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あなたが見た世界の端っこを、掴んで。  作者: 葉方萌生
第1幕 第3章 私だけの居場所
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3-11



初めて串間悟を意識したのは2年生のクラス替えをして、「委員会決め」をしたときのことだった。「委員会決め」は毎年学期の初めに、クラスでの役割を決めるために行われる。人気なのは給食委員や保健委員で、ほぼ毎回どのクラスでも、希望者が男女一名ずつの定員から溢れる。その場合、ジャンケンか話し合いで決めるしかないのだが、話し合いになるとなかなか決まらないため、結局はジャンケンになるのがいつものオチだ。


私は、その二つの委員に興味がなく、いつも図書委員を希望していた。当番の週は毎日昼休みに図書室に篭ってなくちゃいけないから、あまり人気のない委員ではあった。ただ、私のようにインドアで、外で遊ぶのが苦手な人間にとっては、天国以外のものでもない。


当然のように、「図書委員が良い人」という場面で私は手を挙げた。私の他に、手を挙げたのは串間悟の一人だけだった。男女一名ずつの委員なので、それであっさり決まる予定だったんだけれど。

私が、心の中でガッツポーズをした途端、もう一人、教室の真ん中ですっと手を挙げた人物がいた。

田中理恵だった。

陸上部で、1年生の頃から目立つ存在だから彼女のことは知っていた。話したことはない。自分とは全然違う種類の人間だと思ったから。

彼女と揉めるのはやだな、という心理が自然と働いた。ほとんど無意識に、私は彼女に図書委員の座を譲っていた。こうして2年3組の図書委員は串間悟と田中理恵に決定。私は、残り物の整備委員になった。


理恵が、本なんか読まないことなんて、クラスのみんなが知っていた。私も、なんとなく気づいてはいた。実際彼女が学校で読書をしているところなんて一度も見たことがなかったし、図書委員の仕事だって、当番の週はいつも彼女を好いている女子たちに押し付けていた。

そんなにやりたくない仕事なら、どうして図書委員なんかに立候補したの。

その疑問には、あまりにも分かりきった回答が用意されていた。

串間悟。

彼女が悟のことを好きだということは、クラスのみんなが知っていた。彼女の態度や言葉遣いからして、明らかだった。悟と接する時だけは、猫撫で声になっていたから。

悟も、そんな彼女の視線に気づいていたに違いない。だからこそ、いつもまんざらでもないふうに、クールに対応していたのだ。

クラスの女子たちも、男子たちも皆、理恵の言うことなら何でも聞いているのに。そのせいで、私はクラスで村八分状態にまでなったのに。


悟はいつも、変わらなかった。

彼だけは、私をいじめるでもなく、かといって分かりやすく庇ってくれるわけでもなかった。

それは、見方によれば、薄情な人間でいじめているのと一緒だと捉えられるのかもしれなかった。けれど、私にとって、彼の中立的な態度が唯一の救いだった。彼だけは、私をなんとも思わない。過剰に嫌うことも、過剰に構うこともないだろう。

それでよかった。 

それだけで、私の居場所はここにあるんだと思えたから。

悟に対して感じる気持ちが、一体何なのか、分からない。

クラスの権力者に迎合しない同志に対する、戦友としての好意なのか、人としての好意なのか。

それとも——。





「それでは、次の時間は学年集会なので、体育館に移動しておいてください」

担任の石原先生が教える社会の授業が終わった。

理恵が川に落っこちる事件が起こってから、2週間が経過した。あの時のことは石原先生からも連絡があり、クラスの全員が知ることになった。

理恵を助けた私や悟は褒められもしたが、同時にあんな雨の強い日に子供だけで外に出たことにはこっぴどく叱られた。


理恵は、一日だけ入院して、学校へはすぐに帰ってきた。あと少し川に浸かっていたら溺れていたか、体温の低下で危険な状態になっていたそうだ。

もちろん、両親にも叱られた。一体どこに行っていたんだと問い詰められ、心配症なお母さんは泣きそうになっていた。


けれど、お父さんが「加奈、よくやった!」と言ってくれたから、今度は私の方が泣きそうだった。結局私も、怖かったのだ。理恵を助ける瞬間、もしかしたら自分が川に流されてしまうかもしれないと、何度も頭をよぎった。だから、無事に理恵を救出できて帰ってこられたことに心底安堵していた。


もうあんな無茶はしないけれど。

理恵はあれから、私を無視したりいじめたりしなくなった。かと言って、分かりやすく話しかけてくることもない。でも、心のどこかであの時お互いの命を預けた瞬間を、覚えてくれているに違いない。

「加奈、一緒に行こう」

出席番号が隣でクラスで一番仲の良い山田朱音(やまだあかね)が、私の肩をトンと軽く叩いて言った。

「うん、ちょっと待って」

冬の体育館は恐ろしいくらい寒い。こういうとき、私はいつもカイロを常備していくのだ。上着のポケットに入れっぱなしだったカイロをまさぐり、制服のポケットに入れて準備完了。

「吉原」

朱音と二人で教室を出ようとしたところで、同じく教室の出入り口にいた串間悟が、声をかけてきた。

「どうしたの?」

悟とも、前よりずっとスムーズに話せるようになった。話したら意外と親しみやすくて、彼と仲良くする残りの二年生ライフも悪くないと思える。

「あのさ、放課後ちょっと、話があるんだけど……」

照れ隠しなのか、彼は私の目を見ていない。

私も、彼の目を見ることができなかった。

隣にいた朱音が、「わっ」と分かりやすく反応をしてくれたおかげで、私は余計に恥ずかしかった。

「……うん、分かった」

悟の目を直視できない私は、彼の額のあたりを眺めながら言った。



「加奈、その時計返しちゃうの?」

放課後、悟と話をした後、私には行かなければならない場所があった。

「そうよ」

足下を歩くいつもの黒猫が何かを察したのか、私にそう訊いた。

「そっか。寂しくなっちゃうな」

「そんな、急にしおらしいこと言わないでよ」

彼が感じている通り、私は左腕につけた『ブラック時計』を返しに行く。

もう必要ないと思ったのだ。

さっき、悟から言われた言葉がリフレインする。

『俺、吉原のこと、もっと知りたい』

照れ臭そうに言葉を発する悟は、普段のクールな彼がどこに行ったのかと不思議に思うくらい、年相応の男の子の顔をしていた。

好きだ、とはっきり口にされた時は、まさか、と自分の耳を疑った。

話がしたいと言う時点でもしかしたら、なんて考えもしたが、悟が私のことを気にするなんてありえないと思っていた。

『いや、好きっていうか、気になってるというか……』

語尾を濁す悟が、凛とした少年とは全然違っていて、なんだか可愛らしい。

『何、笑ってるんだよ』

『別に。そういうところあるんだなと思って』

『悪かったな。俺はこういう人間なんだ』

『ううん、そっちの方が良い』

ふふふ。

自然と笑みがこぼれる。

串間悟のことを、前よりも知れたから。

彼に、私のこと、好きって言ってもらえたから。

『私もね、気になってた。悟くんのこと』

 


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