囚われの姫!牢番は何故かオーク!
あまり騒ぐのでボードウォーク公も護衛の兵ごと殺した。事ここに至っては父マーヴィンガーデン子爵も腹をくくり戦争の準備を始めた。
ハイドリヒの弟がボードウォーク家を継ぎ、復讐に燃えて攻め込んできた。圧倒的な大軍に包囲されるもマーヴィンガーデン子爵の指揮で防戦に努め、拙者は夜な夜な包囲軍の陣に忍び込み敵の将を狙った。
新ボードウォーク公こそ居所が分からず狙えなかったが、公の副官を一人、護衛官を二人、参謀一人、連絡将校二人、部隊長格を四人ばかり暗殺し一時はボードウォーク軍を崩壊寸前まで追い詰めた。いつしか拙者はマーヴィンガーデンの悪魔姫と呼ばれ、わがままを言う子供に親は『クロイスが来るよ!』と脅すようになったとか。名誉なことだ。
しかし良い事は続かぬもので八人目の将を襲った時には魔術の罠とやらにかかって捕虜となってしまった。そのまま石牢に放り込まれる。
後は聞いた話だ。二か月の攻防の末マーヴィンガーデン城は落城。落城の際城兵や使用人たちはほとんど殺されたそうだがそれは問題ではない。小国でありながらさんざんに大国ボードウォークを苦しめたマーヴィンガーデンの名は畏怖と共に語られるだろう。
命は軽く武名は重い。
「くっ。殺せ」
「殺すに決まってるだろ何言ってんだ。あれだけの事をやったんだ、処刑されないはずがあるか?」
それもそうだ。それより今日牢に入ってきた牢番の姿はどうだ。最初見た時には妖怪かと思った。猪のような鼻をした酷く太った男である。捕まってから落城するまでの間世話をしていたのはもっと平凡な兵士だったのだが。
「その鼻はどうした。病か」
「これか」
男は自分の鼻をなでた。慎重に、見定めるように拙者をにらむ。
「侮辱、ではないようだな。オークを知らんのか」
「知らん。ボードウォーク人にはそういうのもいるのか」
「別にボードウォークに限らんが……そうか、貴族となればオークなど見ることはないか」
そういうわけでもないのだが。
「それで、オークが何をしに来た。処刑人か」
「違う。処刑は人間がやる。俺は牢番で……お前を犯すように言われてきた。ボードウォーク公は父と兄を殺されてだいぶお怒りのようだからな」
「ほう」
「言っておく。俺は人間に興味はない。仕事だ」
「わかるとも。拙者の仲間もよく敵の女を捕まえて拷問して犯していた」
「……ほんとか? ひどいな、お前たちは」
苦笑するオーク。少しは気が楽になったと言った。案外気の良いやつなのかもしれない。
「服を、脱げばいいのか」
好機である。犯すためには近づいてくる必要がある。
拙者は捕まって以来、首を鎖で壁につながれている。部屋の半分も動けない長さの鎖で、食事を持ってくる牢番は盆を押して渡し決してそれ以上拙者に近づかなかったが。隙を見て手刀一発、首を叩き落してやる。このオーク、鍵を持っていればいいのだが。
いそいそと服を脱ぐ拙者に対し、これも苦笑しながらオークがカギを投げてよこした。
「何の真似だ」
「首枷をはずせ。どうせ、おとなしく悲鳴を上げておかされるようなタマではないんだろ?」
オークは腰につけていた剣を抜いた。
「なるほど、傷めつけて動けなくするというわけか」
「ああ。でなきゃ悪魔姫にいつ首を斬られるか心配で使い物にならん」
「それにしても、首枷を外させることはないと思うが。拙者を侮るか」
「そんなつもりはない」
オークは言いながら、拙者に正対して剣を構える。一見無造作のようでありながら隙がない。うかつに飛び込めば手ひどい反撃が飛んで来そうだった。
できる。この剣は実戦で鍛えたものだ。そう直感した。
「なるほどな。ボードウォークで最高の剣士はハイドリヒではなかったのか」
「あんな坊ちゃん芸と一緒にするな。結局、武術の腕は砕いた骨の数で磨くしかない」
「違いない。お前は大した武人だな。なぜ牢番などをしている」
「俺がオークだからだ」
その答えは叫びに近かった。オークでさえなければどれほどの武功を上げただろう、人間に生れていたら今頃軍を率いていたかもしれぬ。数え切れぬほどの勲章をもらえたはずだ、だがオークなので牢番として人の女を犯すくらいしかできない。そう続けて言った。
「惜しいな。日ノ本の乱世であれば力と度胸があればいくらでも出世できたものを」
一瞬、オークの目が心底うらやましそうに光る。それは隙ではあったが、拙者はあえてその隙をつく気にはならなかった。
改めてオークと向かい合う。
「拙者、クロイス・マーヴィンガーデン。あるいは相州風魔の黒犬」
「おお、姫のお前がオークの俺に名乗ってくれるのか。うれしいな、俺はオヅ。
来い、クロイス・マーヴィンガーデン!」
勝負は一瞬だった。小細工も何もする気はなく、拙者は真っすぐにオヅの元に飛び込んでいく。右から横殴りにオヅの剣が迫る。素晴らしい剣速で、避けることもできそうもないがもともと避ける気もない。
右腕で剣を受け、左手でオヅの喉を割いた。汚らしい牢に血がしぶく。拙者の切り落とされた右腕と、オヅの首からあふれ出る血潮。
オークの血も赤いのか。そんなことを思う。高揚のため切断された腕に痛みはない。
「ぐむ……」
オヅは何事か言いかけて言葉にならず、そのまま壁にもたれるように座り込んだ。拙者には満足そうにしているように見えた。当然だ。オヅは、堂々と戦った武士なのだ。
オヅのような武士にであれば、片腕くらいはくれてやって少しも惜しくない。
牢を出て左手で十二人の兵士を殺し、拙者は脱出を果たした。