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(3)

 ⒊


「な――」


 驚いてそちらへ目を向けた僕の視界の中で、それはゆらりと立ち上がる。


「人……?」


 人。

 そう、人だ。

 天井の灯りにうっすらと照らされたそれは、見た目女子高生のような恰好をしていた。明るい金髪に、一房だけが赤く染められている。


「あ……」


 その特徴には見覚えがあった。


「ニュースでやってた、捜索願が出てる……」


 行方不明の女子高生。それがどうして、こんな所へ。窓を突き破って侵入してきたりなんかするんだ。


「あ……あのー……ここ一応、僕の持ち家……ってことになってるんだけど」

「……」


 幽鬼のように佇むその子は、こちらの問いには答える様子が無かった。


「えと……君、ニュースで行方不明って言われてた人だよね……? 家の人心配してるだろうし、こんなとこで一体何を――」


 ――しているんだとまで言いかけて、僕は言葉を停めてしまった。

 こちらへ顔を向けた彼女の目に、全く光が宿っていなかったからだ。

 瞳があるはずの場所にまるで穴でも開いているみたいに、暗く深い黒だけが貼り付いていた。

 何かがおかしい。

 そう気付いた時には、既に僕の腹部を強烈な衝撃が襲い、自分の足が床から離れるのを目撃していた。

 次いで背中にも衝撃。

 椅子に座っていた人形もろともカンフー映画のやられ役みたいに空中を舞った僕の身体は、本棚に勢いよく衝突したあとその場に倒れる。


「か……ふ……っ……!」


 一瞬息が吸えなくて意識が暗転しそうになるのをなんとか踏みとどまり、よろよろと上体を起こす。


「……何……なんだ……」


 特別身体を鍛えているわけではないとは言え体格的には普通である僕が、同年代の殴打一発でワイヤーアクションみたいな吹き飛び方なんて信じ難い状況だった。


「うぷっ……!」


 殴打を受けた腹から、熱いものが喉元を駆け上がる。


「うえェっ……ゲホッ……」


 ……何だこれは。

 口元を拭う。

 それはあまりにも鮮やかな赤色だった。

 手についたその色を見て初めて、出て来たものが血なのだと認識する。背筋が冷たくなった。


「……はっ……はっ……」


 最早気の利いた言葉で自身の恐怖心を誤魔化すこともままならなかった。

 ざり。

 女子高生の形をした、得体の知れない何かが、何故だかわからないが僕の命を撮ろうとしている。

 受け入れがたい現実が、おぼつかない足取りと穴の開いた目で、一歩一歩近付いてきている。

 何なんだ。

 何なんだ何なんだ何なんだこれは。

 こんな、何がいけなくてこんな状況になっているのかわからないまま、いきなり死ぬだなんて。

 尻もちをついた状態のまま、後退る。

 何かが左手に当たった。


「……人……形」


 僕と一緒に吹き飛ばされてきたあの人形だ。

 ……けれど、こんなもの投げつけたところで、今の状態で足に力なんて入りはしない。この場から逃げることは不可能だった。


「くそ……!」


 早々に万策尽きて唇を噛んだその時だった。


「……な……?」


 僕の左手が丁度触れた、人形の腹部の印が、赤い輝きを淡く灯していた。


「――……」


 そうだ。

 あの時婆ちゃんがやっていたのは手品だと思っていたけれど、ここへ来てそれは勘違いだったと知った。

 ならあれは。

 僕が婆ちゃんが紙人形を動かすのをやってみたいとせがんだ時に教わったことは。

 あの時教わったおまじないは。

 当時言葉の意味もわからず真似したあのまじないは。


「……来たれ」


 ざり。

 それが近付いて来る。

 ざり。ざり。

 一歩、また一歩。


「……来たれ、来たれ」


 ざり。

 暗い相貌を向けたそれが、腕を振りかぶる。


「その身に来たれ……宮原昇の命を糧に……その目を……開けろ……!」


 ドゥン……。

 左手が触れた印から広がる様に、不可視の波が広がって行く。

 ブンッと、あちらの腕が僕に向かって振り下ろされた。


 しかしその手が僕の顔面を破壊する事はなかった。


「――宮原昇……宮原静の関係者ですか?」


 女子高生の姿をした得体の知れない何かの腕を、『彼女』は容易く受け止めていた。


「魔力の出力が些か頼りないですが……波長は確かに静のそれと同系統のようですね」


 ……彼女。そう、彼女だ。

 僕はそれを指す言葉に、彼女と言う言葉以外を当て嵌めることができなかった。

 肩の上で揃えた銀色の髪に赤い瞳。そしてすらりと伸びた白い手足。

 つい数秒前まで謎の材質でできた物言わぬ人形だった彼女は、どう見ても人と変わらぬ質感の身体で、人の言葉を話している。


「本来であれば先ず事情を詳しく聞きたいところですが……どうにも不快な……心当たりのある類のものが来訪している様子。まずは掃除を致しましょう」


 そう言って、彼女は掴んだ相手の腕を強く握りこむ。


「……!」


 相手はそれを振りほどこうともがく様子を見せたが、彼女は微動だにしない。

 あれほどの力で僕を吹き飛ばした怪力が、完璧に抑え込まれていた。


「――フッ!」


 ドス、と言う鈍い音とともに彼女の右の拳による突き上げが、相手の腹に深くめり込む。

 けれど左手で拘束しているために吹き飛ばされずに床から浮き上がったところで停止する。

 そして彼女は一呼吸置いて宣言した。


「……魔力バレル装填。バニッシュメントリボルバー弾数1、撃ち込み開始」


 ドンッ!

 衝撃音。

 同時に彼女の肘の後ろあたりから、煙のようなものが噴き出す。


「――――!」


 相手は初めて、獣の咆哮のような声ならぬ声を上げる。

 その身体が衝撃で浮き上がり、大きく痙攣し、だらんと力が抜けるように動かなくなった。


「……死……死んだ……のか?」

「死んだのではありません」


 彼女がそう答えたのと同時に、動かなくなった相手の身体が、灰のようにザラザラと音を立てて崩壊した。

 その灰も、まるで初めから存在しなかったかのようにすぐに見えなくなってしまった。


「……一体、何が……」

「これは、最初から死んだ状態でここへ来たのですよ」


 彼女はそう言うと呆気に取られている僕の方へ向き直った。


「……君は、何なんだ」


 思考がまとまらない中、精一杯捻りだした僕の問いに、彼女は少しの間の後で静かにこう告げた。


「私はララ。この工房の主、宮原静と言う魔術師の作った魔導人形です」


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