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月に嗤う(5000  作者: 悠木 大輔
5/5

5 了

「はぁっ?!」


士度と真理の声が重なった。

轟は構わず続ける。


「だからこそあいつらを欲しがる者は山のようにいた。奴らの力を利用しない手はないからな。だから俺は目をつけた。あいつらが生まれてすぐに本当の親から引き離し、仲間の夫婦に育てさせた。時期が来たら売るつもりだった……。希少価値のある鬼の子だ。きっと良い値になったろう……」


轟は残念そうに言う。


鬼の子?

真理は訝しがった。確かにあの2人はこの時代で言う「力持ち」で、普通の人にはない力を持っている。だが、それは轟やこの屋敷の者達も同じではないか。

鬼の子とは一体……


「ところがだ。あろうことかその夫婦は、滅多に生まれることがない鬼の子を人間として育ててしまった。俺がそれに気が付いた時には、2人はもう10歳になろうとしていた。当然俺はあの夫婦を裏切り者として……」


「ちょっと待てよ」


士度が遮った。真理と同じことを思っていたようだ。


「さっきから鬼の子って……。あいつらは人間だろ? ただ能力者というだけで。何で……」


「何だ、お前らは気付いていなかったのか」


轟は蔑むように言った。


「あいつらといると力の量が増えた気にならなかったか? 長屋の馬鹿共を無意識に調子に乗らせる位だ。それはあいつらが鬼だからに他ならない。かの酒天童子の血を引く、正真正銘の鬼だ。稀に、先祖の血が濃い子供が生まれると、さらに濃い血の一族が跡形もなく拐いに来る。殺しを生業にしている一族がな。こいつらが味方になれば千騎に値する。それを、それをだ。こともあろうにあの夫婦は人間として育ててしまった。人を殺してはいけないと。自分達は人間であると。だから仕方なく、俺の手で育て直すことにしたんだ。勿論裏切り者は消してからな」


自分の偉業を語るかの如く、恍惚としながら話す轟に、真理の怒声が飛んだ。


「ふざけんな! 何が鬼だ。そんなもん居るわけねーだろ、夢見てんじゃねぇ! そんな理由であいつらの親を殺したのか?!」


吐き捨てるように言うと体に力を込める。

1拍おいて解放する、轟は炎に包まれる……筈だった。


「な…?!」


轟に向かった炎は、彼に触れると霧散した。何事もなかったかのように笑う。


「すまんすまん、仮にも生徒であったお前らについうっかり伝え忘れていたわ。俺の力は無効化。お前らのような威勢の良い狂犬にはぴったりだろう?」


「何ぃ?!」


続いて士度が、かなり大きな力を放つがやはり効果はない。


「しかし解せぬな。お前達は自分が普通でない力を持っているのに、何故鬼の存在は信じてやらんのだ?」


「そんなの…はっ、殺人狂の戯言だっ!」


士度は轟にいくつもの氷の矢を放つが全て霧散する。


「ほう、お前らは殺人はいけないことだと思うのか」


「当たり前だ!」


真理が言い返す。

すると……。


さっきまでの轟とは別の轟が現れた…と一瞬士度は思った。

悪人然とした轟とは急に雰囲気が変わった。例えて言えば国語の教師のように、例えて言えば劇中に光を浴びている主役のように。もし、静かな慟哭というものが存在するのなら今の轟を指すのではないか。


彼は滔々と語り始めた。


「何故殺人はいけない。法で決められているからか? では法とは何だ。法は人を殺すではないか。法により打ち首になる者がいる。そうした殺人を認めるということは、正義のために人を殺すことを許容するという方向へ進む可能性がある。正義という理由があれば人を殺して良いということになる。では正義とは? 理由とは?」


「それは……正当防衛とか…仇討ちとか…」


「そう。つまり理由さえあれば人を殺して良い。あの夏の日に仲間を呼んだのもそのためだ。予てから、幕府への間者との疑いがあった仲間をな。あの2人に人を殺しても良い理由を与えるために」


「何だ。まだ法に拘っているのか? あんなにくだらない物はない。法には正当防衛がある。だが、物理的に不可避な場合だけで、精神的な攻撃に対しての法の通用はない。何故だ? こちらの方が耐えられない人格だってあるだろう。答は簡単だ。精神的な攻撃は定量的な観察ができないからだ。人間の作った法などその程度の物でしかない」


轟が話している間も、士度と真理は攻撃を試みる。

だが駄目だ……。もっと、もっと圧倒的な力がないと……!


「まあ、刃は流石鬼の子といったところだな。お前らも一昨日の夜のあいつを見たのだろう? 今はまだ制約が多いが、きっかけさえ与えれば……。その点、辰の覚醒はまだ先だな。封の力など鬼には相応しくな……」


突如、障子の開く音がした。

と、全く同時に、士度の横を疾風が過ぎた。


疾風に気をとられ、一瞬轟が視界から外れる。


ゴトトッ


轟の方から何か重い物が落ちる音がした。

驚いて視線を戻すとそこには……上半身と下半身が分かれた轟の姿があった。

つい今しがたの音は、芯を失った上半身が落ち、バランスを崩した下半身が倒れたのだろう。


障子の外には刃がいた。

刀のような鋭利な物ではなく、何か細い物を力任せに投げたのだろうか。轟の体の境目は鈍く潰れ、どんな蘇生も不可能であろうことは明らかだった。


轟が倒れると部屋が燃え始めた。

先刻真理が放った炎が、轟という抑えを失い手当たり次第に周りを飲み込んでいく。


「やっぱりお前が……全部……」


揺らめく炎の陰影が、刃の表情もゆらゆら危うげに見せている。

士度も真理も何も言うことができなかった。

すると突然、部屋の奥からけたたましい笑い声がした。


「どうだ! 俺の無効化でさえ軽く凌駕する! これが鬼の力だ……アハ、アハハハハ! 素晴らしい、素晴らしいぞ!」


有り得ない。その場にいた誰もがそう思った。

死んでいる筈だ。体が半分になり、炎に包まれているのだ。しかしそれでも、狂った叫びのような笑い声は炎の中から止まない。

士度と真理はゾッとした。2人は凍りついたように動けなかった。



リーンッ


涼しい音が士度の胸元から鳴った。ペンダントが光り始めている。

金縛りが解けたように2人は我に返った。


「伊沢さんだ」

真理が言った。ずっと無言だった刃が口を開いた。


「帰るのか」


「ああ」

士度は言う。そして刃に聞いた。


「他の奴らは?」


「辰も他の連中も富士にいる。富士の樹海だ。あそこにはどこにも属していない『力持ち』が沢山いる」


「そうか……でもお前何で1人で……」

1人で全てを終わらせたのか。士度はそう聞きたかった。それを察したのか刃は少し笑った。


「俺だって轟が怪しいとはずっと思っていた。祭りの日に気付くことはできなかったけどな。長屋の皆が遠征に出かける今日、あいつを問いただし決着をつけるために戻ってきた……まさかお前らがまだいたとは……」


刃は自嘲気味に笑っている。

今朝、遠征に出かける辰達には既に別れの挨拶を済ませていた。轟が屋敷に帰るのを見計らい士度と真理は乗り込んだが、刃も同様だったとは……。


その時。

2人は見たのだ。

炎の影が見せた錯覚だったのかもしれない。しかし確かに……見えた気がした。


「お、おい……刃……」

士度は刃に声をかけるが、それを遮るように刃は士度に聞いた。


「なぁ、何で人を殺しちゃいけないんだろうな。正直俺は辰と違って、人を殺しても良いと思っている。世の中には轟のような奴だっているだろ。それでも殺しちゃ駄目なのか?」


返答に詰まった士度を制して真理が答える。


「私にはわからない。でも前に何かで読んだ。人を殺すのは悲しむ人がいるから駄目なんだって。殺す方にも殺される方にも。お前だって……」


2人の体が白い無数の光に包まれ始めた。

この時代に来た時と同じだ。


(あいつら、やったか!)

士度は思った。

真理は自分の考えを伝えきろうと早口で続ける。


「お前には辰がいるだろ、あいつが人殺しを望んでないことはわかるよな。あいつを悲しませるな。お前らの親だって、お前らに人殺しなんてして欲しくなかった、笑って普通に生きて欲しかったと思う」


「それに」


士度が続く。

時場の歪みが段々強くなる。この時代に体を保つのも限界に近い。


「誰かを殺せばその分恨みを買う。もしそれでお前が殺されたら、辰は1人になるんだぞ。残されたものの苦しみを……」


耳鳴りの様な音が聞こえてきた。留まるのはもう限界のようだ。鼓膜に響く音に負けないように2人は声を揃えた。


「「よーく、考えろよ!」」


瞬間、あれ程煩かった音がピタリと止んだ。

一瞬の静寂の後、強い力で体を持っていかれた。

目の前の景色が遠ざかっていく。

炎に包まれた部屋。いつの間にか静かになっていた轟だった物体。赤く照らされ立ちすくむ刃。そして……ある筈の無い物……。


景色は見えない程小さくなり、視界は暗転した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


時間移動中。

光も届かないタイムホールの中を2人は漂っていた。しばらくすれば光が見え、現代に戻れる筈だ。


「なぁ」


士度(暗くて見えないが声の位置から近くにいるのだろう)が、真理に声をかけた。


「刃のあれのことか?」


意外と近くから真理の声がした。確かにあれも気になるが、今は別のことを考えていた。


「いや、違う。……どんな動機なら殺人に相応しいんだろうな」


「殺すのは駄目だ」


真理はきっぱりと言う。


「そうじゃなくて……一般的にというか」


しばし無言になる。


「そうだなぁ。突発的殺人と、多少でも計画しているかでも違いはあるんじゃないかと思う。少しでも考える時間があれば、殺したことにより得られる価値と、何かを失うリスクを比較する筈だから……」


「でもその価値っていうのは人それぞれだろ」


「「うーーん……」」



考えている内に、前方に小さな光が見え始めた。

どんどん大きくなってくる……



◆◇◆◇◆◇


「士ー度ー!」


「どの時代だった? 真理」


政樹と竜侍が抱きついてくる。後ろにいる伊沢を見ると、おかえり…というように笑っていた。


「伊沢、サンキュー。助かった」


「伊沢さんが来てくれて良かったよ。こいつらに任せてたらいつ帰れたか……」


真理が纏わりついてくる2人を足蹴にしながら言う。


「ひっでー。あいつ倒したの俺だぞ!」


政樹が心外だとでも言いたげに頬を膨らます。

丸々2日程経ったのだろうか。満月には少し早かった筈だが、今日は月の右側が僅かに欠けている。

伊沢が口を開いた。


「小学生達は関西の仲間に預けて来た。お前らもとりあえず家に帰るぞ。話はその後だ。……と、その前にまず言うことがあるだろう?」


安堵からかどっと疲れが襲ってきた。

士度と真理は声を揃えて言った。


「「ただいまかえりました!」」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「江戸時代に行ってたのかよ!」


竜侍の声が部屋に響く。

小学生も、年長の4人も、五月母さんもいない、日光寮の頃よりずっと静かになった家。


高校生の伊沢を筆頭に、この5人は市が与えたシェアハウスに住んでいる。

小学生達はあの事件のショックが大きく、関東を離れさせた。

年長者は進学したり働き始めたりと、それぞれが各々の毎日を過ごしている。


「江戸時代ってやっぱ皆刀とか持ってたわけ?」


政樹が興味深そうに聞く。


「ああ」


士度が煙草を吸いながら頷く。一瞬あの日の刃が頭を過ったが振り払う。

煙草嫌いの真理は顔をしかめた。真理の手にはアルコールが握られている。


「しかし、お前ら2人揃ってこれとはな。政樹や竜侍のこと言えねーぞ。俺が帰って来なかったらどうするつもりだったんだ」


少し長めの前髪をかき上げながら伊沢が苦笑する。


「あのー、さっきから何か俺達ひどい言われようなんですが……」


政樹がタレ目を更にたれさせて、困ったように口を挟む。江戸時代には居なかった染めた金髪が眩しい。竜侍はクォーターではあるが茶髪なので、よく染髪について政樹と討論をしている。


「伊沢ぁ」


和んでいる雰囲気の中、先程から黙っていた士度が声を発した。


「何で人を殺しちゃいけないんだ?」


煙を吐きながら士度が聞く。

伊沢は飲んでいたアルコールを口から離した。


「何かあったのか?」


真理の方を見る。


「まー、色々と……な」


詳しくは話さない。何となくそうした方がいい気がしていた。


「あっ、でもそれ俺も考えたことある!何で殺人はいけないんだろうって」


政樹が手をあげて話に入ってきた。


「馬っ鹿だなー、いけないって法律があるだろー」


竜侍も話に加わった。

皆の視線が伊沢に集まる。


「そうだなぁ……」


伊沢は手の中の缶をぐるりと回して言った。


「俺は人を殺すっていうことが、一番人間的な行為だと思っている」


「えっ?」


煙草から口を離して竜侍が聞いた。他の3人も同じ思いだ。


「食べるために何かを殺すのは、ある意味正当防衛だよな。それは神も許してくれる、という思想は歴史的に見ても根強い。それに比べ、例えば趣味のハンティングは人間だけがする行為、言い換えれば、より人間的な行為だ。人間は自分達にしかできないこと、哲学、科学、芸術、色々なことを生みだした。もしこれを人間性と呼ぶのなら、神の許す理由ーつまり捕食などの動物的理由ー以外で生命を奪うのも、人間性と呼んでいいんじゃないか?」


誰も何も言えない。皆伊沢の言葉を聞いている。伊沢は缶の中身を飲み干すと話を続けた。


「でもその実行を認めるわけにはいかない。真理、何でだと思う」


真理は肩をすくめる。誰も答がわからない。


「簡単だ。皆、自分が殺されたくない、という個人のエゴがあるからだ。自分はやらない……だから皆も殺さないでくれ、という自分に都合の良い主張なんだよ。これは正義なんて綺麗なもんじゃない、ってことはわかるよな?」


考え込んでいる士度の横で、灰皿に煙草を押し付け竜侍が問う。


「でも……それだけ?本当にそれだけなのかよ」


「あとはやっぱり……悲しむ奴がいるからかもな」


その言葉に士度と真理が反応する。


「のこされた者の悲しみは、お前らもわかるよな」


一同が強く頷く。

そう、あの時2人が刃に言った言葉は、自分達と重ねて出てきたものだった。

五月母さんを失った痛み……そして裕矢へのどうしようもない怒りややるせなさ。


空気が神妙になったところで今日はお開きになった。

もう4時を回っている。


真理がシャワーを浴びて寝ようとすると、ベランダの手すりに士度が凭れていた。


「何してんだよ」


タオルで髪の水気を取りながら真理が近づいていく。

伊沢は自室に帰り、あとの2人はさっきの状態のまま寝ているので、起こさないように声をひそめる。


「あいつらどうなったんだろうな」


辰達の事だろう。

真理は手すりを背にして士度の足下にしゃがみこむ。


「きっと大丈夫だろ。あいつらは一人ぼっちじゃない」


「轟の言ったこともわからなくないんだ。精神的にどんなに痛め付けられても、正当防衛は認められていないってやつ」


士度は悩みながら言う。


「あいつも昔何かあったのかもな。自身や、ひょっとしたら大切な誰かを失ったのかもしれない」


「でも許されることじゃない」


真理は、空を見上げながら両手を伸ばし言い切る。


士度も考えながら体を伸ばし、真理に続く。


「刃は殺すのを楽しんでいたわけじゃないもんな。封の力の辰もいる」


「私達の言葉、伝わったかねぇ」


「さあな。もう信じるしかないよな」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


空はもうすっかり白み、東の空が赤くなってきている。太陽が生まれるようだ。


2人は触れなかった。

これと同じような赤い、呑み込まれそうな真っ赤な炎の中で見た物の事を。


真っ赤な世界の中

刃の頭に

あったのは


……角。


小さい頃絵本で見たような、

鬼の頭についていた……


(2人だけの秘密にしよう。)


口に出さずとも思いは同じだった。



血のように赤い、炎のように赤い朝日が夜を侵食していく。

2人は眩しそうに夜明けの空を見つめていた。




ーーーfinーーーーーーーーーーーー



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