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あなたが見た世界の端っこを、掴んで。  作者: 葉方萌生
第1幕 第1章 答えは誰の中にある?
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1-3

その時計は、昔からこの店においてあるちょっと変わった時計で。つけると“何か”が見えるようになると言われています。


翌朝、左腕につけた「ブラック時計」を見ながら、昨日の桜庭書房でのことを思い出していた。


あの、レトロな店内に一人佇む店長は、にこりともせず、淡々と「ブラック時計」の秘密を語ってくれた。あんな老舗の書店で、しかもどこか人間味の失せた人が話すことなので、演出としてはバッチリってとこかな。

正直、店長の芦田さんの言うことは九割方信じていない。

でも、もし彼女の言うことが現実に起こり得るというなら、あたしは何を「見たい」だろうか。



2学期の中間考査が終わった教室は、テストが終わった開放感からか、少し騒がしい。

「おはよ」

自分の席につくと、左隣の席の種田はぐだーっと机に突っ伏していた。

「朝からお疲れだね」

「久々の朝練だったからね」

「なんだ、体力ないじゃん」

「うるせ」

種田はバスケ部で、三年生が今年の夏に引退してからというもの、これまでより練習に暇がないらしい。

「なんだ、それ」

あたしの左にいるからか、種田は速攻で腕時計の存在に気づいた。まったく、鋭いやつだ。

「時計」

「そんなの、見りゃ分かる」

「それ以上でもそれ以下でもないよ」

「……お前、人と会話する気ある?」

「だって本当にただの時計だもん」

ブラック時計の話などしたところで信じてもらえるわけでもないし(第一私自身信じてない)、これ以上時計のことを聞かれても話すことがなかった。

種田は不服そうに正面を向いてひじを立てた。退屈な授業中に、彼がやる癖だ。

あたしも彼もそれ以上は口を聞かず、朝礼が始まるのを待った。

担任の早川先生が教室にやってきて挨拶。

高校の朝礼は挨拶して連絡事項を伝えればすぐに終わるから楽。

小中学生のときは歌を歌ったり10分間の読書タイムがあったりしたから、面倒だったけれど。

朝礼が終わると、5分休みを挟んですぐに一限目が始まる。

今日の一限目は、古文。

授業が始まる前、皆が何か一生懸命教科書を見ている———あれ、今日なんかあったっけ? 予習? こんなに全員が必死になって休み時間に予習なんて、今までなかったよね。

「ねえ、種田。今日の古文、なんかあんの?」

他の皆と同じように教科書を開いていた彼にこっそり聞いた。別に、こそこそする必要はなかったのだが、これだけ皆が集中している中でのんきに聞けない……。

「小テストだろ、文法の。この間の授業で言ってたじゃん」

まじで。

涼しい顔をした種田が憎らしい。

「そんなこと、言ってた?」

心の中は動揺しまくっているのだけれど、教室でただ一人慌てふためくのは恥ずかしく、なるべく平静を装う。

「テスト返したあとに、言われた」

「……」

そうか。

昨日までのテスト返却のオンパレードで、あたし、意識を失ってのかも。

だって、帰ってきた古典の点数、自分史上最悪だった。

全ての教科で、史上最悪を叩き出した結果、その後の授業中、「嫌なことを忘れる」という自己防衛に陥ったのだ。


なーんだ、そんなことか。


……と、開き直れたらどんなに良かっただろう。

残念ながら昨日の帰り、あまりにひどい中間考査の結果を見て、あたしは参考書を買いに行ったのだ。今日だってちゃんと鞄に入れてきたし、一冊はタダでもらったもの。やらないわけにはいかない。

勉強、苦手なりに頑張ると決めた。なのに。

小テストの存在を、完全に、忘れていた……。


いまさら参考書を開いたところでもう遅い。

早速泣きたい気持ちでいっぱいになりながら、大人しく死刑宣告——もとい、一限目の授業開始を待った。

「起立、気をつけ、礼」

チャイムと同時に古文の的場先生がやってきて、とうとう授業が始まった。

先生の手から小テストのプリントが一番前の席の人たちに配られる。

あたしは一番後ろの席で、冷や汗をかきながらプリントが回ってくるのを待っていた。

小テストとはいえ、点数はきちんと記録されるし、内申点にも響く。

ここで良い点数を取れなければ、一念発起して勉強を頑張ろうとしているあたしにとって、この上なく幸先の悪いスタートになってしまう。

それなのに、言うまでもなく対策など一つもしてない。

だってさっき知ったんだもん。

全ては前回の授業で小テストのことを聞き逃した自分が悪いのだが、急にテストだなんてあんまりだ。

自分の手元に回ってきた小テストのプリント。

裏返しに置いたたった一枚の紙切れに、あたしはきっと勝てない。

こんなペラ一枚の紙に。

「では、10分間。始め!」

先生の合図とともに、クラスの皆が一斉にプリントをひっくり返す。かさかさと、名前を書く。

そうして、止まる手。

あたしだけが、書き進められない。

周りの子たちはペンを止めずに解答を埋めていっている。

ああ、最悪だ。

ぱっと見問題を見てもあたしにはさっぱり分からない。解けてもせいぜい1,2問。

絶望。

たかが小テストだと、思われるかもしれない。

けれど昨日の今日で、問題が解けないことに、頭が真っ白になっていた。

そう、真っ白に。

なって、いたんだけど。

そのはず、なんだけど。


(あれ……?)


信じられないことが起きた。

一度「それ」を見たとき、何かの間違いではないかと、自分の目をごしごし擦った。

そんなはずはない。意味が分からない。ああ、こんな幻覚が見えるほど、あたし疲れてんのかな——。


だって、ありえないじゃない。

問題用紙の解答欄のところに、うっすらと「答え」が見えるなんて。

本当に、そこに文字が書いてあるみたいに、解答欄の( )の中に、答えが浮き出ている。


突然起きたこの現象に、止まっていた手がびくっと震えた。

何これ。

本当に訳が分からない。

ああ、でも、書かなきゃ。

書かなきゃいけない。

左手にはめた黒い腕時計が、刻一刻と小テストの時間終了までの時を刻んでいる。

昨日、桜庭書房で芦田さんが話していたことが脳裏をよぎった。


ブラック時計をはめると、何かが見えるようになる。


ゴクリと唾を呑み込んで、浮き出てきた答えを、そのまま解答欄に書き写した。


<つづく>


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