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月に嗤う(5000  作者: 悠木 大輔
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1 始

5000文字前後ver.です。

ーー江戸時代ーー


寺の境内で小さい子が数人遊んでいる。

賽銭箱の上に座った十代半ばと思われる二人が、時おり歓声をあげる子供達を眺めている。


「暇だぞ、(じん)


肩まで髪を伸ばしている少女と思われる方が呟く。

隣に座る少年が、おずおずと少女を見ながらぼそりと言った。


「だからあいつらと町まで行ってれば良かったのに。俺はここでぼーっとしてる方が好きだから。(よし)は今からでも行ってこいよ」


辰と呼ばれた少女は、着物だということも気にせず賽銭箱から飛び降り、刃にくるりと振り向いた。


「何? 私にあいつらの相手をしろって?それが嫌だからこうして寺に残ってるんだぞ」


刃は特に何の反応も示さず、遊ぶ子供達を見ている。刃の様子を見ていた辰が独り言のように言った。


「それに……」


辰の視線はいつの間にか刃を通り越し、刃の背後にある暗闇ーその端にあるご神体に向けられていた。


「それに、今日は満月だから」


「……」


刃は何も言わなかった。だがそれは、無言の肯定を表していた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


昼下がり。もう少しで、遊ぶ子供達の影が長くなり始める曖昧な時間。


寺は、疎外感を感じさせる程の子供達の騒ぎようと、うって変わって神妙な空気を作っている二人を包括していた。








ーー現代ーー


「そっちだ! 逃がすな!」


深夜の森に怒声が響き渡る。木の上で一服していた真理(シンリ)が、その声を聞き深いため息をつく。煙と一緒に現実も吐き出したい。闇に吸い込まれていってくれないだろうか。


「おい何和んでんだ。見つかったぞ」


声のした方に気乗りしないまま顔を向けると、隣の木にはいつの間にか知った顔が一人立っていた。真理はほどけていた髪をうしろで束ね直す。騒がしくなってきた眼下へと目を向け、さらにため息をつきながら言った。


「だからあいつらに任せるとろくなことがない。あれ程伊沢さんが帰るまで待とうって言ったのにさぁ」


「政樹も竜侍も五月母さんに一番懐いていたからな……」


真理の座っている木に跳び移りながら士度(シド)が言う。枝振りがよかったのか、真理のいる位置より少し高い枝を選んだ士度の首から、紺色の龍のペンダントが弾みでちりんと鳴った。

真理は士度を目で追い見上げながら、靴に鉛を入れ始める。その様子をちらりと見ながら士度は忠告する。


「お前そんなに入れたらスピード落ちるぞ。頼むから政樹の二の舞はやめてくれよ」


「ん? 今日馬鹿したのは政樹?」

真理が大して意外でもないような声で聞いた。


「いや…っていうか。竜侍が侵入者探知に引っ掛かって、それを政樹が大声で怒鳴り散らしたからどっちが馬鹿したとかいう話ですらない」


「……あいつらってダブルで間抜けだよな?」


「よくいや真っ直ぐなんだよな、俺たちと違って」


突然士度のペンダントが光り、声が聞こえた。


『政樹だけど。今ようやく地下室に着い……ってうるせーぞ竜侍。いい加減にしろ。えぇと、で、裕矢に関する資料探してからそっちに行くつもり……あっ! こら阿呆!』


『なー、聞いてくれよ。今回は俺悪くないぜ。でっかい声で怒鳴ったのは政樹だからな! ……え、わかったよお前の聞きたいこともちゃんと言うって。で士度、お前まだ森の中にいるよな? 一応、さっき見つかった奴らはまいたけど多分そっちに行くと思うわ。2、3人強い奴がいるから真理と合流しといた方がいいぞ。と、それから』


『おいっ! 見つかったぞ、切れ!』


ブチッ


「……」


音の聞こえなくなったペンダントを、2人はしばし無言で見つめていた。


「ま、俺らもう合流してるし。だいたい敵が来るまで10分弱ってとこか。結構余裕あってよかったな」


「あぁ。……ん? というか何でお前ここに来たんだ? 反対側にいたよな」


「いや……いるにはいたんだが。あいつらからの連絡を待っていたら建物の中から竜侍の怒鳴り声が聞こえたから。巻き込まれたくなくて、ちょい遠くに逃げてきた感じだな。……それより」


士度は真理の髪ゴムの緋色の鳳凰を指差した。


「お前のそれ。波長合わせねーの?」


真理は鳳凰を指先でつまむと軽く揺らしながら言った。


「あ、これ? 面倒だし。それにあいつらうるせーもん。今は士度と伊沢さんにだけ合わせてるわ」


「確かにうるさいわな」


先刻の2人の騒ぎっぷりを思い出したのかニヤリとしながら士度が言った。


「あいつらって、間違いなくスピーカーが祖先だよな」


「そう? 私はてっきりスポンジと同郷なんだと信じてたわ」


「「あと6分」」


軽口を叩きながらも2人の思考は同じだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ここは日本。関東地方。下手すれば小さな町がまるまる入ってしまう程の森に彼らはいた。満月一歩手前の月が、今まさに天頂に辿り着かんとしている。黙々と準備を進める2人を月は静かに照らしていた。



ーー五月母さん……。真理は一人の女性の顔を思い浮かべていた。親のいない自分達の母親代わりだった人。人にはない力を持つ自分達を疎まず育ててくれた人。


『日光寮』


何らかの事情で親が育児を行うことが難しい子供達が集まる場。いつの頃からかこの寮は、真理や士度達のような人とは違った力を持つ子供達のための寮になっていた。


しかしこれは非公式だ。


このような力を持つ者を国が正式に保護するということは法律で定められている。力を持つ子供達は国により一つの施設に集められる。そこでエリートとしての教育が行われるというわけだ。

今の日本を動かしているのは、その施設でしっかりと教育を受けた者達だ。


施設には幼稚園から大学まで揃っており、一つの町と化しているらしい。しかしそこにいるのは教職員も含めせいぜい500人程度。いくら特殊な力とは言えそれでは少ない。つまり、国に登録されていない者がまだいるのだ。彼らのことを『野生星』と呼ぶ。


野生星の数は1000とも10000とも言われている。しかしどんな噂にも共通するのは、彼らにはいくつかのグループがあるということだ。大体10~30人が集まり一つのグループとなっているらしい。

つまり『日光寮』の者達も一つのグループだったということだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


日光寮

そこにいたのは、仲間であり家族だった。


国に認められた者(野生星は彼らを学園星と呼ぶ)とは違い、正式な「力」に対する教育を受けていない。

彼らは公立の学校に普通の者として通い、独自に「力」に対するルールを作っていた。


そこにいたのは家族以上の存在だった。


小学生が6人、中学生が5人、高校生が4人。そして彼らを育ててくれていた、「力」を持たない五月母さん。



政樹と竜侍が中学生になり、初めての夏休みを迎えた日の事だった。


士度と真理は2年目の夏を、伊沢は中学生活最後の夏を、それぞれ部活に費やしていた。


空が赤から紺に染まり始める頃。5人は皆で帰路に着く。

喧しい程に蝉が鳴いていた。


初めての夏休み、丸一日部活で終わった満ち足りた徒労感で政樹も竜侍もアイスを咥えながら軽口を叩きあっている。

後ろから、伊沢、真理、士度が部活鞄を抱えながら夕飯の話をしている。


日光寮の門の前に着く。

いつもの通り。


……だが何か違う。


いつも門外まで聞こえている小学生の声がしない。

それを叱る五月母さんの声もしない。


夜が近付き蝉の声がおさまってきている。

それと調和するかのように、寮からは不気味な静けさが漂ってきていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「バカっ! ぼさっとしてんな、近いぞ!」


耳元で士度の声がした。

ハッと我に帰る。


(そうだ。もう五月母さんはいないんだ。)


真理は一瞬顔を曇らせたがすぐに引き締める。


「今どこだ?」


「100m弱」


用件のみの会話だがこれで充分だ。この4人は小学校からの付き合いである。


「準備は」


「OK。力使う準備しとけ」


5、4、3、2、1、


ヒュッ



士度と真理は走り出す。枝から枝へと跳び移る。


パンッ、パンッ


背後で小さな爆発音がいくつか起こった。


士度は走りながら口笛を吹く。

「シュー。いきなり力使ってくるかよ。爆発能力か…」


「チッ、私らまだ15歳だぜ。殺す気かよ。あと士度、また口笛吹けてねーよ」


「うるせーよ。野性星同士の殺しあいは罪にならねーからな。何人だ?」


「あーっと…4、5、6…人か」

真理が振り返りもせずに答える。


「政樹らが言ってた強い奴ってのも2、3人混じってんだよなぁ」

士度が面倒臭そうに言う。


その途端、目の前に人影が2つ現れた。


真理はニヤリとしながらスピードを落とさず、前の2人に向かっていく。

「お兄さん達、弱いくせに私の前に立たないでね」


目の前の気配が膨らんだ。

力を使う前の特徴だ。


だが真理はそれより早く2人の後ろに回り込んでいた。振り向く間を与えず、真理の鉛入りの靴が首と鳩尾に入る。蹴られた勢いのまま2人は落下していった。


士度の方を見れば、彼の立つ木の根本にも2人転がっている。


「っつーことは」


「残り2人か……おいっ!」

士度が突然真理の方を見た。


「封呪陣だ、くそっ」


真理が回りを見ると、真理達を囲むように無数の文字が揺らめいていた。


その文字を瞬時に解読した真理がひきつった声で叫んだ。


「時間異動能力者か!」


「俺はこの陣を壊してみる! お前はこれを作ってる奴を頼む!」


「どっちが作ってんのかわかんねーよ!」

と言いながらも士度と共に力をため始める。


「火柱!」「水矢!」


2人の声が重なった。


ギャーッ…

人の悲鳴が聞こえた。しかし陣は消えない。士度の水の矢も弾かれていた。


「……外した」


1人倒しきれなかった。自ずと、残った方が陣の構成者ということになる。



士度と真理を囲んでいる文字の光がいっせいに膨れ上がった。青白い光に飲み込まれながら、2人は腹を括った。



「ま、ジタバタしてももう間に合わないわな。政樹達が能力者を倒したら帰れるだろ」


「あぁっ……時間が勿体ない。あいつらにま任せるのかよ。一週間位かかるんじゃねーの?」


「伊沢が帰り次第カタつくだろ。ま、ここはひとまず……」


2人はぼやけかけていく視界に佇む人影に向かって声を揃えた。


「「てめーに地獄みせてやる!」」


その一言と共に青白い光に包まれた2人は姿を消した。


青白い光も分散され、後にはただ月明かりに照らされた森だけが残った。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「おい、終点だぞ」


士度がどんどん近付いてくる時空の穴を指差した。


「あぁ…、何時代に飛ばされるんだろうなぁ。縄文時代は嫌だ。言葉通じないだろうし」


穴が引力を持っているかのよう2人を引き寄せる。


スポッ


2人は穴の外へ放り出された。

辺りを見回してとりあえず互いの存在を確認する。


「こっちも夜みたいだな」


「……ってか……江戸時代か? 時代劇そっくり」


「あぁ、修学旅行で行った日○江戸村…」


きてちょんまげ。

などと呟きながら2人は立ち上がった。


夜の寝静まった町を歩き始める。

どこかで番犬が鳴いている。

このような時間を丑三つ時とでもいうのだろうか。


ふいに士度が立ち止まった。

顔が険しい。


「ん、どうし…」

真理の言葉が止まった。


…嗅ぎ覚えのある臭い。

錆びた鉄の…


ーー血の臭い。


2人は顔を見合わせると、臭いの方向へ駆け出した。




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