放っておけない人だから
「なあ月天丸。確認するが、ふざけてるわけじゃないよな……?」
「なっ、何を言うか! ふざけるどころか名案中の名案であろう!」
「税のかかった専売品の密売は重罪だぞ。いくらお前でもバレたらタダじゃ済まん」
俺が問題点を指摘してやると、月天丸は表情を失ってから眼を背けた。
「な、なんだそうだったか。早く言えそれを。いやしかし残念だ。そういう縛りがなければこの上ない策だったと思うのだが……」
「それに、酒の醸造にどれだけかかると思ってるんだ。技術も麹もいるし。米と水があったところで、素人仕事で簡単にできることじゃないぞ」
「そこは、うむ、あれだ。いい出来になるまでの間は、その辺の酒を買って水とか混ぜ物で薄めて売ればだな……」
「やめろ。また新たな罪を重ねるな」
俺は慌てて月天丸の口を塞いだ。
ここに至ってとうとう俺も確信する。月天丸は――普通の生活能力がない。
考えてみれば、天涯孤独で盗みだけを生業にして生きてきた少女である。一般常識を身に付ける機会がそうそうあるとは思えず、正業での稼ぎ方など知識皆無に違いない。
「とにかく、落ち着くんだ月天丸。そこまで背伸びした稼ぎを考えなくていい。まずはもっと身の丈に合っただな……」
「何を言うのだ。せっかく貴様もやる気になっているのだから、ここは一つでかいことをやってみるのが吉というものだろう」
知らず知らずのうちに俺の額にはびっしりと汗が浮いている。
月天丸は人格高潔にして能力万全の第五皇子として、次期皇帝の筆頭候補として君臨していた。
それがどうだ。
この実態が明らかになれば、瞬く間に候補から転落しかけない。ある意味で兄姉たちより悪質な無自覚のポンコツっぷりである。
「俺のことはいいんだ。気を遣わないでくれ。お前の世話にならなくても、どっかその辺で力仕事でもしてくるから」
「む……? 何だいきなり。気持ち悪いぞ。また何か企んでいるのか?」
「信じてくれ。俺が変な企みなんてしたことがあるか?」
「片手では数え切れんほどにあるだろうが」
反論する月天丸の背中を押し、なんとか来た道を引き返させる。
「こ、こら。何を勝手に帰ろうとしている。貴様に協力すると言った以上、私も何かせねば示しというものが……」
しかし、月天丸は踏ん張って抵抗を続ける。やたらと強情である。
この律義さは長所ではあったが、今この場においては厄介以外の何物でもない。
どうすべきか。
しばし悩んだ末、俺はふとある仕事を思いついた。
「そうだ月天丸――お前にぜひ就いてもらいたい仕事があったんだ。俺も頑張るから、お前もそっちで頑張ってくれるか?」
――――――――――……
場所は変わって、月天丸の住処の小屋。
俺はそこで、宮廷の手配師から預かってきた羽織を月天丸に被せていた。
「おい待て。是非にと言われたからついてきたが――何だこの格好は」
「何って、俺就きの侍女の仕事だよ。ほら、今までお前って身元があやふやだったから、宮廷に入るときも塀を越えて入らないといけなかっただろ? 俺就きになれば、堂々と正門から入れるし。仕事の給金も出るから一石二鳥だろ? ここで存分に実力を発揮して頑張ってくれ」
「そんなことを言っているのではない。なぜ私が貴様の侍女にならねばならんのだ」
もちろん、月天丸に侍女としての役割を期待しているわけではない。
城下で無駄に張りきらせると何をしでかすか分からないから、どうとでも始末のきく宮廷に連れいこうという計画である。
しかし、俺の兄としての気遣いを理解せず、月天丸は衣の上着を投げ捨ててずかずかと小屋から出て行こうとする。
俺は慌ててその前方に回り込み、月天丸の両肩を力強く掴んだ。
「聞いてくれ月天丸」
「な、何だ。顔を近づけるな気持ち悪い」
「お前は働かなくていい。お前が義賊から足を洗っても――どんな状況になっても俺がしっかり働いてお前の分まで稼ぐから、どうか無理はしないでくれ」
「お、おお……?」
ぎょっとした表情になって月天丸が俺から飛び退く。
「まあ、うむ。何があったかは知らんが、貴様もずいぶんと殊勝な心掛けを身に付けたようだな。その意気を忘れず、しっかり働くのだぞ」
「ああ、任せろ。お前を養えるだけの食い扶持はしっかり稼ぐつもりだから。どうか俺のそばでずっと安心して暮らしていてくれ。絶対に悪いようにはしないから」
月天丸にボロを出させるわけにはいかない。
多少ばかり俺が労を背負おうとも、箱入りとして匿っておかねば。
互いの合意が得られたところで、俺はほっと胸を撫で下ろす。月天丸も納得したかのようにうんうんと何度も頷く。
しかし――それから少し時間が経つうちに、月天丸の顔がどんどん紅潮し始めていった。
「ん? あれ? ええと。養う? そばで? ずっと?」
「おう。俺も男だ。そのくらいの器は――」
どん! と。
月天丸が外への戸口をぶち破っていきなり疾走を始めた。
「ああっ! どうした月天丸!」
「そっ……そうはいくか! その手には乗らんからな! 私がそんな甘言で惑わされると思ったら大違いだからな!」
いつにも増して凄まじい速度で逃亡していく月天丸。だが、野放しのままボロを晒されるわけにもいかない。俺も懸命になって追い縋る。
「待て月天丸! 俺のどこが不満なんだ! お前に不自由させないくらい稼ぐ所存だぞ! だから俺のそばにいてくれ!」
「そういうことを言いながら私を追い回すな! いいからあっちいけ馬鹿めがぁ――っ!」
この追走劇は、日が暮れるまで延々と続いた。
これにて五章完結となります!
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