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あなたが見た世界の端っこを、掴んで。  作者: 葉方萌生
第1幕 第2章 恋の刃
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2-2


わたしが三葉(さんよう)大学のバスケットボールサークルに入ったのは、友達の弥生に誘われたから、という至極単純な理由だった。

高校時代は演劇部に入っていた。

文化部の中ではかなり練習が激しい方で、毎年大会でも上位に入賞するような部だったので、高校時代には部活で青春を味わったといっても過言ではない。

部活の仲間と練習に明け暮れ、休日も仲良しの子と遊んだ。

恋人こそできなかったが、あれはあれで素晴らしい高校生活だったと思う。

じゃあ、大学でも演劇をやるか! と意気込んだかといえば全く逆で、大学生はもっとゆるっと楽しくサークル活動をしてみたかった。

そうだ。練習で厳しい指導を受けてヘトヘトになるんじゃなくて。

「サークル」という言葉が連想させる「薔薇色のキャンパス生活」をマイペースに送ってみたい。

わたしは、他の大勢の学生と同じように、「サークル活動」に大きな夢を抱く1年生だったのだ。

「ねえ、彩夏も一緒に入ろうよ、バスケサークル」

弥生と知り合ったのは、新入生向けのガイダンスでのことだった。

一瀬彩夏と、浦田弥生。

名前順で席が近かったこともあり、さらにまだ知り合いの少ない一年生の初期の頃だったから、お互いに顔を見合わせて自己紹介をした。

それからというもの、何かと二人で行動をすることが多く、同じ授業を受けてみたり、お昼を一緒に食べにいったりした。

慣れない大学生活の中で、一人でも自分を必要としてくれる友人がいるというのは、心強かった。

わたしも、弥生も。

だから、彼女からバスケサークルに入ろうと誘われたときも、少し考えたけれど結局彼女と一緒にいられるならそれでいいやと思って、「うん」と返事をした。

4月20日のことだった。

初めて見学に行った三葉大学のバスケサークルは、大学の体育館ではなく、近所の体育館を借りて練習をしていた。

なんでも、大学の体育館は部活の人が常に利用しているため、サークル活動ごときでは使えないそうだ。

思えば高校でも、グラウンドをどの部活が何時に使うかときちんと決められていた。それと同じなんだろう。

近所の体育館まで、自転車を漕いで10分ぐらい。弥生と並走してたどり着いた体育館は思っていたよりも小ぢんまりとしていて、秘密基地みたいだと思った。

「こんにちは……」

午後6時半。

集合時間と集合場所だけ伝えられていたわたしたちは、緊張しながら体育館の入り口の扉を開け、ロビーまで進んだ。

「こんにちは! 新入生?」

明るい笑顔で迎えてくれたのは、当時2年生だった香奈先輩だった。

「はい、そうです」

「来てくれてありがとう。私は宮下香奈、2年。二人の名前は?」

歯切りの良い口調で自己紹介をする香奈さんの後に、わたしと弥生はお互いに名前を告げた。

「彩夏と弥生ね。さ、こっちこっち」

初対面なのに、突然呼び捨てをされたことにドキッとしながら、わたしは弥生と顔を見合わせる。新入生を迎えるのに手慣れた様子の先輩に、感心した。

「受付のお姉さん」という風貌の香奈さんは、わたしたちを背に、体育館の扉を開けた。


だん!


途端、ボールが床をつく音が、響く。

「おお……」

弥生は、バスケをしている上級生たちの姿を見て、「想像通りだねー」とわたしの方を見た。

でも、わたしは弥生の言葉に、ただ「うん」と薄く返事をすることしかできなかった。

バスケをしている人たちを見るのなんて、それほど珍しいことではない。中学校と高校では、体育の授業で自分自身、プレイだってしていた。

それなのに、どうして。

ダン。

ボールが、跳ねる。

「お、春人、また入れたじゃん」

一歩前で試合を見ていた香奈さんが、感心した様子で言った。

遠くから、綺麗な放物線を描いてゴールの小さな輪の中へと吸い込まれてゆくボール。

スリーポイントシュートを決めた先輩は、「はるとさん」というのか。

どういう字を書くんだろう。

悠人、遥人、晴人。

思いつく限りのありそうな「はると」という名前の漢字を当てはめてみて、分かった。

香奈さんが手にしたスマホの画面。

LINEの連絡先に、「坂本春人」という名前が表示されていた。

春。

自分の名前「彩夏」の夏と、季節の共通点があることが嬉しい。

「彩夏、どうしたの」

隣で、弥生がわたしが見つめる視線の先を追う。香奈さんのスマホの画面。それから、コートの中で汗を拭う坂本春人先輩を。

「ああ、なるほど」

いやに察しのいい弥生が、わたしの顔を見てにやりと笑う。

「香奈先輩」

そのまま、後ろから香奈さんの肩をつんと触った。

「私たち二人とも、サークルに入ります」

「え!」と、わたしが驚く声を上げる前に、香奈さんが「ほんと! ありがとう」と弥生に笑いかけていた。

「彩夏もありがとう。よろしくね」

香奈さんの微笑む顔は、さながら近所のお姉さんのようで、小さい頃、同じマンションに住んでいて一緒に遊んでくれた年上の友達を思い出した。



かくしていとも簡単にバスケットボールサークルに入ったわたしは、弥生と一緒に週に3日、火曜・木曜・土曜日の練習に赴くことになった・

「マネージャーの仕事って、何をするんでしょう」

初めてサークルに行ったとき、わたしも弥生もマネージャーとして何をすればいいか分からず、練習試合をしている男の先輩たちと、プレイヤーとして新しく入った同級生の男子たちを眺めながら、先輩マネージャーに訊いた。

香奈さんだけじゃなくて、同じ2年生の板倉翔子さんと田中真希さんも一緒だった。

バスケサークルのマネージャーは、これで全員らしい。3年生以上の先輩はおらず、今後は2年生と1年生で活動するのだと。

とはいえ、プレイヤーも一学年10人も満たない程度の少人数サークルだったので、マネージャーはこの人数で十分らしかった。

「主な仕事は、試合の準備と片付け、ビブスの用意。あとは水汲んで渡す、得点を入れる、かな」

「なるほど……」

想像していたマネージャー像とあまりかけ離れていないようで、ほっとした。

しかし、いざこれらの仕事をしていると、ある事実に気がついた。

やることが、少ない。

そう。

試合の準備や片付けは、結局プレイヤーが自分たちでやってくれる。飲み物だって、自分で持って来ている人が多く、取り立てて用意して渡す必要もない。もちろん、必要な時は手伝うが、皆でやるためすぐに終わってしまう。

わたしたちがやれることといえば、得点を入れて、あとは適度にプレイヤーとコミュニケーションを取ることぐらいだった。

そんな具合だったから、結局2年生のマネージャーも、翔子さんと真希さんは週一程度しか顔を出さない。香奈さんはよっぽどバスケが好きなのか、絶対に来てくれる。というか、たまに一緒に練習をしていることもある。

聞けば、高校生の頃はバスケ部に入っていたそうだ。どうりで気合の入りようが違う。

練習中は真剣にボールを追っている。普段、わたしたちに見せる明るい笑顔はどこかへ置き忘れたみたいに。

昔から、スポーツらしいスポーツに触れてこなかった自分にとって、きちんとボールを扱える女子が美しいと思う。

弥生も隣で、「香奈先輩、すごいよねえ」と目を細めている。

けれど、わたしと弥生との間には、決定的な違いがあった。

弥生は、自分のできないことを弁えていて、無駄な勝負を挑まない。できることを頑張ればいいや、と達観できる人だ。

対してわたしは、自分が敵わないと思うことさえ、負けたくないと思ってしまう人間だったのだ。

だから、今。

目の前で春人さんをおちょくりながらも、楽しそうに笑っている香奈さんに、言いようもないほどの対抗心を抱いている。

 



大学2年生、冬。 

12月1日。

いつになくマネージャーが勢揃いした今日、皆でアフターに来られたのは嬉しい。

体育館の近くにはカレー屋かファミレスかお好み焼き屋しかなく、今日は多数決でお好み焼きになった。

大抵のお好み焼き屋はそうだと思うけれど、一つのテーブルの席数は、せいぜい6人が限界。アフターに来たのはプレイヤー12人、マネージャー6人だったので、ちょうど6人ずつ、3つのテーブルに分かれて座ることになった。

 1・2年生のマネージャーでグー・チョキ・パーをしグループを決めて、たまたま春人さんと「グー」で同じ席になったとき、心の中でガッツポーズをした。

なのに。それなのに。

「あ、私もグーだから、春人と一緒じゃん」

嘘だ。

香奈さんが、男子たちの「グー・チョキ・パー」を見ながら、3年生のマネージャーたちで「グー」を出したのを、わたしは知っている。

わたしと香奈さんと春人さん。それから、もう一人3年のプレイヤーである木戸祐樹(きどゆうき)、2年のプレイヤー綾部陸(あやべりく)小島直也(こじまなおや)が同じテーブルだった。

 

6人で、豚玉とねぎ焼きを2枚、焼きそばを頼む。ちょっと少ないかな、と思ったけど、アフターでは会話がするのがメインだから、まあ、いっか。

「春人、今日もスリーポイント入れてたね」

先手を切ったのは、やっぱり香奈さんだった。

「専門だからな」

専門、というのは、春人さんがスリーポイントを入れるスリーポイントシューターだということ。

「なーに、得意げになってんのよ」

イテ、と春人さんの声。テーブルの下を見た、視線の動き。

春人さんの正面に座った香奈さんが、彼の足を軽く蹴ったのだと分かった。

「相変わらず仲良いな」

3年の木戸さんは、いつもこういう時に茶茶を入れる役だ。香奈さんが春人さんのことを好きなnのを知っているのだろう。春人さんと仲が良いから、春人さんの香奈さんへの気持ちだって、知っているに違いない。

もし、春人さんの気持ちが、香奈さんの方には全くなくて、別の誰かを想っていたとして、

それを木戸さんも承知の上で二人のことをからかっているのだとしたら。

ありふれた話だけれど、なんだか残酷だなと思う。

からい。

口に含んだねぎ焼きの生地に、胡椒の塊があった。

同じ2年生の綾部は、春人さんと香奈さんがすでにできてるんじゃないかって疑ってるし、温厚な小島は、二人の様子を見守っている父親のようなスタンスだ。

誰も、わたしのことなど見ていない。

わたしが、春人さんを好きなことなんて、知らない。

勝手に察している弥生以外誰も知らないのは、わたしが自分で言わないせいではあるけれど。味方がいないみたいで寂しいと思ってしまうのは、わがままだろうか。

春人さんに、わたしの気持ち、知られたくないはずなのに、一番知って欲しいと思うのは、わがままだろうか。


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