契約花嫁は、真実を知る
山上家の当主は、千年前より命を狙われていた。
一家断絶の危機に陥ったときに、ある大がかりな呪いを血に刻み込む。
それは、生まれる子どもは必ず男の双子だというもの。
「長男は継承者、次男は予備――消費するのは、予備でいい。山上家では、長きにわたり、表舞台に出る当主は予備たる次男が務めていた」
当然、命を狙われるのも、予備の務めである。
そうでもしないと、山上家の者達の命は続かなかったのだ。
「花嫁の選定も、予備の大事な務めだ」
一年間、花嫁が山上家に相応しい者かどうか、調べる。
そのために、契約を結ぶのだと装一郎は説明した。
「では、わたくしと結婚するのは、装二郎様ではなく――」
「私だ」
本来ならば、装二郎は夜会で装一郎と名乗らなければいけないうえに、装一郎を装わなければならなかった。
「契約期間は、必要以上の接触を禁じている。でないと、花嫁は入れ替わりに気づいてしまうから」
「まさか、双子であることを黙って、結婚するつもりでしたの?」
「そういうことになる」
装一郎と装二郎は双子で、顔も声もそっくりだ。接する機会が少なければ、気づかないのだろう。
予備は継承者のふりをしなければならなかったようだ。双子といえど、性格はそれぞれ違うから。
装二郎は緩く、のんびりしている。
一方で装一郎は、どこか冷めていて、思わず萎縮してしまうような威厳を漂わせていた。
「契約期間の途中で、ここにやってきた花嫁候補は、まりあ嬢、君が初めてだ」
詳しい話は、座って話そう。装一郎はそう言って、まりあに座るように命じた。
まりあは装一郎の斜め前に座らず、くるりと踵を返す。
スタスタと親戚達の間を通り、装二郎の隣に腰を下ろした。
「え、まりあ! 君の座る場所はそこじゃないよ」
「いいえ、ここで構いません。わたくしは、装二郎様の花嫁候補ですから」
周囲がざわめく。
信じがたいという視線が、これでもかと突き刺さった。
山上家の真なるしきたりなんて、結婚前に聞いていない。
まりあは装二郎と結婚するつもりで、やってきたのだ。
それを、今更ねじ曲げるつもりは毛頭なかった。
「装一郎様の命令に従わないなんて、生意気な女!」
立ち上がり、まりあを責める者に見覚えがあった。
夜会で、装二郎の頬を叩いた少女である。
どうやら、山上家の親族だったようだ。
「藤、大人しくしろ」
装一郎の一言で、藤と呼ばれた少女は大人しくなった。頬を染め、静かに腰を下ろす。
「本来ならば、装二郎が私を完璧に演じなければならなかった。それなのに、うっかり本名を名乗った挙げ句、素の状態で花嫁候補として選んだ。その辺の不手際は、詫びよう。すまなかった」
装一郎は膝をつき、深々と頭を下げる。
まりあはどう反応していいのかわからず、装一郎のつむじをジッと見つめていた。
視線が、再びまりあの元へと集まる。
装一郎を許せと、言葉もなく訴えているようだった。
「山上家の、花嫁の選定については、把握しました。どうか、頭をお上げくださいませ」
「感謝する」
ただ、理解し、受け入れたわけではない。まりあはそう視線で訴える。
「花嫁の選定についてはひとまず置いておくとして、まずは、我が家の家業について説明する」
山上家の家業――それは、化け物となったあやかしを助け、匿うこと。
「化け物への変化は、致命傷を負えば解ける。化け物退治をする陰陽師を攪乱し、あやかしを保護するのが仕事だ」
陰陽師が発見する前に、襲われることもある。その際は、香を使って弱体化させたのちに、変化を解くのだという。
「あやかしは、なるべく傷つけたくない。それゆえに、戦わないようにしている。ただ、万が一のときには、弱体化させるために戦闘を行う場合がある」
その活動は、夜間に行われる。
太陽が沈むと山上家の者達は外に出て、帝都を見回っているのだという。
「装二郎様が昼間に眠そうにしていたのは、見回りをされていたからなんですね」
「そうだ」
昼行灯だと思っていたまりあは、心の中で謝罪した。
「これまで、化け物となったあやかしの術を解くには、致命傷を与えるしかなかった。しかしながら、まりあ嬢、君はあやかしを操る呪符が見えると聞いた」
「まだ、一度しか見ていないので、絶対に、という話ではないのですが」
「それでも、我々山上家にとっては、大きな一歩である」
ここで、装一郎はある提案をした。
「装二郎と共に、夜の見回りをしてあやかしの保護に務めてくれないだろうか? まりあ嬢の力が、必要だ」
山上家の者達の千年にも及ぶ無念は、安易に想像できる。
あやかしを利用し、悪事を働く者に対しても、怒りを覚えていた。
ただ、ひとつだけ。
まりあには従えないものがある。
「わたくしは、真なるご当主様、あなたと結婚するつもりは毛頭ありません」
「ほう?」
まりあは装二郎と結婚するつもりで、山上家へとやってきた。
もしも、できないのであれば、結婚話はなかったことにしてほしい。そんな条件を出す。
「まりあ嬢、あれは予備だ。長生きはしない」
「どうして、そう言いきれますの?」
「長い長い歴史の中で、長生きした予備はいないからだ」
花嫁の選定を終え、子どもが生まれたあとの予備は、三年以内に儚くなる。
新しい予備と入れ替わるように、命を散らしてしまうのだ。
それは、呪いの中に含まれる、呪いなのかもしれない。
「化け物による襲撃、犯人不明の暗殺、病死、事故死……死因はさまざまだが、予備の命は若くして散る定めなのだ」
「そんな――!」
のらり、くらりと生きているように見える装二郎が、そのような運命を背負っていたなんて。まりあは信じがたい気持ちになる。
「予備に肩入れするだけ、無駄。いずれ、なくなる命なのだ」
「でしたら、わたくしが守りますわ」
そのための千里眼なのかもしれない。
もしも本物ならば、予備の運命をねじ曲げ、未来を見通せるだろう。
「あやかしの命も、装二郎様の命も、わたくしが守ります!」
もう、話すことはないだろう。
そう判断し、まりあは装二郎の腕を引いて立ち上がらせる。
ぐいぐいと襖のほうまで引きずって歩き、最後に振り返って言った。
「それでは、ごきげんよう」
開けた襖を、ぴしゃりと閉める。
ずんずんと廊下を歩いていたら、装二郎が咎めるように叫んだ。
「ちょっ、まりあ! まりあ、止まって!」
「わたくし、猪年なので、止まりません」
「そ、そうなんだ」
それで納得してくれたのか、装二郎は大人しくついてくる。
ただ、霧の庭は、ひとりでは攻略できない。
まりあは装二郎を振り返る。
「門まで、誘導していただけるかしら?」
「まりあ、今なら、まだ間に合う」
「何が、ですの?」
「君が選ぶのは、僕じゃない。装一郎なんだ」
装一郎と結婚させるために、装二郎はまりあを選んだ。
本人の口から聞かされると、まりあも衝撃を受ける。
けれども、意志を曲げるつもりはなかった。
「わたくし、あなたと結婚するつもりでまいりましたの。今更、違うと言われても、納得できませんわ」
「強情だな」
その言葉に、頷く他なかった。




