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(2)

 ⒉


「……マジか」


 この暗さでは築年数など推定しようのない感じの建物は、一番近い住宅地からも少し離れた周囲を林に囲まれた場所に立っていた。

 正直、予想以上のものが出てきてしまったと言う思いでいっぱいである。

 立川さんと夕方話した呪いの家もあながち冗談ではないと思えるほどの。

 自転車を止め、持って来た懐中電灯で建物を照らすと、その現状が朧気ながら見えてくる。


「洋館風の建物、か……」


 大きさは一般的な家屋とさして変わらない。

 ただ造りは洋風建築の二階建てで、外壁も老朽化してあちこち剥がれ落ちているように見える。

 玄関らしき扉には、持って来た古い鍵と合致しそうな鍵穴が見えた。


「……こりゃ出るとしたらホンモノ来ちゃうやつじゃないか」


 自分で口にして後悔した。

 ビビるのは自分だけである。誰も特をしない。

 ただ、どうしてかはわからないが、ここで踵を返して素直に帰ることだけはできないと言う根拠のない思いのようなものが僕の足を下がらせなかった。


「……ちょっとだけだ。中を確認したら、速攻で帰ろう」


 恐怖心は勿論あった。

 けれど手にした鍵が、それを鍵穴へ挿し込めと誘うように、僕の手を動かしていた。

 ――ガチャリ、と。

 それが音を立てて内部で回転した。


 ――ドゥゥン……


 それは果たして、音だったのか。

 それとも何かの波だったのか。

 鍵穴を起点に、波が拡がるような感覚が走り、僕の全身と、この廃屋同然の家屋全体へと伝播していくのがはっきりとわかった。

 そしてそれは同時に、僕の視覚内に、これまで見た事の無い現象を映し出す。

 鍵穴から広がり始めた薄っすらとした光が建屋全体に伝わって行くなか、どう見ても耐久性に難ありと思われた廃屋同然の『外観が剥がれ落ち』始めたのである。


「な――……」

 言葉が続かない。

 この状況で、何を口にするべきかなんてわからない。

 そう、『廃屋のテクスチャ』とでも言うべきものの下から出て来たのは、どこも老朽化などしていない建物だったのだ。


「……どういうんだ、これ……」


 ただ事ではない。

 この建物は一体何なのだろうか。

 婆ちゃんはこれを知っていたのだろうか。


「知ってたって考えるのが、まあ自然か」


 本当に廃屋同然の建物でそれ以上の事を知らなかったとするならば、相続の際に整理してしまっていたはずだ。

 けどそれなら、これは一体何なんだ。

 婆ちゃんが僕にわざわざ相続させようと考えた理由が、この常識から逸脱した現象を見せたこの建物にあるのだろうか。


「……」


 薄っすらと建屋を包んでいた光が収まったのを見て、僕は玄関の扉に手をかける。

 恐怖心などよりも、強烈な興味関心の方が僕を突き動かしていた。

 ギィ、と小さな音を発して、扉が開いた。


「中は……やっぱり荒れていないのか……うおわぁっっ⁉」


 懐中電灯で照らしつつ、ゆっくりと足を踏み入れた途端天井に明かりが灯ったのに驚いて、思わず声を上げてしまう。


「あれって何なんだろう」


 どうも蛍光灯の点き方ではない気もしなくもないが、詳しくはわからない。

 ガラス細工なのか宝石細工なのか、不思議な形にカットされた半透明の鉱物っぽい見た目のものが柔らかい光を放っている。

 あれもLEDか何かなのかな……いやでもセンサー付きのLEDライトなんてそんな昔は無かったはずだし、何年も使ってなかったような建物で生きてるものなのか……?

 この状況ではまったく考えがまとまらない。


「腹くくるしかないな」


 意を決して、足を進める。

 玄関から見えるドアは一つ。

 奥には階段らしきものも見える。


「……一階は一部屋なのか……?」


 おそるおそるドアノブに手をかけ……一気に開く。


「…………ふぅ」


 静寂。

 少なくともいきなりオカルト的な何かが飛び出してきて喰われる展開ではないようである。

 胸を撫で下ろして部屋へ足を踏み入れると、先程同様に天井に設置された何かの鉱石風の照明に明かりが灯り、部屋の中が照らし出された。


「……結構広いけど……何なんだここ」


 まるで学校の図書室の一部を切り取ったみたいに、背の高い本棚が並んでいる。

 それと机の上にも、大量の書籍やら書類やらが乱雑に積み重なっていた。


「何かの資料置き場か?」


 置いてある本のタイトルを見ても、何語なのかすらよくわからない。


「……婆ちゃん、学者か何かだったのかな……っとと」


 不思議な照明がついたとは言えやや薄暗い室内を、並んだ書籍や書類に視線を這わせながら歩いていた僕は椅子か何かに躓いてしまった。

 そして次の瞬間、思わず飛び退いてしまう。


「うわっ⁉」


 椅子には、人間とほぼ大きさの変わらない人形が座らされていた。


「……おどかすなよ頼むから……」


 誰にともなく文句を言うものの、返事が返って来るはずもない。

 いや、返ってきたらそっちの方がいやだが。


「材質は……わかんないな」


 浄瑠璃の人形やなんかのような精巧な造形にはなっていない。

 マネキン人形が一番近いかもしれないけれど、質感はもう少し柔らかそうな感じがする。

 そしてその腹部には、何か大きな不思議な紋様の印がペイントしてあった。


「これ……何だろう」


 初めて見る気がしないのだけれど、どこで見たのかは思い出せない。

 何か、この建物の詳細につながるような情報が欲しいのに。

 確かにここへ来てから驚きの連続ではあるものの、何一つ核心へ近付く糸口を掴めていないのだ。


「……せめて書いてあるのが何語かわかればな……」


 そう愚痴って人形を座らせてあった椅子の目の前の机の上のレポートらしきものを手に取った瞬間、玄関であの鍵を使った時と同じような感覚に見舞われる。


「……っ⁉」


 視界が一瞬揺らぎ、僕が手を触れた部分から同心円状に広がる様に『読めない文字のテクスチャ』が剥がれ落ちて行く。

 そうして現れたものには、紛れもない日本語の文字が記されていた。


「――霊媒物質で構成した物体に……疑似人格を融合……? 何を言ってるんだこのレポート……あれ?」


 そこに書かれている文面も謎だらけだったが、僕は何よりその筆跡に見覚えがあった。


「これ……婆ちゃんが書いたのか?」


 遺産相続の書類や何かを確認するのに、ここ三ヵ月は婆ちゃんが残した直筆の文字を数多く見ていたからおそらく勘違いではないはずだ。

 そうなると、やはり婆ちゃんはここを以前使っていた事があると言う話になる。

 僕は食い入るようにしてレポートをめくって行く。

 日本語が出て来たとは言え、書いてあることの多くは複雑怪奇な用語と理論が混在していて、腰を据えて調べないと殆ど理解が進まなそうな感じだ。

 ただそれでも途中に一ケ所、見覚えのある印が図に書かれた部分を見つけた。

 それはこの人形の首筋にペイントされたものと一緒――いや、そうじゃない。もっと昔から、この印を僕は知っていた。


「同じだ。婆ちゃんが手品の時に紙人形に描いていた模様と」


 目の前の人形と見比べながら、レポートに記された文面を読んでいく。


「対象に記した印に術者の命の波長と声紋を認証させることで起動……」


 言っている事だけ単体で見れば荒唐無稽だけれど、朧気に記憶に残る婆ちゃんとの紙人形遊びの記憶がそれらに真実味を持たせ始めていた。

 この建物やレポートの文字に施されていた外観を欺く仕掛け。

 記された文面と一致する幼少期に見た動く紙人形の記憶。


「……婆ちゃんが見せてくれていたあれは、手品なんかじゃなかったってことなのか……?」


 椅子に座り、虚空を見つめる人形に目をやる。

 婆ちゃんが普通の人でなかったことは最早疑いようがない。

 そして、このレポートに書かれたことに間違いが無いのなら……。


「……動くのか……これ」


 そうして僕がゆっくりと人形の腹部にある印に手を触れようと手を伸ばした時。


 ――ガシャァァン!


 突如として窓ガラスの一枚が、内側へ向けて吹き飛んだ。


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