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あなたが見た世界の端っこを、掴んで。  作者: 葉方萌生
第1幕 第2章 恋の刃
13/59

2-1



だん、だん、だん。

バスケットボールが、床をついて跳ねる。

振動は、わたしの座っている場所まで、一直線にやってくる。

「よーし、もう一戦!」

サークル内での練習試合。第4ピリオド。

この試合が終われば、今日の練習が終わる。

1年生の頃、バスケのことなど全く知らなかったわたしなのに、気がつけば丸2年間、バスケットボールが跳ねる音の心地よさに夢中になっている。

「シュート!」

同じマネージャーをしている宮下香奈(みやしたかな)先輩が、ボールを手にしたその人に向かって叫んだ。

その瞬間、選手の手から放たれたボールが、大きな弧を描いてゴールへと吸い込まれるのを見た。

わたしも香奈さんも、ボールに釘付けだった。

いや、本当は二人とも、ボールなんかじゃなく、それを投げた坂本春人(さかもとはると)に夢中だったのだ。


「春人、おつかれー!」

香奈さんが勢いよく、春人さんにタオルを投げる。

「なんだよ」と、突然飛んできたタオルに驚きながらも、まんざらでもなさそうに、春人さんは答えた。

積極的な香奈さんに圧倒されながら、わたしも小さく「お疲れ様です」と先輩をねぎらった。春人さんは香奈さんと同じ三年生で、わたしは二年生。だから、春人さんに先に声をかけるのは香奈さんでなければならなかった。

彩夏(あやか)ちゃんも、お疲れ」

「はい、ありがとうございます」

たいして動いていないのに、労われるのが恥ずかしいという感情以上に、マネージャーにもきちんとそう言ってくれる春人さんの優しさにいつも心を震わせる。

「疲れたよ〜」

香奈さんはいつものように、春人さんの肩を軽く叩き、「このあとご飯行こう」と春人さんを誘う。何も春人さんと二人でご飯に行こうというわけではなく、「この後サークルの皆でご飯に行こう」ということなのだが、どうもこの言い方は気になる。

「彩夏も行くでしょう?」

「はい、もちろん」

「良かった」

本当は、嫌なくせに。

心の中で、呟く癖が治らない。

香奈さんの楽しそうな笑みは、いつも誰にでも向けられるもので、春人さんだけに見せる特別なものではない。

男女問わず、誰に対してもすぐに心を開いて話しかけられる香奈さんは、プレイヤーからもマネージャーからも好かれている。

「お、今日も行くのか」

「当たり前じゃん。『アフター』があってこそ、サークルってもんじゃない」

「俺たちは真面目に練習に来てるんだけどな」

「いやいや、香奈ちゃんの言う通り、『アフター』は必須だろ」

アフター。

サークルが終わった後に、みんなでご飯に行くことを、わたしたちはそう呼んでいる。

プレイヤーたちの中には、春人さんみたいに純粋にバスケをするのが好きすぎて練習にくる人もいるが、アフターを一番の楽しみにしているという人もいた。

プレイヤーでさえそうなんだから、実際にバスケをすることのないマネージャーなんて、なおさらアフター目当ての人が多い。

今だって、香奈さんの同級生で3年生の翔子(しょうこ)さん、真希(まき)さん、わたしの同級生の弥生(やよい)、一年生でバスケ経験者の(もも)が「お腹すいた〜」「どこに食べ行く?」と早速ご飯のことに心が持っていかれている。

居心地の良いメンバーでご飯を食べにいく行事。

大学のサークルに求めるものは人それぞれだけど、アフターをよりどころにしているメンバーは多かった。

「彩夏ちゃん、もう行くみたいだよ」

積極的な香奈さんに圧倒されてぼうっとしてしまったわたしに声をかけてくれた春人さん。

「わ、すみません」

何に対しての「すみません」なのか測りかねた様子の先輩は一瞬わたしの目を見つめた。

それだけでもう顔から火が出そうなくらい恥ずかしくて、わたしは瞬時に目を逸らす。

「行こうか」

タオルで汗を拭いたばかりの先輩。

冬だというのに、髪の毛がまだ若干濡れている。

運動をした後の爽やかな青年という印象が、先輩にはぴったりだった。

「春人さん、さっきのシュート、格好良かったです」

他のマネージャーたちと談笑しながら前を進む香奈さんの、明るい表情を思い出しながら、先輩に伝える。

今日の試合で一番、見惚れてしまったときのことを。

「ありがとう。良かっただろう? スリーポイント」

わざと格好つけるようにして、右手首をヒョイっと傾け、シュートするフリをする。

ああ、もう、ダメだ。

わたしは先輩と、一秒だって長く目を合わせられない。


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