると、首筋に呪文が書かれた呪符が貼り付けられているのに気づく。
「装二郎様、ありました!」
「よし、でかした」
「しかし、どうやって接近すればいいものか」
「じゃあ、僕が陰陽師と化け物の気を引きつけるから、まりあは呪符を剥いでくれる?」
装二郎の作戦に、まりあは頷いた。




