契約花嫁は、夫の能力について話を聞く
帝都の屋敷に帰ると、狐や狸達がわらわらと集まって出迎えてくれた。
遅れて、ウメコもやってくる。
『まりあ様、おかえりなさいませ』
『おかえりなさいませ!』
『お待ちしておりました!』
狐の中に、コハルを発見して抱き上げた。
コハルだけずるい。自分とも契約してくれと声が上がる。
「こらこら、まりあはすべてのあやかしと契約を結べるわけではないんだよ」
装二郎がおっとりと、諭すように言った。すると、大人しく従う。
ふと、視線を感じた。
目を向けると、先日保護した猫がまりあを見つめていたようだ。
視線が交わると、サッと姿を消す。
「あの子は、素直じゃないみたいだねえ」
「まあ、それぞれなのでしょう」
ふと、まりあは不思議な気持ちに気づく。
結婚して、一か月とほんの少ししか経っていない。それなのに、心がホッと落ち着いている。まりあにとって帰るべき家はここなのだろう。
決して、帝都の郊外にある霧の屋敷ではない。
今、はっきりと気づいた。
「装二郎様、今宵から、お仕事に同行したいのですが」
「うーん、そっか。わかった。だったら、まりあの使う呪符や武器を持って、部屋に来てくれる? あ、少し休んでからでもいいけれど」
「いいえ、すぐに用意して参ります」
コハルを抱き上げたまま部屋に戻り、書き貯めていた呪符を取り出して風呂敷に包む。
仕込み刃入りの傘は、ウメコに持ってくるよう命じた。
装二郎の部屋に行くと、文卓が横に避けられ、畳を剥がした状態になっていた。
畳の下には、隠し扉がある。
「話は、地下部屋でしよう」
ウメコは出入り口で待っているらしい。傘を受け取り、隠し扉をくぐった。
階段を下りていった先には、茶室のような小さな出入り口があった。
体を躙って、中へと入る。
部屋は畳六枚分。思っていた以上に広い。
独特な匂いが、鼻先をかすめる。
壁一面、小さな抽斗があった。何かの作業をするような場所なのだろう。
「ここは調合室だよ」
「何を調合しますの?」
「香りだよ」
装二郎は抽斗のひとつを開け、木の枝をまりあに差し出した。
「香りを吸ってごらん」
「これは、白檀?」
「そう」
この部屋では、あやかしの保護に使う香を作っているのだという。
「白檀はさっきも話した通り、邪祓いと鎮静効果が期待できる」
乳鉢ですった白檀に精油、精製水などを練って完成させるようだ。
香と一言でいっても、さまざまな種類があるらしい。
さまざまな道具も、見せてくれた。
香を置く香炉、香に使う香炉灰、香用の香灰、香灰を摘まむ火箸、香を持ち歩くための香入などなど。
「まず、もっとも目にする機会が多いのが、線香」
細長い棒状で、先端に火を点して香りを焚く。
まりあも仏壇の前で、毎日のように焚いていた。
「続いて、練香」
薬のように丸められた香である。
「これは、空薫といって、熱した灰の上に置いて、香りを焚きつけるものなんだよ」
他に、熾した灰の上に置いて焚く焼香、粉末にした抹香、粉末にした香を型に入れて押し固めた印香と、種類は多岐にわたる。
「術式によって、使う香を変えていくんだ。たとえば、これ」
手に取ったのは、灰色の抹香。マッチで点けた火を落とすと、じんわりと煙が立ち上る。
いくつかの香料が使用された香のようだ。
沈香と乳香と、あとはなんなのか。やわらかで、品ある香りが部屋に満たされる。
装二郎は煙の中に人差し指をくぐらせ、くるくると回した。
「香の術――狼煙」
呪文が紡がれると、煙が大きくなり、狼の形となった。
まるで生きているかのように、『ぐるるるる』とうなり声を上げている。
装二郎がふうと息を吹きかけると、狼の姿は消えてなくなった。
「と、こんな感じで、香りを使っていろんな術式を展開させるんだ」
「すごい、お力ですのね」
「そう? ありがとう」
装二郎は毎日ここにやってきて、香を調合しているらしい。
「これが、僕の能力。まりあのも、聞いてもいい?」
「ええ」
まずは、首に巻いていたコハルを装二郎の前に置く。
「わたくしの、相棒ですわ」
『あ、相棒だなんて』
コハルは恥ずかしそうに、身を縮ませている。耳はぺたんと伏せられ、大きな尻尾は萎縮するように体に巻き付けていた。
「コハル、君も、化け物の体に貼り付けられた呪符を、見たんだね?」
『は、はい。たしかに、見ました』
「そうか」
これまで、あやかし転ずる化け物が人を襲う理由は謎とされていた。
けれども、呪符を使って人が操っているとしたら、とてつもない大問題である。
『自分達もきっと、あの呪符で操られていたんだと思います。その辺の記憶は、残念ながらありませんが』
「そうだね。それを、みんなで確認しよう」
装二郎はコハルの頭を優しく撫でる。
不安げだった耳や尻尾が、ピンと立った。
「まりあ、その傘は?」
「仕込み刃入りの傘ですわ」
引いてみせると、装二郎は「立派な剣だねえ」と感心したように呟く。
「思っていた以上に本格的な剣だけれど、まりあはこれを使って戦うの?」
「ええ。一応、剣道を嗜んでおりますので」
「そうなんだ」
「それから、こちらも」
四大属性の術式が込められた呪符を、装二郎に見せた。
「これ、君が使う呪符?」
「ええ」
「よっつも、属性を扱えるの?」
「はい」
装二郎は目を丸くし、まりあを見つめていた。
「どうかなさいましたの?」
「いや、僕ってば、最高の妻を発見したものだと思って」
「買い被りすぎですわ」
そう返したものの、褒められて悪い気はしない。
ただ、一応釘を刺しておく。
「言っておきますが、わたくし、実戦の経験はほぼ皆無ですわ。化け物を前にして、装二郎様が思う通りの動きができる自信はありませんの」
「大丈夫。前回の報告書を読む限り、山上家の中でも上位の戦闘能力があるとみていたから」
「そうでしたか」
ひとまず、今夜から装二郎と共に帝都の見回りを行う。
足手まといにならないようにしなくてはと、決意を固めるまりあであった。




