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あなたが見た世界の端っこを、掴んで。  作者: 葉方萌生
第1幕 第1章 答えは誰の中にある?
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「お疲れ〜」

「あー疲れたよー!」

3日間の期末テストが終わった。

毎日午前中まででテストは終わっていたけれど、3日目の開放感といったら。

「今日はもう、何もしない! いいね!」

「それ、いつもじゃん」

「そうそう」

テストが終わったその日まで、花鈴や真由も部活が休みらしく、いつも三人で「テスト明けの解放感に浸る会」を開く。といっても、ただ皆でカラオケに行くか、ご飯を食べにいくだけだ。高校生の遊びなんて、そんなもん。

あたしたちだけじゃなく、教室中から「終わった!」とか「帰って寝よう」とか、各々テスト終わりの喜びを味わっていた。

「皆、今日はお疲れ様でした。また明日から授業進むから、予習、忘れずにな」

帰りのホームルームで、早川先生の「予習」の一言に、クラスの皆、「え〜」と口を揃えて言った。

いや、いつもじゃん。

定期テスト後の恒例行事。

もう、今日は絶対に予習なんてしない!

クラスの誰もがそう心に決めたに違いない。

「里穂、かーえろ」

早々に帰り支度を終えた花鈴と真由が、教室の扉の向こうであたしを待っていた。

「うん、ちょっと待ってて」

急いで鞄に荷物をつめる。

外してあった『ブラック時計』が、きちんとポケットに入っているかも確認して。

「種田」

いつものように、隣にいる彼を呼んだ。

「ん」

他の皆と同じように、彼も早々に帰り支度を始めているところだった。

「あのね」

あたしは、教室から徐々に人がいなくなるのを横目で確認しながら、話を切り出した。

「話したいことが、あるの」

彼は、不意をつかれて「何?」と言うのも忘れたように、あたしの目をじっと見ていた。

「ここでは話せないから、明日でもいい?」

なんだそれ、とあたしだったら思う。

呼び止めたのはそっちなのに、今じゃなくて、明日話そうだなんて。

恥ずかしかったし、緊張した。

これ以上変なやつだと思われたら嫌だなって、恐れる気持ちもあった。

でも、彼は良い意味で、あたしの不安を裏切ってくれた。

「俺も、話したいから。明日な」

ぱっと、舞台が変わるように、目の前の視界が明るくなった。



「テストお疲れ〜!」

かんぱーい、と。

カラオケボックスの中。

お酒の飲めないあたしたちは、飲み放題のソフトドリンクを片手に、2学期の期末テストから解放された喜びに浸っていた。

「あー! 今日は歌う」

「疲れた」と言いながらシャキッと背筋を伸ばした真由が、マイクに手を伸ばしてなぜか「君が代」を歌い始める。

「いや、なんで国歌なのよ」

「いいじゃん。『君が代』がないと始まらないの」

「はいはい」

テスト明け。

高校生活で一番心が浮き立つ瞬間かもしれない。特に、あたしたちの通う朋藤高校では、成績優秀な人たちが揃っているので、テストにかける情熱が強い。

その分、テスト後の反動もすさまじく大きいというわけだ。

あたしみたいに普段は全然勉強していない人でもそうなんだから、花鈴や真由のように、部活をやりながら勉強している人たちはなおさらだろう。

けれど、今回は。

あたしだって、熱を入れていた。

勉強だけじゃない、いろんなものに。

真由が花鈴と交代して、ソファにどしっと座る。

ミーハーな花鈴は、流行りのアーティストの曲を歌い始める。

あたしたち三人の中では、彼女が一番歌が上手い。

花鈴の美しい歌声をバックミュージックに、真由は早速スマホをいじり出す。

カラオケでは、他人の歌を一生懸命聞かない。

あたしたち三人の暗黙のルール。

それが心地よいのだから、仕方がない。

立ち上がって歌う花鈴は、目の前にあたしと真由という観客がいることを忘れたように、目を閉じて身ぶり手ぶりを添えながら熱狂的に歌う。

最後に伸ばしたソプラノの音が消えるまで、彼女の声が、胸にじんと響いた。

「はい」と、力尽きる前の彼女が、あたしにマイクを回した。そのまま真由と同じように座りこんでしばらく呼吸を整える。

さあ、次はあたしの番。

あたしは今、どんな気分なんだろうか。

どんな歌を、歌おうか。



「今日は楽しかったー!」

結局三人で二時間歌い続けたあと、ファストフード店で駄弁り、テストお疲れ会はお開きとなった。

たった数時間だったけれど、この時間で1ヶ月分の息抜きをした気分。

「じゃあ、また明日ね」

「ばいばい」

「うん」

あたしたち三人は、それぞれ自宅に向かって歩き出す。

しかしあたしにはまだ、行くところがあった。

家の方向とは反対に、また学校の方へと戻る。忘れ物をしたわけではない。向かう先は、もちろん。

「こんばんは」

歩いている間に日が落ちて、目的地に着いた頃には、薄暗くなっていた。

桜庭書房の店の入り口に、いつもの三毛猫が目を光らせていた。そうか、夜になると起きてるんだね。

キラリと光るその目に見守られながら、お店の扉を開いて中に入った。

今日は珍しく、お客さんが一人だけ来ていた。大学生風の女の子。自分と歳の近いお客さんがこの小さな本屋に来ているのかと思うとなぜだかほっとした。

この店に来るのは、3週間ぶりだ。

随分と久しぶりの感覚。

中の方まで進むと、いつものように、芦田店長がレジ奥にいた。今日はお客さんがいるからか、座って本を読んではおらず、普通に立って何か作業をしていた。書店員さんが普段どんな仕事をしているのか知らないけど、忙しそう、という感じはまったくなかった。

「お久しぶりですね」

珍しく芦田さんの方があたしに気づいてくれた。

反射的に、「どうも」と頭を軽く下げる。

一昨日、交差点で花を持って信号待ちをしている彼女を見たから、あたしにとっては、芦田店長と会うのは久しぶりじゃない。

けれど、彼女はあの日あたしに気づいていなかったので、彼女にとっては純粋に3週間ぶりということだろう。

「今日は、どうされたんですか。また、参考書?」

「いえ、今日は、これを返しに来ました」

鞄のポケットにしまっていた『ブラック時計を』取り出し、芦田さんに手渡した。

「……もう、いいのですか?」

「はい。その時計の効果を見るのには十分だったので」

効果、という言葉に、彼女はぴくりと肩を揺らした。

彼女にとって、この時計にどれほど大きな意味があるのか知らないけれど、あたしが伝えられることは伝えるしかない。

差し出されたブラック時計を、彼女はしばらくじっと見つめ、その間なんとも言えない沈黙が流れた。時計が刻む時間の音が、微かに聞こえてくるほどに。それから、店内で本を見ていた女子大生風の女性が、本をめくる紙の音がやけに大きく聞こえた。

「……聞いてもいいですか」

「効果、ですよね」

「ええ」

早く、という芦田さんの心の声が、聞こえてくるようだった。

あたしは、ブラック時計で自分が見たものを正直に話した。

「その時計であたしが見たものは、『テストの答え』です」

「テストの答え……」

予想外だったのだろう。

そんなものが、と驚きで目を丸くする芦田さん。

普段、どことなく厭世的な表情しか見せない彼女を知っていれば、その表情の変化が珍しく感じた。

「解答欄に、文字が浮かび上がってくるんです。あたしが、一番見たいものだったから、びっくりしました。学校での成績が悪くて、このままだと本当に落第しかけたので」

そこは、ははっと笑い事にしておく。

「テストの答えが見えたから、テスト中、この時計を使われたのですね」

「はい。最初は」

「最初は?」

相手は高校生。

もし自分が「テストの答えが見える時計」を持っていたら迷わずに使うという言葉が、彼女の表情から見て取れた。

もちろん、あたしだってそうだった。

こんなに自分に都合の良い時計を持っているなら、使う他ない。

しかも、もともと「実験」で時計を着けるように言われていたのだ。

使わなければ意味がないというもの。

それなのに結局、あたしは期末テストで『ブラック時計』を使うことができなかった。

「最初に効果を実感したのは、国語の小テストの時だったんです。その時は、ラッキーって思って、期末テストでも使おうとしていたんですけれど。なんか、当日になって、時計を使ってテストを解答しようとしている自分に嫌気が差しちゃいました」

嘘じゃなかった。

クラス中の皆が、テスト前に真剣に勉強をしているのを見て。

普段は部活で忙しい花鈴と真由もお互いに問題を出し合って、テストが始まる直前まで粘っている様子を見て。

気怠そうな種田が、朝から参考書を凝視しているのを見て。

あたしは、逃げちゃいけないと思った。

勉強ができないという現実から逃げちゃいけない。

好きな人の気持ちが分からない、というもやもやした感情から目を逸らしちゃ。

「だからもう、その時計はいらなかいかなって」

時計を外すと、思ったよりもすっきりとした気分でいる自分に気がつく。

あたしは、ブラック時計があることで「テストが分からなくても大丈夫だ」と安心もしていたし、逆に、このまま大変なことから逃げる自分でいいんだろうかという不安も感じていた。

そのことに、今この瞬間に気づいたのだ。

「そうなんですね」

芦田さんにしても、とりあえず「ブラック時計の効果」を知りたい、という目的は達成されたわけだし、それ以上は深く追及してこなかった。

「芦田さん、今回は参考書をくれたこと、『ブラック時計』を貸してくれたこと、ありがとうございました」

「いえ、私の実験です。むしろこちらが感謝しています」

「じゃあ、そういうことにしておきますね!」

相変わらず笑うことのない芦田さんの独特な空気に負けないように、あたしは思いきり明るい表情で「また来ます」とお別れをした。

次はちゃんとお金を持って、自分で参考書を買おう。

時計に頼らずに受けた期末テストの結果次第、だけどね。


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