契約花嫁は、山上家の歴史を耳にする
まりあには特別な力が備わっている。
それは、山上家が千年もの間探しても見つからなかったものだという。
まりあ自身も驚いたが、装二郎にとっても衝撃的なものであったようだ。
「えーっと、うーーーーん。そっか、まりあが、千里眼……。ええっ……、嘘でしょう?」
珍しく、装二郎はうろたえていた。もしかしたら、当人であるまりあよりも戸惑っているのかもしれない。
「ごめん、まりあ。きちんとした状態で、一回話したいんだけれど」
「わたくしは最初から、それを望んでおりましたが?」
「ごめん。雑談をしにきたのかと」
「雑談でしたら、朝食のときにしますわ」
「だよねえ」
しばし、隣の部屋で待つように言われた。
装二郎の私室は、文卓と小さな茶箪笥、行灯があるだけの殺風景な部屋であった。
寝室同様窓はなく、行灯ひとつの灯りだけでは薄暗い。
まりあはどこで待っていいのかわからず、部屋の隅で立って待つ。
十分後、身なりを整えた装二郎がやってくる。まりあを見て、ギョッとした。
「え、なんで立っているの?」
「どこに腰を下ろしていいのかわからず」
「ああ、ごめん」
装二郎は文卓の前に置かれた座布団をまりあに差し出した。
「装二郎様の座布団は?」
「ああ、大丈夫」
夫を差し置いて、座布団に座ってもいいものか。
ただ、まりあは本当の妻ではない。契約で結ばれた関係だ。ここで、夫を差し置いて、などと言うのはおこがましいのかもしれない。
自分はこの家に身を置いているだけの他人だ。ならば、座布団を使ってもいいのだろう。
なんてことを考えながら、座布団に座った。
装二郎もまりあの前に腰を下ろす。
「何から話していいのかわからないけれど、この先、まりあには我が家の家業に協力してもらうかもしれない。だから、山上家の歴史を、聞いてほしい」
それは、男達が狩衣をまとい、女達は十二単をまとう時代まで遡る。
「驚くべきことに、当時は人とあやかしが共存共栄していたんだ」
あやかしは人の前に現れず、人もあやかしを見ても気づかない振りをする。
各々、住み処を分け、平和に暮らしていた。
「それが崩れたのは、いつだったか……」
当時は、波乱の時代だった。
天変地異が各地で起こり、騒ぎに乗じて天下を取ろうと謀反を企む者、盗みを働く者、人斬りを楽しむ者と、人々の安寧はいつまで経っても訪れなかった。
「陰陽師の占いも外れてばかりで、一度、陰陽寮の廃止も上がったくらいだったんだ」
そんな中で、波乱の原因を突き止める者が現れた。
天才陰陽師と呼ばれた男、芦名である。
「芦名はこの世を悪にたらしこむ存在に気づいた。ある武家の一族があやかしの力を借り、暗躍していると」
糾弾されたのは、当時武家として名高い癒城家の当主だった。
「当時、癒城家の当主が本当にあやかしと手を組んで、騒ぎを起こしていたのか。証拠はない。けれども、瞬く間に、癒城家の当主は追い詰められていった」
次々と、一族の者達が処刑される中で、最後の最後に当主の首が飛んだ。
癒城家の当主は、あやかしを扇動していない。
それなのに、一族の者達はすべて殺されてしまった。
首だけになった当主に、処刑人が話しかける。すまなかった、と。
「先の見えない暗黒時代に、人々は耐えられなかった。わかりやすい悪が、必要だったんだよ」
癒城家の当主は、一族を陥れ、手にかけた人々を恨まなかった。
代わりに、同じように悪とされてしまったあやかし達に、同情していた。
この先、あやかしも同じように、悪として排除されるだろうと考えていたのだ。
穏やかな男だった。
武家の生まれでありながら人を殺めることを得意とせず、敵相手の死でも静かに涙するような男だったのだ。
「そんな当主の亡骸を、あるあやかしが持ち出した。その後、飛んだ首を元に戻し、癒城家の当主の魂を引き寄せ、肉体へと戻した」
生き返った癒城家の当主に、あやかしは命じる。
すでに、あやかし達は悪として利用され、虐げられている。どうかその手で、救うように、と。
「以後、癒城家の当主は山上と名を変え、あやかし達を助けてきたんだ」
陰陽師に手を貸し、山上家は名声を得ていく。それ以外でも、武器の売買や磁器の海外輸出などで大きな財を得た。
結果、国内でも有数の富豪となり、華族の一員として選ばれる。
「あやかしが繋いだこの命は、あやかしのために使う。それが、山上家のしきたりなんだ」
千年前から、そうして生きてきたのだという。
長年、人の世に混じって上手くやってきたようだが、癒城家を陥れた人物だけが不透明のままだったという。
「山上として生まれ変わったあと、初代当主は癒城家を悪と糾弾した陰陽師芦名との接触を図ろうとした」
しかしながら、陰陽寮に芦名という天才陰陽師と呼ばれた男は存在しなかったのだ。
「初代当主を助けたあやかし曰く、雲隠れが異常に得意な存在だと」
それがなんなのかは、いまだに分かっていない。
千年もの間、あやかしを利用し世を暗黒に陥れる悪は、どこかに存在のだ。
それを見抜くには、千里眼がどうしても必要であると。
「千里眼の伝説は、世界各国にあった。先祖達は代々、血眼になって探した。けれども、見つけられなかった」
装二郎はまっすぐにまりあを見つめる。
「まりあ、君が本当に千里眼の持ち主であれば、我々山上家の戦いは終焉を迎えるだろう」
壮大な話に、まりあは生唾をごくんと呑み込んだ。




