(7)
⒎
「う……まだ胃の調子が……」
「昇さん」
放課後。
未だ腹の中で渦巻く混沌の存在を感じつつ正門を出ると、背後から声をかけられた。
「学業、お疲れさまでした」
近くの街路樹の影からララが姿を現す。
「もしかして、あれからずっとここに居たの?」
「はい」
そう答えるララは、相分からず喜怒哀楽の読めない無表情のままである。
「……」
「何か?」
「ララ。こんなことはしなくていいんだ」
ララは少し首を傾げて考えるような素振りの後、
「何故でしょうか」
「僕はただの学生なんだ。客人を出迎えに待たせるような御大層な身分じゃない」
「昇さんは私の使用者ですが」
「魔術的な意味合いではそうなのかもしれないけどさ。でも君は婆ちゃんの友人だったんだろう? だったら僕にとってはやっぱり客人なんだ。わざわざ弁当作って持って来たり、学校終わるまでこんな所で待ってたりしないでいいから」
まあそう言ったのは理由の半分で、これ以上学校まで来てややこしい事にされては敵わないと言うのも多分にあるのだけれど。
「……承知しました」
「じゃ、帰ろうか」
「あの」
歩き出した僕を、ララが呼び止めた。
「ん?」
「工房へ、寄ってもよろしいでしょうか?」
ララの要望で自宅とは別方向に歩き出した僕らだったけれど、何がしたいのだろう。
「ララ、あの場所にまだ何かあるの?」
「私の機能は休眠に入る際に大半が静によって取り外されているようなのです。特に戦闘に関係するものはその傾向が強い。それらを回収し、可能であれば順次復旧しておきたいのです」
何だかララの物言いにはひっかかるものを感じた僕は、少し迷ったがこの際聞いてみることにした。
「……その言い方だと、戦闘に関する機能を復旧したいと言っているように聞こえるんだけど」
「そう解釈していただいて構いません」
「……君は昨日のあれの仲間と戦うつもりなのか」
動く死者となった屍人と、それらを作り出す吸血種。
昨晩の件を見ているから、彼女に戦う力がある事はわかっているけれど。
「はい」
ララの返事は淡々としていて、迷いや葛藤のようなものは感じられない。まるで当然とでも言うかのようだった。
「君は昨日僕にこの件に関して背負う必要は無いと言った。それなのに君自身は介入するつもりなのか?」
「静と私が五十年前に封じたものが静の死によって動き出しているのであれば、後始末は私がしなければなりません」
「後始末……」
「それに、相手も活動を再開してまださほど経っていないのであれば、あの頃ほどの力を取り戻す事はそう簡単にはできないはずです。弱っている今のうちならば、滅ぼす事もできると推測します」
……。
彼女をこの件に関与させようと突き動かしているのは、つまりは使命感だとか責任感だと言うのだろうか。
無表情のはずの彼女の横顔を見ていると、何だかそこにはまだ別の理由もあるような気がしてならなかった。
「危ないのは正直嫌だし、切った張ったなんてガラじゃないけどさ」
「……」
「あそこに残ってる資料を理解すれば、僕も魔術師ってのになれるのかな」
「それはわかりません。当時の静ほどの魔力を、昇さんからは感じませんので。静が有用な知識を工房に残していても、昇さんが活用できるとは限りません」
「えぇー……そこは嘘でもおだてて乗せるとこじゃないの……」
「虚偽を述べるようには教育されておりませんので」
ララのストレートな物言いに、僕は思わず苦笑してしまった。
「はぁ……わかったよ。とにかく、僕もできるとこまで協力する。上無市に住んでる以上、こっちから首を突っ込まなくても昨日みたいに貰い事故で遭遇することだってあるんだし」
「……ありがとうございます」
「へ?」
予想外の言葉が聞こえてきて、横を歩くララの顔を思わず見る。
その時僕には一瞬だけ、普段の無表情ではない、少しだけ目元が柔らかな彼女が見えた気がした。
「……」
「ところで昇さん」
「は、はいっ?」
ララが横目でこちらを見てきたのに気付いて、何故か声が少し上ずってしまう。
そんなこちらの動揺を知ってか知らずか、ララはいつもの口調で、淡々と続けた。
「お弁当の味、いかがでしたか?」