6話-パッセンジャーな彼女-
「片方のモニターが復旧完了しました!映しますッ!」
そこに映し出された悲劇の役者は今にでも力尽きそうな姿と立ち振舞いで紅を身に纏う輝実小羽ともう一人、顔からは命の水を垂れ流し仰向けに天を見上げ倒れる落田果実。
「なんて事だ…恐れていた事態じゃないか…」
固唾を飲む川桐は最悪な状況を目の当たりにした、試験だからと彼女達に無理を押し付けた自分を殴ってやりたい。そう思い始めていたのだ。
だが、後悔する暇さえ与えてくれないのが現実
川桐は直ぐ様サイレント・イージスへと救出命令を発令、出撃するよう促す…が
火炎空子だけはその意見に否定的な態度を見せた。
「貴様どう言うつもりだ」
問いただす遠乃橘花だったが。もちろん誰もが同じ気持ちを内側に芽生えさせている
すると空子はモニター班の元へと足を運びカメラを果実へズームするよう指示した。
理解できないままモニター班は指示通りレバーを調整。
言われるがままカメラをズームした。
「チッ、やっぱりな…手遅れだ」
状況が理解できない。
なぜ果実を見てそう判断したのか
川桐にはその理由を聞く権利があった。
「手遅れって…いったい何を言っているんだ君は…」
説明によると
実は今回の研修試験でセイバー・ライトスターは落田果実の他にもう一人。新人の男性を出席させる予定があった。
その男は実力で果実を圧倒し、完膚なきまでにねじ伏せた。
ではなぜ、そんな実力者が今ここに居ないのか。
結果だけ言うと、果実によって半殺しにあっていたからだ。
男の証言によれば少女は確かに自分の目の前で倒れ込み反応を示さなくなっていたとの事。
しかし突然少女がブツブツと呟き出したかと思うと真っ暗な視界に捕らわれ気付けば病院の天井を見上げていたのだと言う。
その時は火炎空子含むメンバー達にもなにが起こったのか理解できず
果実に対して状況説明を求めるも『知らない』の一点張りだった。
唯一分かった事があるとするならば、訓練場があった場所に建物は既に存在せず。
謎の砂山がデカでかと自分達を見下ろしていたと。
「今の状況がそれだ。私の予想が正しいなら…そろそろ化け物が顔を出す」
その言葉通り幼き悪霊は心羽の猛攻を軽くあしらいながらも倒れて微動だにしない果実が気になって仕方がなかった。
この感情は何なのか。知りたい。知リタイ…
" 故ニ…オ姉チャンハモウ…邪魔ッ!! "
どんな痛みなのかは想像つかないが、意識が吹き飛ぶ程の一撃だった事には違いはない
無慈悲なる蹴りは小羽の片足へと突き刺さり関節ごと破壊。
それによって態勢を崩した彼女に待っていたのは、顔面への一撃だけだった。
「うぐっ!…」
凄まじいダメージに思考は一瞬で吹き飛び小羽は気絶。
"ネェ君。私ノ声ガ聞コエテルデショ?早ク遊ンデクレナイト…コノオ姉チャンガ死ンジャウヨ?"
軽い挑発のつもりだった。
他でもない果実への挑発。
しかし、その言動や行動は全くの無意味となる。
"ヤッパリ…マダ遊ベル玩具ダッタ"
なぜなら
ゆらりと立ち上がる果実には、もはや自分の意識は存在せず
彼女を無理やり立たせ、操らんとするモノの影が代わりに存在していたからだ。
それは地球の意志そのもの。
星々にとっては命の核とも言える重力を力として扱う彼女は
その代償として、この世に生を受けた瞬間から『星々の奴隷』となり生きていく事を定められている
つまり悪霊が対峙する相手は落田果実でわなく地球そのものと言っても過言ではない。
「居るべき場所へ帰るがいい…お前はこの世に不要だ」
果実を中心に巻き起こる重力異常気象。
少しでも彼女に触れてしまえばグチャグチャに引っ張られ一瞬の内にミンチになるだろう
それは切り刻むのではなく、ひたすら千切られるイメージに近い。
その正体を見た本部も当然ながら唖然…
地球の意志は彼女の肉体を使い、この世にあってはならない魂を駆除しようと竜巻の触手を数本、悪霊へと襲い掛からせた。
が、悪霊の身のこなし技術の前では効果が薄い
"ソノ力…当タリト見タ。稀ニ見ル『パッセンジャー』ダナ"
パッセンジャーとは本来『助手席』と言う意味を表すものだが
この現代においては違う『強すぎる力に操られる』事を指す。
強大な力が主導権を奪い体のハンドルを握ると
本人の意識は肉体を維持する自己再生能力や器官維持の為だけに使われる
まさに力と言う『運転者』をサポートする『助手席』者。
"オ姉チャ…っいや落田果実とか言ったな…パッセンジャーと殺り合うのはあの子の時いらいだ。その力…見せてみよ。私はアンタ等オタクなんだぁ…キヒヒ"
明らかに悪霊の口調が変わった。
「お前…何者だ…悪霊であって悪霊じゃないな」
"私に勝てたら…っ ん~…どうしよっかなー!"
イラつく言動に我慢ならない果実は、再び竜巻の触手を嵐の如く振りかざし無差別攻撃を行う、しかし悪霊はその猛攻を容易く掻い潜りニヤケ面でほくそ笑む。
どんな攻撃も無意味とアピールしたいのか、自分から仕掛ける様な真似はせず、ひたすら回避してはニヤケ笑うのだ。
"中?…下?…ん~、下の上くらい?…パッセンジャーとしては三流だ。力の使い方が単純過ぎる…ガキが。キヒヒ"
「そうか。しかし残念だが…私はガキじゃない」
準備は整った、と言うべきか。
ここからが悪霊さへ逃れられる事をゆるされない地獄道。
"…空気の流れが…変わった"
「相手をナメすぎだ…小娘」
"あぁ、なるほど…器用なもんだ…"
風と風とが衝突し合えば特殊な流れが生じ、波と波が絡み合い荒れれば渦潮となる。
では重力と重力を衝突させ続けたなら何が起こるのか。
「バーンっ…弾けた重力は元に戻ろうと中心に集まり続ける…
つまり私にだ」
それはブラックホールに近い現象とも言える。
それほどまでの力と膨大な引力
吸い寄せられれば肉体の消滅は免れられないだろう
なにせ彼女から距離を置いた今の場所からですら肉体がギシギシと悲鳴を上げ影響を受けているのだ。
「おいで…抱き死めてあげる」
悪霊は両手両足を地面にがっしりと付け、引っ張られる自身の体を固定した上で目一杯踏ん張るも
やはり無理な体制を要求される分、自由に動けない
小羽は果実の重力操作によって壁へと張り付けられ一先ずは何とかなっている状況。
まさに誰がどうなってもおかしくない空間なのだ。
"あ~あ…だる。潮時かな…"
悪霊は一瞬。ほんの一瞬だけ…力を解放した。
「貴様…この引力の中だぞ…」
"キヒヒ…遊ンデクレテアリガトネ。オ姉チャン"
「何故…平然と立てる…」
瓦礫やガラスといった無機物が宙を舞う中で悪霊もまたその流れに乗り、自らの姿を消す。
「逃げる気かッ」
決して逃げてはいない、むしろ逆の行動
向かった先は小羽が張り付けられているテリトリー内。
何を企んでいるのかは何となく理解はできた。
彼女の胸ぐらを掴み果実をニヤリと睨み付ける悪霊の表情は間違いなく良くない事を考えている顔だったからだ。
"サプラ~ィズ"
最後の嫌がらせにして最悪の意地悪。
小羽との無理心中である。
"キヒヒ…ドースルノ?力ヲ解除スレバ一瞬デオ前ヲ殺セル。解除シナケレバ私ヲ倒セテモコノオ姉チャンハ死ヌヨ"
「………っ」
ためらう時間などない事は分かっていた。
目の前には小羽を掴み飛び込んでくる悪霊の姿が迫っているのだ。
"キーッヒヒヒ…っ"
どう足掻いてもどちらかが死ぬ。
「安心しろ…誰も死なせない」
落ち着く様な低い声にクールな容姿を身に纏う男は突如として現れた。
現場のプロにしてファントム・シール所属である小羽の頼れる先輩
業魔偽天だ。
激しい重力をも突っ切り飛び込んだ偽天は
悪霊目掛け渾身の一撃。
"ナニッ!!…"
「今だッ!!冬魔さんッ!!」
応援に来ていたのは偽天だけではない。
「任せなさい!」
霊撃部隊サイレント・イージス所属。冬魔鈴音。
彼女の力はこの場に置いてピンポイントに刺さる。
その理由が鈴音の持つアイテム『サンタ袋』だ。
袋の中には長年一族が注ぎ込んできた強大なエネルギーが詰まっており
それを利用する事によって特別な武器を取り寄せたり、物を違う場所へと転送させる事が可能なのだ。
「えい!…」
鈴音は小羽に袋を被せるとも自身も同様に袋の中へと潜りその場を脱出。
偽天は地面に着地するや否や『モード・ベリアル』へと形態変化し重力の影響を軽減した。
この行為が一か八かだった事は言うまでもなく
助けに入るタイミング、着地する距離、引力に体を持っていかれる前に力を爆発させ形態変化を行えるかどうか。
少しでも一部のタイミングがズレていれば間違いなく巻き込まれていたという事実が成功した今の自分を安堵させている。
そんな最中でも悪霊は何故か素直だった
再び引力に体を預け大人しく消滅する事を選択したのだ。
「形勢逆転だ、小娘…命の重みを知れ」
"シッテルヨ。ダッテ私…一様『生き霊』ダシ?
本体ハ生キテルッツウノ"
「生き霊を悪霊までに進化させたのか…ますます気味が悪い奴だ」
"光栄ナオ言葉デ…キヒヒ"
刹那、悪霊は一瞬にして粉々に消滅した。
それをきっかけに重力の異常気象は静まりを見せ、果実の中にいた地球の意志も消え去った。
偽天は倒れる彼女を担ぎ上げると
「君も良く頑張ったな…上出来だ」
そう言い残し、その場を立ち去ったのだった。
一方で、残りの救助隊は刃子の元へと集まっていた。
老婆を驚異と感じての判断ではない、驚異の対象に選ばれたのは刃子自信の方だったからだ。
なぜそう判断したのか。
それは数分前にまで遡る…
「全てのモニター回線が回復しました。映します!」
各メンバー他、本部一同はその光景に釘付けをくらった。
冷や汗を流す者もいれば、開いた口が閉じない者もいた。
モニターに映し出された情報は、なんとも不気味で不快といった奇妙な世界を彩っていたからだ。
真っ赤な絵の具でも塗りたくったのかと思わせるくらいに飛び散った大量の血液が通路全体を覆い、壁や天井までも清々しい程の紅に染めていた。スライムの様に滴り落ちる血液は赤いカーテンとなりドロドロの池を作り出して行く。
そんな中でもボロボロになる老婆をひたすら痛め付け、大いに笑い暴れまくる刃子の姿は誰が見ても明らかに常軌を逸している。
「…おい殺夜!マジで何だよあれ!どっから拾って来やがった!…」
「空子…貴方の後輩も同じようなモノでは…」
「もうこの辺りで十分かと思われます。死神の血を持つ私の感が正しければ…そろそろ誰かが死にますよ」
川桐は躊躇う事を捨てた。
重力の異常気象が凄まじく巻き起こる場所か
鬼畜な暴力が吹き荒れる真っ赤な地獄の入り口か
どちらにしても危険が真隣から誘惑してくるのは覚悟しなければならない
個々の能力を考えれば適した所へ救助に向かわせるのは容易いなのだが。
何よりも厄介なのが刃子だ。
技ならまだしも本人自体が理性を無くし向かって来ては対処が難しくなってくる
むやみやたらに傷つける事も許されない中でどうするか…
もはや霊撃部隊に任せる他無かった。
「遊茄。お前はいつも通りサポートに回れ」
「は、はい!任せて下さい!…」
刃子が暴れる距離から約50メートル背後。
近い様で遠い場所に遊茄はスタンバイし、両手を左右へ広げると自身の力を引き出し始める。
「奇跡を信じ…闇へと向かう彼ら達に生命の輝きを…」
すると彼女の肉体は眩い輝きを発し、定位置から人形の様に動かなくなってしまった。
「よし、最低限の下準備はこれでいいな」
「いや、説明ないのかよ!」
「空子さん、今は説明などしている場合ではありません。この方達を信じていればいいのですよ」
「死乃美のいう通りです。今は刃子を…」
「ケッ…いい子ちゃんどもが…」
「あとは…葬火刃子を止めるだけだな」
「単純明快でいいじゃねぇか!橘花!」
尚、暴れまくる刃子ならざる獣は橘花達を視界に捉えるや否や老婆を掴んだまま静止。
両者の目線が合う中で真っ赤に染まる猛獣は老婆の上半身から下半身を切り離し、なんと殺夜に向かって投げ飛ばしたのだ。
絶命した肉の塊は殺夜へと直撃し
地面に落下するも彼女は微動だにせず強気な姿勢を崩さない。
「刃子…さっさと帰りますよ。聞きたい事が大いにありますから」
波の音、潮の香り、ザラザラとした寝心地。
『お~い』
誰でもいい、誰かに今の心情を聞かれたならばウチはきっとこう答える… もうどーでもいいや。
『今の心情は?』
「寝ていたい」
『もうどーでもいいや。じゃないんじゃな…』
「お主は誰や。聞き覚えがない声なのであるが」
『人と言葉を交わるせる時にはじゃな!
身体を起こしてじゃな!目と目を…』
「あーはいはい…親に習ったともさ」
ウチはだらける関節に力を入れ、よいしょ…っと身体を引き起こした。
目を開くとそこには自分が想像していたよりも壮大な砂浜で、空が美しいオーロラの様な夕暮れで、真っ蒼な海が広がっていたんだ。
『どうじゃ?美しい景色とはこの事よ…刃子?じゃったか?』
そう言うと、謎だらけの古風な彼女はウチの隣へと陣取り微笑んだ。
「てか、アンタはどちら様…」
『妾か?妾は…』
女は巻物を取り出し何かを確認している。一週間分の食料をまとめ買いした時にマァマがいつも長いレシートをチマチマと確認していたアレを思いだす。
『えーっと…妾はお主の…ひい、ひい、ひい…』
「あの~…」
『ひいおばあちゃんの更に…豊美の母親に良からぬ男との交わりが発覚した時に雷を飛来させたおばあちゃんの…ひい…ひい』
「とよみんの情報いるかね…誰だか知らないであるが…」
『だぁーッ!!即ちじゃな!
妾は八尺様と畏れられた母上の子じゃ!』
「え…ご先祖ばあちゃん2号!?…」
『名を!…八尺桜炎ノ刄霊子じゃ!さぁッ!存分に驚くがいい!
ぽーっ!ぽっ!ぽっ!ぽっ!…』
「名前なげーし必殺技かよ… あと何だねその笑いかた…」
『ゴホンッ…遺伝と言うモノだ…気にするでない』
「でさここは何、何んでご先祖ばあちゃん2号が居るの」
『ここはお主の全てじゃ。何処までも広がる海に大空!全ッ部!…お主の力じゃ!』
「ほへ~」
『んで妾が居る理由じゃがな?…未熟体の分際で阿呆にも母上の力を使ったお主に教えを説く為に来たんじゃな』
「えっとですな、記憶にですね?ございませんっ」
『すればこの状況はなんじゃ!』
彼女が空に向け手をかざすと、そこにはある映像が美しい景色と重なり投影された。
「加減はしてやるさ!竜撃砲・焔ッ!」
「火炎空子!被害を拡大させるな!」
「んな事言ったってな!…うげ、こっち来んじゃねぇー!」
「雷雲命死ブラッディ・ミスト…手は出させませんよ」
「刃子…戻って来なさいッ!」
「俺もまだまだ行くぜ行くぜーッ!!」
自分の姿に恐怖する日が来るなんて思ってもいなかった
抜けていた記憶はこの未来に繋がったのだとウチは酷く衝撃を受けたんだ。
「あ、あれが…ウチなの?…」
指を指し改めて彼女へと確認を取ったが、返ってくる言葉は決まっていた。
『そうじゃ』
「おーまいがー…」
『まあ安心せぇ、妾が…っ』
「元に戻せんだろーなぁッ!!ゴラァーッ!アンタはその為に化けて出てきたんだろがッ!知ってんだぞ!アニメでも漫画でもこのパターンはそう言うアレ何だからよーッ!!!」
『お、落ち着く…のじゃ…首を締めるで…ない。うぐ…』
「落ち着く暇があったらさっさと何とかしろーッ!!このままじゃウチの評判がーッ!!」
『分かったからやめるのじゃー…』
刃子は荒れる心を何とか押さえ付け彼女の首から手を離した。
『ガハッ!…まったく母上の血を引く者達はこの空間に来れば揃って乱暴になるの…ゲホッ!ゲホッ!妾を見習って欲しいものじゃ!』
「ガルル…」
『ま、母上の力に充てられてある以上仕方と言えば仕方ないが…』
「んでさ!どーしたらお家に帰れんの!」
『えっへん!さぁ聞いてらっしゃい見てらっしゃい!その方法とは!…八尺の血を受け入れる覚悟を持てるどうかに掛かっておる』
「ぬ…それっぽい展開…」




