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あなたが見た世界の端っこを、掴んで。  作者: 葉方萌生
第2幕 第6章 いのち繋いで
52/59

6-3


三人は朋藤高校近くのファミレスに入り、ドリンクバーを注文した。中学生、高校生、大学生という組み合わせは、側から見れば姉妹にしか見えないだろう。

「自己紹介が遅れてすみません。わたしは、一瀬彩夏といいます。三葉大学の2年生です」

「私は、吉原加奈です。美山中学の2年」

里穂が、自分は朋藤高校の2年生だと答えると、三人は「みんな、2年生で同じですね」と妙な親近感を覚えた。


「早速なのですが、わたしたち、里穂さんに『ブラック時計』について聞きたいと言いましたよね。その理由をお話します」


突然押しかけて情報を得ようとしているのだから、里穂にも自分たちがなぜ、時計のことを調べているのかを伝えなければならないと、彩夏は思った。

加奈と彩夏が交代で恵実の話を里穂に聞かせる。

あの、胸を締め付けるような一人の女性の物語。愛する夫を失い、今でも彼の真実を探し求めて壊れそうになっている女性の、心を救うために。


里穂は、二人が語る桜庭書房の店長の話に熱心に耳を傾けていた。彼女は『ブラック時計』を返してから、桜庭書房に一度も訪れていない。それは、種田一樹との現在の高校生活が充実していたからである。そのきっかけをくれたのは紛れもなくあの書店だったのだと、話を聞きながら密かに思っていた。


「——ということなんです」

最後は彩夏が締めくくり、二人が知っている恵実と昴のストーリーを全て里穂に話し終えた。

「確かに、ちょっと表情が少ない人だとは思いました。なんだか、寂しそうだなって。でも、そんなことがあったなんて……」

「本と友達なんです」と言われても不思議じゃないほど、愛しそうにお店に並ぶ商品を見ていた恵実や、レジカウンターの裏で客が来ても読書に明け暮れていた恵実が、里穂の頭の中でフラッシュバックした。


「はい。わたしも、『ブラック時計』を借りる時には里穂さんと同じことを思っていました。わたしの場合、それ以前から店長のことを知っていたんですけれど、昴さんと一緒だった頃の店長は、本当に幸せそうでした。店長のところにはいつでも陽だまりがあったみたいだったから」


優しくて、穏やかで、溢れ出る幸せそうなオーラを隠せずにいた恵実のことを、彩夏は鮮明に覚えている。

「だからわたしたち、恵実さんの幸せを取り戻したいんです。『ブラック時計』を借りたお礼としても、純粋に店長を慕う人間としてでも。そのために、里穂さんの『ブラック時計』の話を教えてください」


「私も、知りたい。恵実さんが前を向いて生きられるようになる手掛かりが欲しい。少しでも、いいので」


二人の人物に懇願され、里穂は自分の中にも、彼女たちと同じ気持ちが芽生えるのを感じた。恵実とは一瞬の付き合いしかなかったけれど、彼女にお世話になった身として、何か恩返しがしたいと。

「分かりました、お話します。とはいえ、あたしのはしょうもない話かもしれませんが」


そう前置きをして、里穂は自分の『ブラック時計』の体験談を話した。


テストで良い点数が取りたい。その一心で、普段は絶対に見もしない参考書を買いに、桜庭書房の扉を潜ったこと。

店で参考書を買おうとしたところでお金が足りないことに気がつき、どうしようか考えあぐねている最中に恵実から代金の代わりに、『ブラック時計』を着けて欲しいと頼まれたこと。

初めは到底信じられなかったけれど、実際に時計を着けるとテストの答えが見えるようになったこと。


「それ、良いね」

中学生の加奈は「テストの解答が見えるようになった」という里穂の言葉に思わず笑をこぼした。

「そうなんです。これで点数に悩まなくていいって、最初は思いました。でも、だんだんと後ろめたさが勝ってきちゃって。結局あたし、普通に勉強しなきゃなって思い直したんですけれど」

最初は素晴らしい効果を見せてくれた『ブラック時計』に感謝し、次第に生まれる罪悪感との葛藤を経て、結局は『ブラック時計』を使わない日常を選んだこと。

「考えてみれば、あの体験のおかげで自分の中でいろんな心境の変化があったなって。結局は時計を使わない未来を選んだけど、自信をもって自分の日常に自分で色をつけようと思えたのは、あの時計のおかげだから」


里穂の話を聞いている彩夏と加奈が、ドリンクを飲みながら大きく頷いた。

「手に入れたいものがあるなら、あたしは迷わずそれに向かって行けます。『ブラック時計』を着けてみた、今ならね」

そう言うと、里穂はこれまで少しずつ飲んでいたオレンジジュースをゴクゴクと一気に飲みほした。

「あたしの話はここまでです。ね、大した話じゃなかったでしょう」

ふふふ、と里穂が笑うのを見て、彩夏と加奈が今度は首を横に振った。


「いいえ。里穂さんの話を聞いて、やっぱり間違ってなかったと思いました」

「間違い?」

「はい。わたしたちはなんとしてでも、恵実さんの力になりたい。それぞれ違うけれど、『ブラック時計』から得た本質は同じだと思うんです」

「未来へ、進む力だね」


彩夏の言葉に、加奈が続ける。三人の『ブラック時計』の体験に共通していること。それは、時計を着けたことで、これまでとは違う考えが生まれ一歩進む勇気を得たこと。時計を着ける前と後で、明らかにたどり着くはずの未来が変わったこと。


「言われてみれば、そうかもしれません」

里穂は里穂で、『ブラック時計』を着ける前の自分を思い返す。成績が悪く、気になっている男の子と素直に話せなかった自分。あの頃の自分は、現状を嘆くくらいしか未来を生きる方法を知らなかった。

けれど、今は違う。

自分はもう、テストの点数が悪いからといって、何もせずにただ時が来るのを待つだけではない。種田一樹という男子との関係が思うようにいかず、悶々とする毎日ではない。

「絶対に、恵実さんの笑顔を取り戻しましょう」

三人のうち、誰がそう口にしたのか。彼女たちの間では曖昧だった。それぐらい、各人が『ブラック時計』の体験と恵実の話について、深く考え込んでいた。


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