(4)
⒋
「……魔導人形……」
言われた事を反芻してみても、中々頭に入ってこない。
「昇さん」
「それに、婆ちゃんが魔術師……」
「宮原昇さん」
「うわっ⁉」
ボケっとしていたところに、いきなり無表情のままドアップで接近されて思わず声を上げてしまった。
「な……なに?」
「宮原静の所在を、教えてくださいますか?」
ララと名乗った彼女が 口にした名前は、紛れもなく婆ちゃんのことだ。
少なくともララが、婆ちゃんの事を知っているのは間違いない。
「婆ちゃんは、死んだよ。三ヵ月前に」
「……」
ララは僕の言葉にすぐには反応せず、小首を傾げるような動作を見せた。
「婆ちゃん、とは……もしや静の事を指しているのですか」
「あ……うん。宮原静は僕の婆ちゃんだよ」
「婆ちゃん……つまり祖母……」
いきなりララの両の手が伸び、僕の顔面を鷲掴みにして、こちらの目を覗き込むように顔を近付けてくる。
「ふむ……ふむ」
ち……近い近い近い近い!
動き出す前の人形そのものであったならまだしも(それはそれで怖いが)、どういう原理か今の彼女の外観は完全に人そのものにしか見えない。
肌艶なんてヘタな人間より――
「――のぉおおおおおおっ⁉」
真っ直ぐ見据えられた視線から逃れようと下を向いた瞬間僕は思わず大声を上げて手を振り払い、着ていた薄手の上着をララに押し付けた。
「これは?」
「と……とりあえずそれ羽織ってて! 何か着られるもの探してくるから!」
意識して見ないようにすぐさま背を向ける。
人と相違ない外観となった彼女は、今何も着ていない状態だったのだ。
こんな状態では話も何もあったものではない。
「あー……っつっても、怪しい本とかレポートばっかだしな……」
「昇さん」
「は、はいっ⁉」
「様子が変ですが、どうかしましたか」
「服! き……君が着る服を探してるんだ……!」
「ああ、それでしたら――」
彼女がそう答えた次の瞬間、僕の背後でまた何かが一瞬光を放った。
「……?」
「このようなものでよろしければ」
そう言われておそるおそる振り返ると、そこには古式ゆかしい洋館勤めの家政婦のような装いのララが立っていた。
所謂サブカル的な意味合いではない本来のメイド服……とでも言うべきだろうか。
「それ、どこにあったの?」
「これはこの身体と同様、昇さんの生命力から変換した魔力を編んで現出させていますので、デザインが
お気に召さなければ調整可能ですが」
「え……ああいや、別にデザインは構わないって、今……何て言ったの?」
「お気に召さなければ調整可能と」
「そうじゃなくて! その前!」
「……昇さんの生命力から変換した魔力を編んで、の部分でしょうか?」
「そこ! 何なのいきなり僕の生命力って断りも無くそんなことしてたの⁉」
「昇さんの魔力は率直に申し上げまして出力が心許ないと言うのが現状です。元々少なかった魔力残量が先程の戦闘で枯渇したため、代用として昇さんの生命力を変換しました」
「そういうことはせめて了解をとってからにしてくれ……」
そんな話を聞いてしまうと殴られたダメージの他に身体全体が気怠くなっているような気がしてくる。
命を救われたのは間違いないのであまり強くは言えないとは言え、消費しているのが生命力ではそう気楽には考えられない。
「それは私を起動時の声紋登録時点で了承頂いている前提になっておりますので」
「声紋登録」
「はい」
……あの文言、本当にそう言う意味合いだったのか。
「一応、魔力への変換に時間はかかりますが、別の方法での補給は可能です」
「よしそれにしよう。採用」
「まだ具体的に何も申し上げていませんが」
「生命力削られるより嫌な選択肢なんてない。いいから代案で頼む」
「かしこまりました。それでは昇さん――」
ララは少しの間の後、はっきりとした口調で言った。
「食事による補給をお願い致します」
消滅して行く。
眼前に並べた煮物が、肉野菜炒めが、大盛りのご飯が。
「……」
家政婦の恰好をしている魔導人形のララが、僕が作った夜食をモリモリ平らげている。
「たいへん良い味付けです」
「……そりゃどうも」
何だ。
何なんだこの状況は。
「静の孫と聞いて少々不安でしたが、料理の腕は遺伝しなかったようですね」
「料理の腕は遺伝しないでしょ……。だいたい、婆ちゃん別に料理下手じゃなかったぞ」
「私の知る宮原静は十八歳から二十二歳までの四年間の間ですが、その間に食した料理はどれも著しい殺傷能力を備えたものばかりでした。数十年と言う時間の為せる技と言うことなのでしょう」
「……」
料理で殺傷能力って評価初めて聞いたぞ。
しかしまあ、今はそんな話題に時間を消費している場合じゃない。
とりあえず僕の生命力を無尽蔵に徴収される事態を回避できたのであれば、優先順位を現在の状況の把握に切り替える必要がある。
「ええと、まあ料理の話は置いておいて。そろそろ状況の整理をしておきたいんだけど、いい?」
「私は構いません」
ララは箸を置くと、姿勢を正して僕の顔をじっと見る。
「まず、君自身のこと。それから婆ちゃん――君が知っていた頃の婆ちゃんのこと。最後に……さっき襲ってきた、あれのこと」