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月に嗤う(5000  作者: 悠木 大輔
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2

緋色の月。

満月。


今夜は不気味な程大きく見える月。




そこに…………いた。


頭からびっしょり湿っている。

足下には大きな塊がいくつか転がっている。


吐き気をもよおすほどの鉄の臭い。


その臭いの元は、「それ」に間違いなかった。

湿らせているのは恐らく、足下に転がる人間だったと思われる物の返り血。




ーーそこに立っていたのは、返り血を身体中に浴び、日本刀を持っている一人の人間だった。


後ろを向いているため顔は見えない。

ただその姿は、緋色の月から生み落とされた鬼のようにも見えた。



(20代……いやもっと若い……)


士度はそこに立っている人間を観察していた。

距離は約10m。

その人間は彫像のようにそこから動こうとしない。

こちらに気付いていないのだろうか。



突然、自分の横から気配が膨れ上がった。

驚いて真理を見る。様子がおかしい。


「……血……!」


あの夏の日と同じ。



◆◇◆◇◆◇


寮に帰った5人を迎えたのは、見る影もない程に惨殺されていた「五月母さん」


そして意識のない小学生達。



最後に目に入ったのは……


家族だった者の血を浴び、綺麗な笑みを浮かべた……


◆◇◆◇◆◇


「裕矢ぁぁあ!!」


(こいつ……あの日の事を……!)


士度は焦った。


雲が血の色の月を隠そうとしている。

真理には既に正常な意識はない。


真理の叫びにハッとしたように、血にまみれた人間が振り返った。


とうとう雲が月を隠す。しかしそのほんの刹那、士度はその人間の顔を見た……ような気がした。


だがそれどころではない。

真理の膨れ上がった気は、あと少しで捌け口を見つけ町中を燃やそうとしていた。真理の周囲に小さな火玉ができ始める。


「チッ、どうせ話してもわかんねーんだろうなぁ! 悪く思うな…よっ!」


士度は真理を止めるための力を練り始めた。

ふと気が付くとさっきの人間がいない。この隙に逃げたのだろうか……いや、気にしていられない。

真理に向かい力を放つ。


「こいつを押さえ込め!」


すると、真理を囲むように大きな水の箱が現れた。さすがに水中では息ができず苦しそうだが仕方がない。

その途端、

ボンッ

と、真理を中心に爆発が起こった。水蒸気爆発だ。


身体中びしょ濡れになった真理がその場に倒れ込んだ。


「何だ? 何の音だ」

家々の明かりが点き始める。


「あぁっ、めんどくせーっ!」

と言いながら、士度は真理を抱え上げ走り出す。真理は起きる気配がない。


(ひとまず人がいねーところに!)

士度は町を駆け抜けた。



◆◇◆◇◆◇


朝……というにはまだ幾分早いが日は既に昇っている。


2人は小川が流れている大きな寺の境内にいた。


「士ー度ー」

真理が大木に寄りかかり目を閉じている士度に声をかける。


「ごめんって。つい頭が真っ白になってさ……」


士度は腕を組んだまま目を開けると言い放った。


「お前重いんだよ! 俺がここまで走るのにどれだけ苦労したと思ってる?! 往来で意識飛ばしやがって!」


「だから謝ってるだろ! 重い? てめーが貧弱なだけだろコラ」


「あぁっ?!」


すっかり日が昇った境内に、2人の声が響き続けている。


すると、境内に入ってくる人影があった。


「君達……誰? というか何なの?」


声がする方へ視線を移すと(2人は今まさにお互いに殴りかかろうとしているところだった)、そこには着物姿の少女が一人立っていた。



歳は自分達と同じ位だろうか。

少女は首を傾げながら続ける。


「着ている物も違うし。ひょっとして異人の『力持ち』?」


2人は顔を見合わせた。


「イジン?」


「外国人の事だな。それより、力持ち?」


「確かにこいつは女にあるまじき怪力の持ち主だが……」

士度が真理を指差して言う。


「何だと?! お前が弱いだけだろうがぁ!」


また2人の掴み合いが始まったのを見て、少女が声を割り込ませた。


「人には無い力を持つ者を私達はそう呼ぶの。私は(よし)。何かを封じる力を持つ『力持ち』だよ」 


「あっ、真理(シンリ)と言いまっす! 火を使います!」


士度(シド)です。水使います」


辰は名前を何度か口の中で反芻していたが、気付いたように言った。


「そうだ、君達いくつ? 同じ位に見えるけど」


「15」

士度がぶっきらぼうに答える。


「私16だから私の方が年上だね。でも呼び捨てでいいよ。じゃ、行こっか」


辰が寺の裏側へ歩き始めた。

後ろを振り返りながら、


「着る物、そのままじゃ目立つでしょ?」

と手招きする。


「あっうん」

真理は慌てて辰の後を追いかける。

少し送れて士度がついてくる。


「何怒ってるんだよ?」

真理は辰に聞こえないように士度に聞く。


「何か変じゃねーか?」


「は? 何がだよ?」


「いや、何だろ。何となくかなぁ」


「まぁ、適当に考えといてくれや。私は辰と話してるわ」

そう言うと真理は走り出した。

士度は何か釈然としない面持ちで、前を歩く二人の会話を聞いていた。


「ねぇ、ここって辰以外にもその『力持ち』っていうのがいるの?」


「いるよ、10人位。力持ちが集まっている長屋があるんだ。わけあって親といられない子供も、親が子供のためを思いそこに入れる場合もある。とにかく『力』が幕府に認められれば莫大な金が手に入るからね」


(学園星みたいなものか。)

後ろから歩いている士度は考えた。


「その長屋は寺子屋も兼ねているよ。この寺を抜けきった裏手にあるんだ」

辰は前方を指差した。


「長屋の皆って仲良いの?」


真理が聞いた途端、辰が立ち止まる。

振り返って真顔で言い放った。


「最低最悪」



◆◇◆◇◆◇

長屋というよりは小さめの屋敷と言った趣だった。

高い塀に囲まれ、中は小さな林となっている。木々を抜け進んだ先に長屋があった。


士度と真理は半ば強制的に着替えさせられた。

2人は客間に座り、辰が来るのを所在無さげに待っていた。


「懐かしいなぁ、着物着るの。夏祭りの浴衣以来だぜ」

士度がしみじみ言った。


「最後に着たの、小学生だっけか? 竜侍が着物の裾踏んで、政樹巻き込んでスッ転んだって聞くよな。で2人が大喧嘩になって、祭り楽しみにしてた伊沢がキレたっていう」


真理が慣れない着物をパタパタしながら答える。


「私、学校の友達と回ってたから見てないんだよ。士度は何してたの?」


「俺? 祭りでやんちゃしてる中高生にカツアゲ」


「まぁそんなとこだと思ったよ」


「……なぁ」

ふいに、士度が真面目な声になる。


「あいつら俺達がいなくなったの気付くと思うか?」


真理は少し悩んだが明るく返す。


「流石に気付くだろ。どうしても駄目なら伊沢さんがいるし。伊沢さんがあの森に行けば、時間移動が行われたとすぐ気付いてくれる」


「ま、俺らのリーダー格だからな。このペンダントが繋がらなくなったらすぐ来るとは言ってたから。……でも、伊沢があそこから関東に着くまで2日はかかるだろ」


「んじゃ、竜侍達がどれだけ早く能力者を倒すか……」



ガラッ。


突如障子が勢いよく開いた。

戸口に立っていたのは辰ともう一人。

30代位だろうか、浪人風(ちょんまげがないのでなんとなくそう思った)の男。全体的に黒っぽい着物を着ているので、決して善人ではない印象を与えている。


男と辰がつかつかと部屋に入り、真理達の前にある机をはさみ並んで座った。

男が口を開く。


「拙者は(とどろき)、この長屋を営んでいる。辰が言うにはお主ら二人力持ちだそうだな。敢えて何者なのかは聞かぬ。どうやら間者でもなさそうだ。もし住む処に困っているようならば、しばらくここにいたらどうだ」


そう言って轟は2人を見た。


「……!」


こいつー!

2人は同時に感じた。

轟の目は決して光と相容れることはない物を孕んでいた。

士度が警戒しながら口を開く。


「あーっと……俺達別に長居する気ないんで。気を使わずに……」


「いつ出ていっても構わぬ。本音を言わせてもらおう。力持ちの中には幕府に敵対するけしからん者もおってな。其奴らの仲間を一人でも増やすわけにはいかぬのだ」


(敵になりやすい者を囲っておく、ってわけか。)

真理は考え口を開く。


「成る程。では遠慮なくここにしばらく住まわせて戴きましょう」


士度が驚いたように何かを言いかけたが、それを視線で制し続ける。


「ですが何分勝手がわからぬもので……。宜しければどのような方々がいらっしゃるのかお教え願いたいのですが」


そこで初めて轟がニヤリと笑った。


「それもそうか。長屋の案内は辰にしてもらえ。ここにいる大人は拙者1人だ。どのような力を持つかはおいおいわかるだろう。生徒は10歳に満たぬ者が2人、16歳になる者が2人、18~20で元服しておらぬ者が6人だ。今日は休日なので授業はないが、興味があるのなら明日からの参加は自由だ」


そう言うなり立ち上がる。


「では、拙者は用事があるのでこれで失礼する」

と、現れたときと同じように勢いよく客間から出ていった。

轟の足音が遠ざかるのを確認すると、


「もうすぐ昼なんだけどねぇ」

と辰が立ち上がりながら言った。


「今日は休みだから皆まだ寝てるんだよ。ま、案内はするから」


2人も辰に倣い立ち上がり、後をついて歩き始めた。

真理がおずおずと聞く。


「あのー、さっき『仲が最悪』って言ってたけど。そんなにひどいんですか?」


辰は顔だけ振り返りながら、


「あぁ。チビ達2人は関係ないとして、問題は私達2人と上級生6人だね」

と渋い顔を作り言った。


「私達2人って、さっき轟さんが言っていた同い年の?」

士度が聞く。

すると、辰は驚いた顔になり体ごとこちらに向き直った。


「あれ、言わなかったっけ? もう一人の同い年は(じん)。私の双子の弟」


「双子ー?!」


真理が驚いて言う。


「え? 君達の世界に双子っていうものはない?」


「いや、別に世界が違うわけじゃ……」


「突っ込むな真理。ややこしくなる。あ、いないってわけじゃなくて、ただ珍しいだけ。特に男女の双子は」


「……そう。あっここが廁だよ」


辰は少し何か考えた様子だったが、そのまま案内を続け始めた。



◆◇◆◇◆◇

確かに双子は珍しい。それも男女で同じ顔が並ぶとある意味壮観だ。

今士度達は刃の部屋に来ていた。

寝起きらしく目が据わっているがそれ程悪い顔でもない。


やはり男女の違いはあるもののベースが同じなだけある。考えてみれば辰も美人の部類だ。


「で。こいつらが新入り?」


「そう、士度と真理。歳も私達とほとんど変わらないから別にタメ口でいいよね」


「俺は別に構わねーけど。でもあいつらにはやめさせとけよ」


先程から黙っていた真理が口を挟んだ。


「あいつらって、上級生の?」


「ああ。辰、まだ紹介してねーの?」


「チビ達には済ませた。あいつらは起こす気がしない」

辰は少しバツが悪そうに頬をかきながら言った。


士度は部屋をぐるりと見回していた。

一人部屋なだけあって流石に散らかっている。しかし押し入れの中はどうやら整頓されている様だ。意外と几帳面なのかもしれない。


「今から君達の部屋に案内するから。奥にいっぱい余っているから好きな所を使って。今日1日、外へ行こうと自由にしなよ」



◆◇◆◇◆◇


部屋に荷を置き2人は外に出た。


話の流れからするとここは江戸で間違いないようだ。

昨晩までと気持ちを切り替えて、2人ははしゃいでいた。


「やっぱり江戸時代っていったら江戸だよ。よかったあ縄文時代じゃなくて」


「お前って何で縄文にこだわんの? 弥生でも良いじゃん」


「いや、私は最悪米が食べられればいつでも良い。縄文は稲作始まってないだろ? ……あっ、武士だぞ! おさむらいさんだぞ、本物!」


往来の真ん中を闊歩していた侍を指差し、ひととおりはしゃいでいた真理だが、唐突に真面目な顔になり士度の目を見た。


「なぁ士度。お前、刃についてどう思う?」


士度は想像してなかった質問に面食らった顔をしたが、ふいに何か思い当たった様に真理の肩を掴む。


「そうか、お前もついに……」


「はあ?」


「あいつはきっと几帳面だから、ずぼらなお前にゃぴったりだと思う! ガンバ!」

とウインクし、あまつさえ親指を立ててポーズを作っている。


「馬っ鹿じゃねーの。違うわ。何かあいつ変じゃないか?」


思い切り殴られた頭をさすりながら士度が聞き返す。


「変?」


「あぁ。つかめないって言うか……蝋燭みたいな……うん、そんな感じ。ゆらゆら動いて固定されていない人間性……みたいな?」


「俺、お前と違って人間の機微には疎いから。でも……確かにここに来てから何か違和感があるんだよな。昨日の夜の事といい…行ってみるか?」


士度は思い立ち言った。真理も頷く。

2人は昨晩の出来事があった場所へ歩き始めた。




◆◇◆◇◆◇


ザワザワザワ…



「おい、まただよ……」


「今度は菊丸屋の旦那一家だとさ……」


野次馬の人だかりができている。

輪の中心には、十手を持ったお役人とおぼしき者が数名。


士度は人だかりをかき分け奥に進み、真理もそれに続く。




そこには往来中に飛び散った血と、その血の持ち主であったと思われる死人3人が、顔に紙をかけられ横たわっていた。


紙は恐らく役人が配慮してかけたものだろう。辺りの人だかりを見渡し、役人の1人が高らかに宣言した。


「今回の一件も、先例と同様辻斬りによるものと考えられる。再三呼び掛けているが夜間の外出は控えよ。ではこの者共を連れて行く。退け!」



人だかりが2つに割れ、屍が運び出される。

ある夫婦の会話に真理の耳が止まった。


「しかし役人も冷たいじゃないかい、あれだけで済ませるとは」


「仕方ねぇよ。菊丸屋にゃほら、あまり良くねぇ噂もあったからな」


「そういえば今までの仏さんも……」


士度に待っているように言い、家路へと向かう夫婦を呼び止めた。


「すみません!その噂って一体……」





野次馬も次々と帰りだす。

江戸という町にしかない独特の活気が黄昏に食われ始める。

夢の中にいるような浮遊感。


昼と夜の一瞬の隙間に見せる紅の陽が真理達を照らしていた。



◆◇◆◇◆◇


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