(5)
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「……わかりました。全てをお話しすると長くなりますので、要所以外はいくらか省略致しますが……」
そう前置きをすると、ララはそれらの事について、一つ一つ語り始めた。
話によれば今からもう五十年近く前、宮原の家は界隈ではそこそこの魔術師の家系だったらしい。
僕からすれば魔術師と言う時点で普通ではないのだけれど、それらの中においてはそこそこの、と言う話。
決してエリートの血筋というわけでもなく、特段名の有る人物を輩出することもなかった、質の良い魔道具を精製する事だけは定評のあった程度の家系。
ただその中で、宮原静と言う少女だけは例外だった。
稀有な才を発揮した彼女は、それまで雑多な研究の一つに過ぎなかった傀儡と呼ばれる物体操作魔術と、精霊を使った疑似魂魄の精製技術を応用して自我を持った魔導人形を作り出した。それがララだった。
「静は新しい何かを創り出すことをいつも探求している人でした。元々は『友達が欲しい』などと言う理由で私を作り出したのです」
「友達って……友達にあんな戦闘能力は要らないだろう」
廃屋での一幕を思い返し、僕はやや訝しみながらお茶を啜る。
けれどララは表情も声の調子も変える事無く、僕の素朴な疑問に対して答えを返した。
「後付けなのですよ。あの力は。稼働当初の私は、ただ人のように動いて喋るだけの人形でした」
「つまり……何か理由ができたって事か」
「必要に迫られたのです」
「……もしかして、あの化け物……?」
「はい。魔術も含め、表の世界で普通に暮らしている人々が知らない事が、世界には多く存在します。……人ならざるモノ達の存在もその一つ」
「あれは……一体何なんだ?」
「屍人。……上位存在である吸血種によって、動く屍に変えられた元人間です」
「……」
息を呑んだ。
オカルト漫画やなんかでしか聞いたことのないような、昨日までなら信じるに値しない与太話だ。
けれど、今はそうではない。少なくとも、常識の範疇を超えるものが存在する事を知ってしまったのだ。
それに廃屋で襲ってきたあの女子高生、行方不明で捜索願が出されていた子だった。
少し前まで普通の家庭で普通の生活をしていた子が、あんな人智を超えた力で人を襲うという事を身を持って体験した以上、この話には一定以上の信憑性があるという事に思われる。
「当時のここ上無市には、魔術師の家がもう一つ存在し、その家はそうした人ならざるものへ対抗する力も持っていました。ですが、急遽宮原家がそれらの対処にあたらねばならなくなりました」
「それは……何でなんだ?」
「殺されたのです。屍人を生み出した吸血種を滅ぼそうと拠点を攻め、返り討ちにあったのです」
「……」
「吸血種は長い時を生き、人間の魔術師よりも生物的に高い能力を持っています。単独で吸血種を制圧できる人間など、魔術師の中でも殆ど存在しないのです。そしてあの当時この地には、力を持つものは静以外には残っていなかった」
「……だから婆ちゃんは君に、戦う力を?」
「はい。この身体の素材は元々魔力を増幅し、伝導時にも力のロスが生じないものになっています。そして自然界の精霊を使用した私の疑似魂魄には多くの魔力を貯蔵し、制御する力がありました。静はその特性を利用し、私にあれらと戦う術を与えたのです」
……婆ちゃんがそんな過去を持っていた事なんて、全く知らなかった。
僕はただの一度も、婆ちゃんの――宮原静の少女時代の話なんて聞かされたことがなかったのだ。
「……けど、何故ララはあんな場所で何十年も眠っていたんだ?」
こんなに凄い人形をわざわざ眠りにつかせて、廃屋と一緒に何十年も放置しておいた理由が思いつかない。
けれどそんな僕の疑問は、すぐに解消されることになった。
「眠りにつかせるほかなかったのですよ」
「……どういうこと?」
「私と静は四年に及ぶ戦いの果てに、上無市を根城にしていた屍人を駆逐し、その主であった吸血種を無力化することができました。当時の私が最大戦力で相打ちに持ち込み、静の持てる秘術のを全てを投入することで、戦時中の陸軍施設のあった地下深くへ封印したのです。しかしその封印を維持するためには継続的に魔力を消費し続けなければならず、私の身体を長期間維持する事は不可能になりました」
「……それでララを眠りにつかせたのか。でもそれなら別に何もあんな寂しい場所でなくても……」
「昇さんがあの場所へ来た時、何か封印が施されていませんでしたか?」
「んー……? ああ、そう言えば見た目は完全に廃屋だったのに、鍵を開けたらちゃんとした建物に戻ったんだけど、あれがそうなの?」
「おそらくは。昇さんの話では五十年近くが経過しているにもかかわらず、工房の中の物品等は当時からまるで経年劣化していませんでした。私のこの身体も含めて。建物の外側に境界を張り、内部の状態を保存すると同時に外側へ向けては偽装を施したのでしょう」
「どうしてそんな手間のかかることを……?」
ララは一呼吸置いてから、僕の目を再度見据える。
彼女には表情といったものが殆ど見られないので、その内心がどんな喜怒哀楽を秘めているのかはわからない。
けれどその言葉を口にした時だけは、どこか少し寂しさや哀しみとでも言うべきものが、その声に混じっているような気がしたのだ。
「先程も言ったように、封印は維持のために静の力を消費し続けるものでした。そしてそれは、いずれ静の死を以て解除されるものでした」
「……解除……って……もしかして」
「ええ。あの屍人は吸血種が再び活動を再開した証拠、ということなのでしょう」
「……」
「私は、こうした事態に備えての対抗手段として保存されたのです」
ベランダで夜空をぼーっと眺めていた。
あまりにも一度に多くの、しかも突拍子もない情報が詰め込まれて正直頭がパンクしていたのだけれど。
「……昇さん。まだお休みになられないのですか?」
振り返ると、ララが立っていた。
「あー……いや、まあ、うん。ちょっと考えがまとまらなくて、さ」
苦笑した僕に、やはりララは表情一つ変える事無く淡々と言葉を紡ぐ。
「先程はああ言いましたが、昇さんが無理にこの件を背負わなければならない、と言う話ではないのですよ」
「え……?」
「確かに静は、いつか自らの死によって解ける封印から再び吸血種が解き放たれる日が来ることを想定して、私を休眠させました。ですが静は昇さんに、魔術の事も私の事も教えてこなかったのでしょう? それはつまり、その後の人生を生きる中で、あなたに背負わせたくないと考えを改める何かがあったのではないかと私は考えています」
「……」
「まあ、ただの推測ですが」
「そ、そこは自信無いんだ」
「あの静の考えなど、そうそう読めるものではありません」
「――……」
「何か?」
「い、いや……何でもない」
……気のせいだろうか。婆ちゃんの事を話すララの表情が、どこか少しだけ楽しそうに見えた気がした。
「……」
部屋へ戻り、床に就いてから三十分。
僕は未だに眠りに落ちることなく起きていた。
いや、眠ることができていなかった、と言うのが正確なところである。
「……何でここに居るの」
ララが僕の枕元に座って、こちらを見続けている。
「どうぞお構いなく」
「いや構うでしょ! 真顔の人が真横で起きてて寝られるわけないでしょ!」
思わず起き上がってクレームをつける。
この状況で安眠できるほど図太い神経は持ち合わせていない。
「そう申されましても、この顔は元々ですので」
「だいたい何で僕の部屋についてくるんだよ……客間を使っていいって説明したでしょ」
「静と同系統とは言え、昇さんの魔力の波長は幾分異なります。使用者の魔力と早期に同調させ、稼働効率を上げるには、なるべく長時間、近い場所に身を置くのが最適解です。昇さんが今回の件に能動的に介入しなくとも、不測の事態への備えは必要です」
「だからって、ガン見されてたら寝られないってば」
「ガン見、とは」
「……そうやってじーっと見られることだよ」
「なるほど」
「……だいたい、ララは眠らなくていいのか?」
「休眠でしたら五十年近くしておりましたが」
「そうじゃなくて……はぁ。とにかく、起きてる人に見られていたら僕が寝付けないんだよ」
「……理解しました。それでは速やかに改善致します」
「頼むよホント……」
やりとりにどっと疲れた僕は、不快溜息とともに無理矢理目を閉じた。
「……おかしいでしょ……」
かくして。「起きてる人に見られていたら寝られない」と言う僕のクレームに対して「目を閉じて僕と背中合わせで眠っている(ように見える)ならば問題は無い」と言う直球過ぎる回答を導き出したララのおかげで、僕は眠れぬ夜を過ごす事になったのである。