5話-悪霊-
{刃子応答を。大丈夫ですか?}
最悪の状況は更に加速を見せ始める。
{こちら偽天だ。輝実何があった応答しろ}
誰の声も届かない孤立した世界で。
{おい果実!無視すんな!答えろッ!}
彼ら達は逃れる事の出来ない闇へと沈む。
誰の企みか。目的は何処にあるのか。それは悪魔のみぞ知るのだ。
「あらら?…殺夜の応答が無くなった…トイレかな」
「刃子さん、変だと思わない?…試験官達も見当たらないし…なんか気分が悪いよ…」
この異変に気付こうとしている者が居るのならば。
「んなぁぁーあッ!めっちゃ追いかけてくるじゃんッ!何とかしてよビッ◯女!」
「そのビッ◯って言うのやめなさい!また置いて行かれたい訳!?」
「この状況で見捨てて見ろッ!一生呪ってやるからなーッ!」
既に気づいている者達も存在する
否。全力で追われていると言うべきか。
指令部では激しい指示が飛び交い今いる人員全てがフル稼働状態。
川桐含む試験担当員達は本部所属隊である霊撃部隊を再度現場に派遣する事で意見が一致。会場に残された彼ら達の救出を最優先に考える方針でまとまりを見せた。川桐が隊長を務め最も信頼を寄せる部隊。
その名も【霊撃部隊サイレント・イージス】
総本部での一角を担う部隊の一つとされ、その実力は一人一人がリーダークラスとも言われる。
即ち、全員がゴーストスピリッツのリーダーである安倍ノ光莉レベルと言っても過言ではないのだ。それもその筈、本部の部隊に入るには所属しているチームのリーダーである事が最低条件であり適正試験を受けた後に合格ならば入る事を許されるのだ。ちなみに光莉は適正試験を脱落している。
「既に来ていたか。それなら話しは早い…お前達に命令を…っ」
しかし彼ら達はこの現状について意見を持ち合わせていた。
「失礼ですが川桐隊長。この件については我々がでしゃばる様な真似は必要ないかと」
川桐に全ての忠誠を誓った女。遠乃橘花
【血統】混合型ハイブリッド
「そうよねぇ、仲間に助けられて当たり前なんて覚えちゃったらねぇ。ここでこそ自分達で何とかしないとねぇ」
メンバーのお母さん的存在。冬魔鈴音
【血統】サンタクロース
「あの~…あの方は…その…や、やる気満々のようですよ…」
おどおどした態度が母性を誘う。わらし遊茄
【血統】座敷わらし
「熱くなって来たぜッ!まってろ!あと腕立て100回やれば準備万端だ!!…」
熱血?過ぎる男。悟闘獅子八
【血統】マヘス
「獅子八くんたら気が早いのよ~…止めてこなくちゃ」
川桐は一瞬迷いを見せた。確かに相手が相手ならこれ以上の実戦訓練は無いだろう。しかし、研修生達は言わずもがな素人同然。乙女撫子の様な被害者を増やしてしまえば本末転倒だ。
「川桐隊長、どうか御安心を。我々は命令には従います。これはあくまで私の意見ですので…しかし、いざとなれば我々では無く付き添いである者達に委ねてみても良いのかと。丁度来たみたいですし」
ルームの扉が開き、そこに姿を現したのは
「刃子の行方が不明になったのはこう言う事でしたか」
霧咲殺夜
「同じくあのバカも行方知れずだ、本部さんよ!」
火炎空子
「小羽は大丈夫だと思うが、説明していただきますよね」
業魔偽天
「……………っ」
暁永久
付き添いの4名。
川桐は一呼吸吐くと、なにが起こったのかを説明した。
一方で刃子は戸惑っていた。指示無しではどーしたらいいか分からない。そもそも何故向こう側の声がいきなり途絶えたのかも謎だ。状況が理解できないだらけで足が先に進む事を拒否してくる。だが本当にそれだけが理由なのか…何かの違和感、それに己刃の口から出た『変だ』『試験官が見当たらない』『気分が悪い』のキーワード
そして、ここから先に行けないもう一つの理由があるとするならば…
「うぐ!…な、なんじゃいな…これ…!頭が…痛い… ぐぬっ」
「大丈夫!?刃子さん!」
奇声と共にやってくる…
「これ以上…叫ぶでない!…頭が壊れる…」
「誰も叫んでない!しっかりして刃子さん!」
「否…あざ笑っている…アイツが…」
刃物を握る血まみれ老婆の存在だろうか…
" ア"ア"ア"ァ"ァ"ーッ… "
ふらふらとニヤけ面で迫りくる何とも醜い姿は表現の表し様がない。それほどまでに個性的でおぞましい怪物そのものだ。
「か…解ッ!…」
脳裏に鳴り響く不愉快な奇声に悶えながらも刃子は戦う意志を主張するが…
「解ッ!…解だってばッ!かーいッ!!」
老婆を前にしてその声も全てが闇へと沈み行く。なぜなら唯一の武器であるガントレットは声届かぬ他の場所へと寄り掛かっているのだから。
「自分に問いたい。まさか…」
瞬間に老婆は刃子へと乗し掛かり輝きをちらつかせる鋭い刃物を額へと振りかざした。
「あぶねッ!!」
両腕をクロスさせギリギリで防ぐも額には既に刃物の先端がチクっと刺さり微動だに動かない。つまりここが最終防衛ライン。少しでも力を抜けば考える暇なく即死。
「に、逃げるのだ…己刃とやら!非常に美味しくない事態が発生したっぽい…から」
「コ…コイツ…本物の…幽霊!…何で…ここは総本部じゃなかったのかよッ!」
「今はその疑問に対する答えを出すのは困難である!…お前は立ち去るのだ!ここは任せていいから!…」
「任せていいって…刃子さんピンチじゃないか!…」
「そう思うなら誰かを呼んでこいってのッ!!…それとも君が助けてくれるのかなッ!?…」
老婆は何故か対峙している刃子をよそにニヤリと顔を歪ませ己刃へと首を曲げていた。凍り付く様な視線に引きずり込まれそうな瞳。見られただけで一生憑き纏ってくるのではないかと言う恐怖心。
「い、いや…た、助けを呼んでくるよ…」
「あいよ…」
己刃は震える足に鞭を打ち。その場を走り去って行った。
「こんの…いつまで…」
刃子はいつまでも己刃の背を視線で追う老婆に対して
「余所見してますねんッ!!!」
潜り込ませた両足に力を込め一気に蹴り上げた。
ドゴンッ!!…
全力の蹴り上げは老婆を宙へと旅立たせ、刃子はその勢いでクルりと後転。
気づけば脳裏で騒ぎ立てる奇声も収まりを見せ、不利だった形勢も覆す事に成功。
「ヘルパーさんが来るまで相手してあげちゃうぞ。おばあちゃん」
" キャハァ"ァ"ァ"ア"ア"ーッ!! "
「孫だと思って殺しに来んしゃい」
" コ"ォ"ォ"ォ"ロ"ォ"ォ"ォ"ス"ゥ"ゥ"ゥ"ッ!! "
老婆は刃物を構え地面を思い切り蹴った。幽霊には歳と言う概念は存在しないのか、まるで短距ランナーの様に身軽で躍動感ある加速。
「嘘ッ!はっいえッ!!…」
刃子も負けじと持ち前の運動能力をフルに解放し鋭い突き刺しを側方宙返りを行う事によって回避する。しかし、安堵する暇など皆無。老婆は瞬時に後方へと体を切り返し刃子へ襲い掛かる
次に行われる無慈悲な残虐ショー。
「おっと、それは不味い…」
老婆による無差別乱打斬りだ。
" シ"ネ"ェ"ェ"ェ"ェ"エ"エ"ッ!… "
「ぅるせーッ!!」
刃子がこの攻撃に対して選んだ対抗手段は変わらず全力回避。相手の刃物を受け流す事も考えはしたが特別に武術を習っている訳でも無い。この場において唯一頼れるのは誰もが持っている反射神経と瞬発力のみ。ほんの少しでも反応した方へと躊躇せず思い切り体をもって行く、例えそれが無理な態勢からの命令であっても体を無理やり捻らせ動き続ける。その動きはさながらサーカスのアクロバットショーだ。しかし、それでも全てを回避できるハズもない。
「あ"痛"て"ッ!!…」「ぬ"お"ッ!!…」「い"ぎッ!!…」「ちょ…ッ!あ"た"ッ!!…」
" ツーカマエタ…キャハァ"ァ"ア" "
ついには頭を鷲掴みにされてしまった。
「んなっ…放せ…」
" 殺スノハ…ヤメダ。滅多ニ出会エナイ肉体ダ…貰ウ "
「貰うってなに!…いててて!」
"ウルサイ中身ダ…引キズリ出スカ…"
「え…なにその手は…何でウチの胸に触れてんの!?何する気なのだ!変態おばば!止めるのでありますッ!ちょ!」
老婆は片手のひらを刃子の胸へ押し付けたかと思うと力を込めながらゆっくりと自身の内側へと引いた。
「だあ"あ"あ"あ"あ"ッ!!」
老婆は刃子の魂を吸い上げる事で完全に脱け殻状態にまで追い込もうとしていたのだ。そうなれば刃子の肉体はただの入れ物に成り果て幽霊にとって快適な一軒家となってしまう。
「止めるのだぁぁぁああーッ!!!!!」
その時、老婆は何故か不思議な幻を目にした。それは草木が生い茂る森の中、背の高い謎の女が自身の間近で恐ろしく見下ろしてくる恐怖のビジョン。
"オ前…既ニ…呪ワレテイルナ?"
本部の監視ルームでは研修生達を映し出すモニターの復旧作業が急速に行われる中で現場の音声だけが川桐達へと微かな情報を与えていた。
「既に呪われてる?…霧咲くん、彼女は何処かで被害に遭った事があるのか?」
川桐はその事に引っ掛かりを持ち殺夜へそう尋ねた。
「いえ、我が部隊に編入したのもつい最近ですしそのような事実は…」
「そうか…」
すると突如して刃子の様子が一変。狂った様に雄叫びを発し悶え苦しみ出したのだ。
「刃子ッ!…」
悪魔とも言える怪物が今。漆黒の底から顔を覗かせる
刃子の魂を抜き取る筈だったその行為が彼女の中の眠れる獅子を起こしてしまうなど老婆は考えもしなかっただろう。
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ーッ!!」
"イッタイ…ナニガ…"
思わず老婆は刃子から手を放し後ろへと退けぞるが既にてを遅れ。
刃子の肉体は大人の様に成長を遂げ、頭髪は獣の如く逆立ち始めた。
瞳は鋭くつり上がり存在感は圧倒的重さを感じさせる
"誰ダ…オマエ…"
「フーっ…下等な悪霊が気安く我を誰だと宣うか…その無礼…地獄を繰り返しても償えんと知れ…」
一方で果実と小羽はと言うと。
「もう無理ッ!限界ッ!!吐きそう…うぐっ」
「止まったらダメよッ!!吐きながらでも走りなさいッ!」
未だに迫り来る子供の悪霊を全力疾走で振り切ろうとしていた。
「幽霊よりもお前に殺されそうなんだがッ!!?」
出口へと繋がる階段も悪霊の力によって塞がれ、逃げると言っても5階の廊下をぐるぐると回るだけ。
「決めた…私はやるぞッ!!こんな永久マラソン耐えられるか!」
「あなたッ!…」
果実は両足で急ブレーキを掛け迷わず振り向いた。
「うぐっ…ナメるなよ!囚われろ!グラビティ・プリズ…っ オ"エ"ェ"ェ"ッ!…」
「本当に限界だったのね…」
子供の悪霊はスキだらけの果実へ近寄ると背後を陣取り首へと腕を回した後に思い切り締め上げる
"イッショニ遊ボ?…オ姉チャン…"
「んーッ!!…」
ヤバいと焦った小羽も同様に立ち止まり。
「その子を離しなさいッ!フェアリー・ダイブッ!」
援護に向かう。
「からの…超加速!一閃蹴りをくらうがいいわッ!」
しかし悪霊は直前に姿を消してしまい、残った的は膝を付きうなだれる果実の後ろ姿だけ。
「げほッ!…はぁ…はぁ…一瞬でも来世の心配をした自分を殴りたい…」
「嘘でしょーッ!!止まってぇぇえーッ!!!」
「んっ?…」
ガコンッ!!!
一閃の如く蹴りは見事、果実の後頭部へと直撃…
上半身は勢いのままに倒れ込みさっきまで嘔吐していた地面へとノーガードのまま衝突。
「な…なんで…私ばっかり…」
「ご、ごめんね?…」
「ごめんね?じゃねぇッ!!ちゃんと前見て攻撃せんかいッ!!」
「まさか消えちゃうなんて…ね? クサ…」
「なに〔?〕←多様してんだよ、おー?軽々しい態度してんじゃねーぞッ!!」
二人の会話など悪霊にとってはどうでもいい事。それ即ちお構い無し。
「げっ!来るわよッ!」
「なにが…っ!!」
"アーソボッ!!…"
ゴンッ!!
振り向いた瞬間、果実は顔へと激しい衝撃を受け。とんでもない激痛に見舞われる事となった。
「んがッ!!…」
小羽の飛び蹴りを見ていた悪霊はその動きを真似て果実の顔面目掛け同じ様に飛び散り。鼻血は噴水の如く吹き荒れ、真っ赤な花火を咲かせる。
"アハハハ!…ヤッツケタヤッツケタ…"
「この…やろ~…」
バタンッ…
「ちょっと!私を一人にする気!?起きなさいよッ!」
"次ハ貴方ノ番ダネ…イッパイ遊ボ姉チャン…"
「もぉ!…なんでこうなるのよーっ!…」




