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父危篤

 ――皇帝が体調を崩した。


 恐れていたことがついに現実になってしまった。これまで一度も病らしい病を得たことのない皇帝ではあったが、やはり過労による衰えなどもあったのだろう。


「お父様が臥せったとなれば、もはや一刻の猶予もないわね」


 舞い戻った軍議室で、二朱は深刻そうに言った。

 皇帝が体調不良を訴えてすぐ、俺たちは四人で看病をしようと申し出た。四人で枕元を守りながら、その回復を支えようと。


 しかし、拒否された。

 それはもう、とんでもない剣幕で拒否された。


 あれは父として子供に弱ったところを見せたくないという、皇帝なりの矜持であったのだろう。裏を返せば、それだけ病状は深刻ということかもしれない。


「僕らが気付いていなかっただけで、父上は何か持病を抱えていたのでしょうか。だとすれば不覚を悔やむばかりです」

「あの親父もやっぱり人間だったってわけだな……」


 三龍と一虎も父の容態を案じて、珍しく殊勝な顔をしている。


 これは深刻な問題だ。このまま万が一にも父が逝去してしまえば、誰かがすぐにでも皇位を継がねばならなくなる。

 生ける屍みたいな状態に成り果てても構わないから、とりあえず息だけは続けてもらわないと困る。


 ここで俺は一つ提案をする。

 懐から取り出すのは、以前に月天丸から貰った手紙だ。


「聞いてくれみんな。前に月天丸から情報提供があったんだが、城下では今、不老長寿を唱える健康法が流行っているらしい」

「ああ、噂には聞いたことあるわ」


 すぐに二朱が反応を見せた。やはり彼女は情報が早い。


「小耳に挟んだだけで、わざわざ調べたりしたわけじゃないけどね。でも、あんまり期待はできないと思うわよ。よくある胡散臭い新興宗教の類じゃないかしら」

「もちろん俺だって完全にこれを信じるわけじゃない。だけどやっぱり、人知を超えたあの親父に普通の健康法じゃ迫力不足だ。さっきまでの努力も無駄だったしな。賭けてみる価値はあると思わないか?」


 月天丸はこの手紙を錬爺に渡せと言っていた。

 だが今このときまで、俺はこの手紙を懐に隠したままだった。いざ兄弟だけでの対処に困ったとき、最後の手として頼ろうと考えていたからである。


「月天丸も今、この健康法の発信源について調べ回っているらしい。とりあえず合流して俺も協力してみようと思う。姉上も調査を進めてくれないか?」

「……そうね。調べてみて損はないものね」


 今度は一虎・三龍に振り向き、


「兄上たちは親父の病状が悪化しないよう、断られても粘り強く看病を申し出続けてくれ。きっと内心では親父も喜ぶはずだ」

「へっ、分かったぜ。たまには親孝行ってやつもしねえとな」

「ええ。僕の秘蔵の薬を食事に盛ってあげるとしましょう」


 よし、乗ってくれた。

 これで病症の皇帝は、一虎と三龍への好感度を高めることだろう。もしこのまま回復せずに逝去した場合、臨終の際にはどちらかを指名するはずだ。

 どうせ調査役には使えない二人なのだから、ここは人柱になってもらう。


 俺の魂胆を察したらしい二朱だけが、扇で隠した不敵な笑みをこちらに向けていた。


「じゃあ俺は月天丸のところに行ってくるから、後は任せた」



――――――――――――――――……



「というわけで、力を貸してくれ月天丸」

「何が『というわけで』だ。またこんな下らん罠をしかけおって」


 幸いにも月天丸の根城は以前の廃墟から変わっていなかった。

 そして逢いまみえる構図も前と同じである。外出中に俺が仕掛けておいた罠に捕らえられ、月天丸は逆さ吊りの状態となっている状態だ。


 が、さすがに対策は練っていたらしい。

 草鞋の踵に仕込んだ剃刀の刃で、すぐに宙吊りの縄を断って着地した。


「この前渡した手紙の件かと思って話を聞いてやれば……いうに事欠いて皇帝を不老長寿にするだと? いよいよ脳みそが腐ったか貴様。そんなインチキ臭いものが現実的にありえるわけないだろう」

「だけどあの親父は胸筋で砲弾を跳ね返す怪物だぞ。現実味でいえば不老長寿とどっこいだ。かりにインチキの健康法でも、本気で信じ込ませればその力だけで不老長寿になりそうな気がしないか?」

「なんか一概に否定できん気がするのが悔しいな……」


 しかし、と月天丸が俺に糾弾の指を向けた。


「だからといって協力などするものか。だいたい私は、その手紙をあの錬副なる男に渡せと言ったろう。なぜまだ貴様が持ち続けている」

「だって錬爺に渡したら風紀維持のためにこの長寿法が取り締まられるかもしれないしな……」

「それでよいだろうが」


 ほとんど舌打ち気味に吐き捨てた月天丸だったが、ややあってから長いため息をついた。


「……実をいうとな、あれから私もいろいろと調べたのだが、やはりキナ臭いのだ」

「やっぱりインチキなのか?」

「長寿法自体の真偽は知らん。私が聞き回ったのは、噂の出元だ」


 腕組みして考える様子を見せる月天丸。


「最近、貧民街で炊き出しをやっとる連中がいるんだが、どうもそいつらが広めているらしい」

「炊き出し?」

「ああ。雑穀飯に漬物くらいの簡単な飯だが、タダで振る舞っているようだ」

「いいことじゃん。お前の義賊活動に似てるし。それでもキナ臭いってことは、なにか他に変な問題でも起こしてるのか?」

「いいや、そいつらから被害を受けたという者は誰一人いない。炊き出しで腹を下したという者もいなければ、インチキ健康法で金を巻き上げられたという声もない」


 だからこそ、と月天丸は続ける。


「なんか逆に怪しい。私も義賊活動でちょっとだけ上前を跳ねてはいる。そんな気配すらちっともしない分、かえって怪しい気がするのだ」


 確かにいくら粗末な飯とはいえ、炊き出しを継続的にやるには金も労力もいるだろう。もしかすると篤志家が支えているのかもしれないが、そこで裏を勘繰るのは悪党を相手にしてきた月天丸だからこそか。


 だが、不老長寿の噂を広めている連中がどこの誰か分かったのはありがたい。


「まあ、とにかく今度その炊き出しに案内してくれ月天丸。直接会っていろいろ聞いてみたいから」


 中年によく効く健康法などについては、特に重点的に助言してもらいたい。


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