第一章 ララ(1)
普段は文芸書籍を出していたりします。
ガチガチのファンタジーバトルを書きたくなったので、これはなろうオンリーでやろうと思います。
プロローグ
子供の頃、よく婆ちゃんと遊んでいた。
僕が夢中になっていたのはいつも決まって婆ちゃんの見せてくれる手品。
紙で作った小さな人形に不思議な模様を描き込み机の上に置いて何かを呟くと、それがまるで生きているかのように机の上で踊り出すのだ。
僕はそれがどうしても自分でやってみたくて婆ちゃんにせがんだことがある。
「いい? お人形さんにね、自分の名前を教えて呼びかけるの。お婆ちゃんが言うようにやってごらん」
今にして思えばタネも仕掛けもわからないものを小学校にも上がっていない子供が手品なんて真似できるわけがないのだから、きっと婆ちゃんが見えないように、僕が操っているように演出してくれていたんだと思うのだけれど、僕にはそれがまるで魔法でも覚えたみたいに楽しかった。
「昇はすじがいいね」
「?」
「きっといつか、これよりもっと素敵なものを操れる時がくるよ」
そう言って頭を撫でてくれた婆ちゃんの笑顔は、今でもはっきり覚えている。
――けれど。
けれどその婆ちゃんも、もう居ない。
第一章 ララ
⒈
「昇君。あれからそろそろ三ヵ月になるけど、何か困ったことは無いかい?」
喫茶店で向かいの席に座る白髪混じりの壮年の男性が、穏やかな笑みでそう言った。
「あ……まあ、とりあえずは。この前立川さんに計算してもらった婆ち……祖母からの相続もいくらかあるおかげで、生活費はバイトしながらやっていけば路頭に迷う事は無さそうですし」
「ふむ」
珈琲を一口啜り、立川さんは天井を見上げる。
「君だけは……静さんを『婆ちゃん』って呼んであげる資格があるんだ。無理に言い換えなくていいと思うがね」
「……はい」
立川さんは婆ちゃんの旧い友人で、法律事務所を営んでいる弁護士の人だ。
僕を一人で育ててくれていた宮原静――婆ちゃんが三か月前に逝去した事で、遺産の相続やら整理で面倒を見てもらっている。
聞けば何でもしばらく前からこういう事を想定して婆ちゃん本人が依頼していたらしく、煩雑な手続き等は一切お任せに近い状態だった。
「あとはまあ……一人で住むには、あの家は少しばかり広いかなと言うのは、ありますけど」
元々は僕と婆ちゃん以外にも両親が住んでいた自宅に、今は僕一人だ。
僕は昔から婆ちゃん子だったし、病となれば仕方なかったとはいえ、寂しくないと言えば嘘になる。
「一人暮らしは掃除が肝心だぞ、昇君。こいつは俺の若い頃の経験談だが、一度サボり始めると無限に散らかって行くからな。特に男の部屋は」
「き……肝に銘じます」
幸か不幸か、ここ二年くらいは婆ちゃんが身体を壊しがちだったこともあって家事全般を僕がやるようになっていたためギリギリ片付けの習慣は崩れていない。けれど同居する家族が居なくなった今、自分が妥協してしまうと確かに散らかるのはあっという間の気がする。
『――C県上無市で、また未成年者が行方不明となっており、直近三ヵ月で――』
店のテレビから流れているニュースに、立川さんの視線が移る。
地元で最近続いている、連続行方不明事件の話題だった。
画面には、新たに捜索願が出された女子高生――明るい金髪に一房だけ赤に染めた子が笑っている顔写真が映し出されていた。
「穏やかじゃないねえ。……地元の学生の昇君の前でなんだけど、孫が大学行くのに地元離れてて助かったよ。気が気じゃない」
「……もう何人も続いてるんですよね、確か」
「ああ、もう捜索願が出てるだけも十人くらいになるはずだ。集団の家出なのか誘拐なのかわからないけど捜査も目立った進展が無いんだそうだ」
不穏なニュースが地元を騒がせているのは良い心持ではないけれど、婆ちゃんはこういう世の理不尽を象徴したような事件に酷く胸を痛める人だったから、亡くなった後でこうした話が出て来たのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。
「……ああそうそう、それで今日の本題なんだけど」
何となく気まずい雰囲気になったのを察したのか、声の調子をいくらか戻して立川さんが話題を切り替えた。
「これ」
そう言って僕の前に、何かをまとめたらしいファイルを置いた。
「これは何ですか?」
「うん、静さんから整理するべき資産と君に残す資産については細々と指示を貰っていたのは周知のとおりだけれど、君が相続することになった現金以外の資産について、君自身にも詳細をきちんと把握しておいてもらわないとおけないからね。それがこのリストさ」
「……何か結構あるんですね」
「まあ、別に今すぐ何かに使う情報でもないとは思うんだが、相続人が君である以上はね。僕にはそれを伝える義務があるからさ」
「はあ」
「とりあえず、目を通しておいてもらえると助かるかな」
「わかりました」
「それとこれも、渡しておこう」
そう言ってファイルの隣に、封筒を一つ。
それを手に取って開けると、ビニールの小袋に入った金属製のものが出て来た。
「これは……鍵、ですか?」
「うん。鍵だね」
「どこの鍵なんです?」
「そのファイルの中に、一つ不動産があるんだよ」
「不動産?」
婆ちゃんがアパートとかそういうものを持ってるとか言う話は聞いたことがない。
「町外れにある古い一軒家なんだけどね。もう長いこと誰も立ち入ってない廃屋同然の建物みたいだよ。鍵はそこのらしい」
「……それ、呪いの家とかじゃないですよね。天井裏から『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ』とか言って這いずり出てくる感じの……」
「いやーわからないぞ。大昔のテレビとビデオデッキが置いてあって、いきなり映像が流れ出すやつかもしれない」
「……」
「……」
「やめましょうよおっかない」
「同感だ」
二人で途中で若干おっかなくなってしまい、その話題はそれ以上掘り下げないことにした。
自宅へ戻り、がらんとしたリビングで簡単な夕食を済ませた僕は、何をするでもなくぼうっとしていた。
婆ちゃんが居た頃は色々と煮物に凝ってみたりとか手間のかかるものもしていたけれど、最近は自分だけなのでどんどん適当になってきている。
「駄目だな、立川さんが言ってたみたいに段々だらしなくなっていく兆候だぞこれは」
そうかと言ってテレビを付ければこの時間、ニュース番組の時間帯だ。地元を騒がせてるあの事件をまた目にするのもいい加減気が滅入るだけなので、リモコンに手が伸びない。
「……そういや、あのファイル」
もう整理する資産は立川さんに婆ちゃんがお任せしてしまっていたので、あのファイルに記載されているものは何らか僕が今後目にする可能性のあるものばかりと言う事になる。
何よりあの怪しげな廃屋同然の不動産とか言うものがどんなものなのか、怖い話方面の冗談に逸れてしまったので中途になってしまったけれど、こうして時間ができると気になって来る。
「……」
僕はカバンからファイルを取り出すと、テーブルの上でそれを開いた。
「えっと、どれだ……?」
何ページがめくると、何やら建築物の所在地の記されたページに辿り着く。
住所表記をネットの地図アプリに打ち込むと、この家から自転車で二十分くらいかかる場所であることがわかる。
「だいぶ町中からは外れた所だな……周りに家とかあんまし無さそうだけど」
画面にも道路らしきものは殆ど線が通ってないし。
そんな場所に何故建物を所有していたのかもよくわからないし、整理する資産ではなく僕に相続させる物件と判断した理由もわからない。
ファイルと一緒に渡された鍵を見る。
古びた感じの鍵――一般の住宅についているドアノブの鍵とは違う、もっと古風な錠前の鍵みたいな形状だった。
「……」
小袋から取り出し、手の中に落とす。
――ドクン。
「――ッ⁉」
それに触れた瞬間、何か不可思議な感覚が全身を駆け巡るのを感じた。
「今の、何だ……?」
手の中の鍵に目を落としてみたが、もうその感覚は一度きりで再現はされなかった。
「……見に行ってみるか」
特にやる事がなかったせいなのか、それとも婆ちゃんがそんな廃屋をわざわざ僕に残したと言うことに無意識に興味がわいたのか。
鍵を握り締めた僕の足は、もう時間も二十二時になろうかと言うにもかかわらず、謎の物件へと向かっていた。