次はお前だ
とりあえず首が痛い。しばらく蹲ったまま首をおさえ、ようやく少しばかり回復して立ち上がった。
あたりを見回すと見慣れぬ部屋。南蛮風というのか、まあ豪華な部屋だった。
素晴らしく映りの良い鏡がある。小娘の姿がそこにはあった。長い銀色の髪、緑の瞳。異人の美醜はわからないが、美しい娘のようだ。これが拙者か。
しばらく部屋を見回していたが置いてあるのは見覚えのないものばかり、何が何やらよくわからない。寝床らしき所にあったものを取り上げる。熊を模した布に綿を詰めたもの。魔除けだろうか。こういう益体もないものではなく役立ちそうなもの、太刀や鉄砲はないか。
いろいろ探っているうちに卓の上に手紙があるのを見つけた。手に取ってみると異国の文字が並んでいるが、なぜか内容が頭に入ってくる。
遺書だった。父母への詫びから始まりあれこれ詰まらぬ小娘の繰り言が並んでいる。
この娘、つまり今の拙者の名前はクロイスというらしい。マーヴィンガーデン子爵家の娘で、何不自由なく育ってきたようだ。しかし人々にはひどく性格が悪いと誤解(と手紙では主張していた)され、さらに双子の妹であるアロイスはただトロいだけの娘なのだがどういうわけか人々はこの妹を純真で優しいと誤解(と手紙では主張していた)し、何かと妹があげられるのが我慢ならないと皮肉に満ちた表現で書いてある。
自分についての根も葉もない噂(と手紙では主張していた)が婚約者に伝わり婚約破棄されそうになっていると聞き、死ぬことにした……どうぞ私の事は忘れて妹と婚約者で幸せになればいい。この世界など滅べばいいのに、と〆てあった。
だいたい分かった。この娘は妹との争いに敗れ潔く死を選び、そして拙者がその体を引き継いだということか。
まことに不可思議な事だがあの神を名乗る異人、本当に神仏の類であったのだろうか。
考えてみれば拙者は確かに一度死んだのだ。この身をもらったからにはクロイスという娘は恩人と言えるかもしれぬ。
であればすることは一つ。この娘のため、アロイスの首を取るのよ。
とりあえず部屋には拙者一人しかおらぬ。ここにいてはアロイスの首はとれぬだろう。戸を開けてこれまた豪華な毛氈が敷かれた廊下に出てみる。
誰かにアロイスの居場所を聞く必要がある。そう思って歩いていると向こうから娘が歩いてきた。栗色の髪のかわいらしい顔立ちの娘で年のころはおそらく十七くらいか。こちらをみると深く頭を下げたのを見ると、おそらくは下女かなにかだろう。こちらはこの国の姫というわけだ。
拙者は忍びだが暗殺が専門であり情報を聞き出すのは経験がないが、こんな小娘一人騙すくらいは造作もあるまい。なるべく怪しまれぬよう、姫の言葉遣いらしく聞こえるように慎重に話しかけた。
「そこな下女、卒爾ながらちと物を訪ねたいですわ」
思い切り変な顔をされたということは全然ダメだったのだろう。諦めて当身で気絶させて部屋に引っ張り込んだ。
寝床に下女を寝かし、気が付くのを待った。しばらくして下女は目を覚まし、あたりを見回して拙者の方を見る。なるべく怯えさせないように笑顔を作ってみたが、下女は恐怖に目を見開いて叫ぶ。
「ひいっ! 苦悩の梨だけは許してください!」
苦悶の梨が何か知らないが、だいたいクロイスがどんなふうに思われていたのかを察する。
「下女、落ち着け。拙者は何も危害を加える気はない」
「……クロイス様、どうしてしまわれたのですか? 新しいプレイですか?」
「そうだな。少しばかり奇妙に思うかもしれないが、これには事情があるのだ。その……頭を打って記憶が混乱しておるのだ」
「はあ……それは……おかわいそうに……で、何のプレイ……」
明らかに下女は疑っている。こういう時情報収集を担当する忍びであればすらすらとそれらしいことが言えるのだろうが、あいにく拙者はそう言うのは不得手である。さっき分かった。拙者は他の方法で説得するしかない。部屋を見回すとぎやまんの花瓶があった。それを持ってきて不思議そうにしている下女の前に置く。
「やあッッ!!」
拙者が気合を入れて手刀を振り下ろすと、花瓶は綺麗に縦に真っ二つになった。
愕然として目を見開く下女に優しくいってやる。
「次はお前だ。死にたくなければ質問に答えろ」