(6)
⒍
「昇お前、目の下クマできてんぞ」
一夜明けた学校の昼休み。
ララのおかげでまともな睡眠をとれなかった僕は三限の途中あたりで既に力尽き、机に突っ伏したり起き上がったりを繰り返している。
授業終盤には遂に思い切り机に額をぶつけて笑いを誘ってしまった僕を、一年の頃から同じクラスの斉藤司がひやかしにきていた。
「……ほっといてくれ」
「ほー、お疲れだなと思って炭酸買ってきてやったのに、いらんのか」
「……要る」
「ほい、一点三百円」
「悪質な転売業者かお前は」
爽やかな笑顔で下衆な要求を投げてきた司を、僕はジト目で睨みながら百五十円を手渡した。
「ケチ」
「適正価格」
「へいへい。……そういやお前、飯食わねーのか? いっつも自分で握り飯持ってきてんのに」
司は菓子パンの袋を開けながら言う。
「まあ今朝は作る時間無くてさ……」
そう、今朝は色々あってそれどころではなかった。
ようやく朝方近くになってまどろみに呑まれた僕が跳び起きた時、食卓にはララが作った朝食が並んでいた。
――否。
朝食と呼称された何か……と言うべきだっただろうか。
炭化した動物性たんぱく質のなれの果て、水分過多で無味の粥と化した米。
若かりし日の婆ちゃんの料理を「殺傷能力がある」などと評していたララも、負けず劣らずの才能を発揮していたのだ。
おかげで朝から僕の胃は大ダメージを受け、いつもなら少し多めに炊いた米で握り飯を用意して出てくるのだけれど、それも叶わず今に至る。
「……パン派じゃないんだけど仕方ない……買ってくるか」
他に選択肢もないため購買へ行こうかと思った矢先、
「宮原君」
「吉野先生?」
担任の吉野先生が、何だか困ったような顔でこっちを見ていた。
そしてその背後から人影が一つ。
「昇さん、お弁当を持ってきました」
「ブーッ!」
見覚えのある無表情の少女が目の前に現れ、飲みかけの炭酸を思い切り噴いてしまう。
「うおおおい昇お前、今俺に向かって噴きやがったな!」
司は服にかかった炭酸飲料に大声を出したが、クラスの連中はララに集中している。
まあ銀髪の給仕服の少女などというものが学校に出現する事なんて、隕石が自分に直撃するくらい機会が無いわけで。
そんな存在がクラスメイトの名前を呼んで教室に入ってくれば人目を引かないわけがない。
「ええと……宮原君。確認なんだけれど、彼女はご家族……という事でいいのかしら?」
「あー……ええと……まあ、そんな感じと言いますか、何と言いますか……」
『えええええ⁉』
クラス中がざわめきに包まれる。
「いえ、昇さんは使用者です」
『はああああああ⁉』
そしてざわめきは一瞬でどよめきへと変わって行った。
頼むから勘弁してくれ……。
吉野先生も完全に頬が引きつっている。
「じ……事情はとりあえずわかりました。宮原君には後ほど改めて話を聞きますから、とりあえず彼女に
は帰って貰ってもいいかしら……?」
「わかりましたスミマセン先生もう帰します今帰します直ぐ帰します」
「朝食は失敗しましたので昼食は反省点を踏まえて製造しましたので実食と感想を――」
「普通に考えて学校来ちゃダメでしょおおおお!」
製造とか何とか不穏な用語が聴こえた気がするが、そんなことを気にしている場合ではない。
僕はララが持って来た弁当箱をぶんどると、背中を押して教室から追い出した。
「感想なら帰ってから言うから先戻っててくれ……」
「……承知しました」
特段それ以上は食い下がる事なく、ララは呆然とする吉野先生を置き去りにしてすたすたと廊下を去って行ってしまった。
「……」
「……おい」
どうしたものかとこめかみを押さえていた僕の肩を司が掴む。
「何 だ あ れ は」
「いやまあ……色々と混み入っててだな……」
「お前あんな漫画かラノベから出て来たみてーな子に飯作って貰った上に持ってこさせて何のつもりだコノヤロウ」
「作らせた覚えはない! ララが勝手に作ってきただけだ!」
「宮原それサイテー」
何か知らんが女子達には更に誤解を招いてしまっている気がしてならない。
「とにかく昇、お前それ俺らにも食わせろ」
「え」
「お前だけズルいだろ、どう考えても」
「いやぁ……やめておいた方が……」
「コイツ独り占めしたいからって適当言ってやがるぞいいからよこせ!」
司はそう言って僕から弁当箱を取り上げると、机の上で蓋を開け――そのまま、身動きを停めた。
「……」
「……」
「……」
司も、興味津々で覗き込んでいたクラスメイト達も、弁当箱の中から現れたそれが何なのか、きっと初めはわからなかっただろう。
ゲル状の白米と、明らかに青系の色素が目立つ何かの煮物、etc……etc……
「……」
司は静かに蓋を閉めると、弁当箱を静かに僕の方へと返却した。
「まあほら……死ぬこと以外はかすり傷って……誰か言ってたろ?」
「フォローになってない」
尚、奮戦したものの結局食べ残した弁当箱からはほのかな異臭がしていた気もするが、僕を含めたクラスメイト達全員が厳しい現実から目を背けたことにより、半ば無理矢理事無きを得ることになったのである。