潜り込む鼠三匹
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「なあ月天丸、これどういうことだ?」
「私の方が聞きたいわ」
俺が教団を抜けてからおよそ一週間後。
いきなり月天丸から例の炊き出し場に呼びつけられ、向かってみたら予想外の光景が広がっていた。
「は~い。みなさ~ん。今日も地道な修行頑張ってね~。せいぜい努力して、あたしみたいな天才を目指しなさ~い」
豪華絢爛な神輿で担がれている二朱の姿である。
いいや、それだけではない。
よく見れば、神輿を担いでいるのは一虎と三龍である。彼らもまた教団の正装らしい白装束に身を包み、似合いもしない神妙な表情を浮かべている。
「また貴様らは変な企てを働いているのではないか?」
「いいや……俺は何も聞いてないぞ」
確かに悪辣な兄姉たちが俺を抜きに計略を巡らせている可能性は否めない。
しかし、それよりも真っ先に考えられるのは――
「さてはあいつら、潜入調査のつもりで教団に入信して見事に騙されたな? まったく呆れた兄姉たちだ。あんなチャチなペテンに引っかかるなんてな……」
信じがたいものを見るような形相で月天丸がこちらを振り向く。きっと兄姉たちの愚かしさに瞠目しているのだろう。
「というか貴様ら、よく皇子だと気付かれんな。演説のときに顔を晒しているだろうに」
「あんな遠目じゃ人相もよく分からんしな。それに、あの馬鹿そうな顔を見て皇子だと思えるか?」
「まったく思えん」
相変わらず月天丸は俺の方を凝視している。兄の色男っぷりに感銘を受けているのだろう。
「まあ、とりあえず説得してくるか……。あんなのでもいちおう兄姉だしな」
教団から抜けた俺が迂闊に近づくと悶着の種になりそうなので、神輿を揺らす馬鹿三人に向けて強烈に殺気を放つ。勘だけは鋭い三馬鹿は、一瞬でこちらに目線を向けた。
挑発するように指でちょいちょいと手招きをして、月天丸とともに廃屋の物陰に隠れる。
「よし。これであいつらを誘き出せるはずだ」
「貴様ら、いつもあんな風に殺気で意思疎通しているのか?」
「これが一番手っ取り早いんだ」
実際、手っ取り早かった。
喧嘩を売られたと判断した三人が、戦意を漲らせてすぐにこちらの物陰へと踏み入ってきたのだ。
「おう四玄。やんのか?」
「いきなり殺気放ってくるなんてご挨拶じゃない」
「少しばかり灸を据えないといけませんね……」
まったく沸点が低い兄姉たちである。
もっと俺のように穏やかで広い心を持つべきだ。
「まあ待て兄上たち。殺気を浴びせたのは謝るが、悪気はない。むしろ俺に感謝して欲しいくらいだ」
「あ? どういうことだ?」
ボキボキと拳を鳴らす一虎が首を傾げる。
「俺はあんな詐欺教団に騙されてる兄上たちを見過ごせなくて、引き止めるために殺気を放ったんだ。というわけで俺に盛大に感謝して崇めろ。今後は四玄様と呼べ」
「なぁに言ってんのよ。あんたみたいな馬鹿と一緒にしないでよ。あたしが騙されるわけないでしょ」
「……何だって? じゃあ何のためにこんなことを?」
ふんと二朱が鼻を鳴らした。
「金よ! 前に燃えたあたしんちの再建費用が足りないのよ! 真面目にコツコツ働いて稼ぐなんか死んでも御免だったけど――いい稼ぎ見つけたわ! なんたってチヤホヤされてるだけで勝手に寄付したがる奴が群がってくるもの!」
演説の一件で二朱が燃やした家は建て直されこそしたが、以前ほど豪華な調度品は揃っていない。あんな馬鹿で焼失させてしまったため、皇帝が宮廷費用の支出を許さなかったのだ。
「……待て」
と、そこで月天丸が割り込んできた。
「あの教団は寄付とかインチキ商売はしていないのではなかったか?」
「ええそうよ。だから、寄付の受付はあくまで『あたし個人』がやってることよ。壺とかお札もお守り的なものが欲しいって人がいるから、『あたし個人』が特別に譲ってあげてるだけ」
「最悪だな……」
要するに、信徒を広げつつある教団の知名度に便乗して自身がインチキ商法を始めたということか。
「じゃあ兄上たちはわざわざそれを手伝ってるのか?」
「ふっ。僕がそんな器だと思いますか?」
尋ねると、三龍は不敵に笑った。
「今、この教団はじわじわと民衆に支持を広げています。やがて若い女性信徒も増えてくることでしょう。そのとき僕が幹部にまで登り詰めていれば、その地位を利用し……もうお分かりですね?」
「悲しくないのか貴様?」
「もはや手段は選べないのです」
月天丸は蔑みに満ちた目で三龍を眺めている。
おそらく女性信徒が増えたところで三龍が手を出せる未来は来ないだろう。口説いて気持ち悪がられて逃げられるのが落ちだ。
今までも皇子という肩書が十分にあって無駄だったのだから、付け焼刃の地位や名誉は何の武器にもならない。
「じゃあ虎兄は何が目的なんだ?」
「えっ。不老長寿の秘密を探るためじゃねえのか?」
この流れで一虎の純粋な馬鹿さは唯一の癒しだった。
二朱と三龍が穢れに満ちた思惑を抱える中、一人だけ清らかに馬鹿だったようだ。
「あら、馬鹿白髪ったら本気で信じてたの? あんな体操に効果があるはずないでしょ」
「マジかよ……。ちくしょう、オレとしたことが真面目に修行しちまったぜ。ほらこれ見ろよ、真面目に修行するために秘伝書まで盗んじまった」
「ちょっと待て。何が真面目だ」
一虎が懐から古めかしい巻物を取り出すと、月天丸が語気を尖らせた。
「真面目だろ? 修行するために盗ってきたんだから。まあ、普通に秘伝を教えてもらうまで修行するのは面倒だから手っ取り早く金庫壊したんだけどよ……」
「なぜ貴様らはそういうゴミみたいな行動しかできんのだ」
「まったくだぞ虎兄。盗むにしても破壊なんて下策中の下策だろ。すぐに足がつく。俺はちゃんと隙を見て鍵を盗んだぞ」
「……は?」
月天丸が今度は俺の方を振り向く。
「ああ。俺も体験入信してたときに金庫こっそり開けて秘伝書を写したんだ。ぱっと見で意味が分からなかったからすっかり忘れてたけど」
「盗人の私が言うのもなんだが、貴様らは倫理観をもう少し高めろ。なんの躊躇いもなく盗みを働くな」
「だけど盗んでくれって言わんばかりに無防備だったしな。鍵の置き場とかモロ見えだったし、金庫に見張りもいなかったし」
あれなら俺に限らず誰でも盗めたことだろう。馬鹿の一虎は鍵にまで目が届かず単純に破壊したようだが。
そこで二朱が一虎に向かって手を伸ばした。
「ま、せっかく盗ってきたならとりあえずその秘伝の巻物とやら見せてみなさいよ馬鹿白髪。商売のタネになるかもしれないわ」