邪悪な謀
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素早くはあっても膂力が足りない。月天丸の飛び蹴りを受けても俺は鼻血すら流さなかった。
「この馬鹿めが! 死ぬほどあっさり洗脳されおって!」
「待ってくれ月天丸。俺ほどの男がそう簡単に洗脳なんてされると思うか?」
「欠片ほどの説得力もないわ」
俺は人並み外れた頭脳と冷静さを併せ持つ才人である。そんじょそこらのペテン師に騙されるような器ではない。
「まず落ち着いて考えてみろ。これまで、俺があまりにも優秀すぎると疑問に思ったことはないか?」
「頭の残念さを加味すれば凡人以下の才だと思うぞ」
「そう。俺の才能は二物や三物どころじゃすまない。まさに天に選ばれた存在なんだ」
「人の話を聞け」
月天丸が鞘に入ったままの小太刀でべしべしと俺の頭を叩いてくる。痛くも痒くもない。
「だいたい百歩譲って貴様が優秀だと認めるにしても、奴らの教義が正しいという証拠はどこにある? 森羅万象がどうこうではなく、親譲りの能力と考えるのが自然だろう」
「ふ、もちろん俺だって最初は疑ったさ」
おだてられたからといって教義を鵜呑みにするほど俺は愚か者ではない。『千年に一人の逸材』と称されて気分がよかったことはよかったが。
「潜入調査だったからな。嫌々ではあったが、奴らの修行に付き合ったんだ」
「修行?」
「ああ。森羅万象の気力を取り込む修行とか言ってた。それを試したら――身体の内からみるみるうちに力が湧きだしてきたんだ」
「今までも力は無駄すぎるほどあったろうが。で、その胡散臭い修行とやらはどんなのだったのだ?」
ぜひこの修行法は月天丸にも勧めたかったので、俺は自信をもって指を立てる。
「早寝早起き。暴飲暴食は控える。朝の森羅万象体操。これを試しただけで、俺の身体は見違えるように軽くなった」
「単に無駄飯喰らいの生活習慣が改善されただけではないか」
「いいや、それだけじゃない」
確かに月天丸の言い分も否めないが、健康改善以上の効果を俺は実感していた。
「まず考え方が前向きで明るくなった」
「元からだろうが」
「行動力が身に付いた」
「元からだろうが」
「働かないことへの罪悪感が消えた」
「元からだろうが」
三連発で月天丸から指摘を受けて俺は「ん?」と首を傾げた。
言われてみれば確かに元からそんなに変わっていない気もする。
――しかしそれでは困る。
「だけどな月天丸。仙人っていうのは日がな一日寝て暮らして、不老不死で霞食って暮らせる最高の存在なんだ。まさに怠惰の究極体だ。あの教団の言い分が嘘だったら、俺をその領域に導いてくれるって話がナシになっちまう」
「貴様……結局は都合のいい話を信じ込みたいだけだったのか。そんなことだろうとは思ったが……」
月天丸がげんなりとした顔で頭を掻く。
「仙人などという迷信じみた者が実在するわけなかろう。そもそも貴様が頑丈だから仙人の素質があるというなら、皇帝なんかはとっくに仙人の域すら越えているだろう」
「あ、そうか。というか、そもそも目的は俺じゃなくてあの親父を不老不死にすることだったな……すっかり忘れてた」
「恐ろしいほど簡単に目的を見失うな貴様は」
まあ、いざ冷静に考えてみたら隠居同然の仙人暮らしというのは性に合わないかもしれない。
俺のような洗練された感性の持ち主には、最先端の街中暮らしが似合うし、太く短く生きてこそ得られる興もあろう。
どうやら教団でおだてられて俺の目も少しばかり曇っていたようだ。
一瞬で仙人への未練を断ち切り、俺は次の手を考える。
「じゃあどうするかな。親父にそれとなく入信を勧めてみるか?」
「『それとなく』でやれると思っているのか? というかまだ仙人とかのホラを信じているのか貴様」
「疑わしくなってきたけど、病は気からっていうだろ? 仮にインチキだとしても、あの親父が本気で信じ込めばその思い込みだけで寿命が100年くらい伸びそうじゃないか?」
「なんかわりと否定できんな……」
納得しかけた様子の月天丸だったが、ややあってぷるぷると首を振る。
「って、そんな戯言はどうでもいいのだ! 貴様の潜入調査で成果がなかったら、当初どおり錬副とやらに連絡する手筈だったろうが。もうそれでいいのだな?」
そういえばそういう約束だった。
まあ、構わないだろう。無害な団体なら錬爺も放っておくだろうし、潰されたらそれは何かしらインチキを働いていたということだ。
俺も仙人になる気が失せたから、これ以上修行をするつもりもないし。
「ああ。お前の好きに――」
「待ちなさい」
そのとき、廃屋の戸口がいきなり開かれた。
不敵な笑みを浮かべてそこに立っていたのは、二朱である。
「姉上。どうしてここに?」
「あたしの方でもあの教団を調査しておくって言ったじゃない。その報告よ」
二朱がおどけたように肩をすくめる。
「とりあえず不老長寿についてはスカね。あんなチャチな体操で不老長寿になれたら誰も苦労しないわ」
「まったくだ」
俺がしげしげと同意すると、月天丸が冷めた目線を送ってきた。
だがすぐに俺から二朱へと視線を移して、
「ならば奴らの危険性はどうだ? 何か怪しい企みでもしているのではないか?」
「ええ。あんな怪しい宗教なら絶対どこかでインチキ商売したりしてるとあたしも思ったんだけどね。阿呆みたいに健全だったわ。炊き出しは無料だし、騙されたっていう被害者もなし。今ここで報告しても錬爺は動かないでしょうね」
「ならば無害な連中ということか?」
「今のとこはね」
なんともモヤモヤした話である。
限りなく怪しくはあるものの、白とも黒とも断定できないとは。
「分からない連中よねえ。あたしだったら適当な壺とか札とか売りつけて稼ぐのに。全然そんな気配もないってんだから」
「まあ……ならば様子を見るとするか……」
不承不承と頷く月天丸。
ひとまず取り急ぎの危険性はないということでこの場は決着がついたようである。
と、二朱がそっと俺の傍らに近寄ってきて、小声で囁く。
「ところで四玄。あんた潜入調査してたって話だけど、どんな待遇だったの?」
「ああ。千年に一人の逸材って扱いで、このまま在籍してればトントン拍子の出世が確約だったぞ」
もう修行が面倒になったので、このままトンズラするつもりだが。
「それがどうかしたのか姉上?」
「いえ? ちょっと参考までに聞いてみただけよ。参考までにね」
そう繰り返す姉の顔は、いつにも増して汚らしい表情を浮かべていた。
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