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人柱は誰か


 月天丸による労働勧告を受けた後、俺は単身で街外れの獄舎に赴いていた。目的はもちろん、そこに収監された男の身柄確保である。


「釈明をさせてもらいたいのですが、僕は決して媚薬や惚れ薬といった禁制薬を売りさばいたわけじゃありません。売っていたのはマムシの血を原料にした健全な精力剤です。つまり皇子としての風聞を汚すような罪は犯していないというわけです」


 釈放されるなり、三龍は聞いてもいない弁明をつらつらと述べた。もちろん俺は適当にしか聞いていない。いまさら何を言われようと、三龍が皇子の中の面汚しであるという評価は覆らない。


「ところで四玄、なぜ僕を迎えに来たのですか? こちらとしては獄舎暮らしも満更ではなかったのですが……もしや養ってくれるのですか? これは兄孝行ですね。いい弟を持ったものです。ありがたく寝食を世話になるとしましょう」


 限りなく都合のいい解釈を述べ立てる三龍に対し、俺は辟易した顔となる。


「寝言は寝てから言ってくれ龍兄。俺があんたの面倒を見ると思うか?」

「いいえ微塵たりとも。とりあえず一縷の希望に賭けて言ってみただけです」


 笑いながら両袖に腕をしまう仕草を見せる三龍だが、今はいつもの宮中服ではなく襤褸切れ同然の囚人服である。袖というより腕にまとわりついたゴミ布としか見えない。


「実はだな、月天丸が俺たちに働き口を用意してくれるっていうんだ」

「ほうほう。さすが僕らの妹。非常にありがたい話ですね――まあ、僕は遠慮させていただきますが」

「なんでだ?」

「獄舎で病人のフリをしているのが一番楽でいいんですよ。食事番まで遠巻きにしてくるのは困りましたが、場合によっては一時脱獄して厨房から何か取ってくればいいですし」


 どうやら三龍はこの都にあって自らの安息の地を見つけたらしい。我が兄ながらぴったりの場所だと思う。

 しかし今ばかりはそれを許すわけにはいかない。


「単刀直入にいう。虎兄と姉上もお前と同じだ――月天丸の呼びかけから逃げる気だ」

「でしょうね」


 既に借金で生活費を確保していた二朱は当然として、窮乏していた一虎も生存能力だけは無駄に高い。残飯漁りという秘技を教えた以上、これからも野犬のごとく生きていくに違いない。

 つまり、月天丸の提案に応じる必要性がないのだ。


「そしてもちろん、俺も働くつもりはさらさらない。しかし可愛い妹の善意を兄姉全員で揃って無碍にするわけにはいかない。せめて一人だけでも付き合ってやらないと不憫だ。だから龍兄、人柱になってくれ」

「働けというわけですか。この僕に」

「もちろん礼はする」

「ほう……」


 目を光らせる三龍に向かって、俺は用意していた秘策を告げる。


「龍兄の付きになってる筋肉坊主――あれを俺の方で引き受けてもいい。俺には侍官がいないしな。龍兄の侍官がまた空座になれば、新しい侍女を呼べるんじゃないか?」

「その程度ですか。僕も甘く見られたものですね」


 やれやれと首を振って三龍は呆れ笑いを作った。

 馬鹿な。最近、二言目には「なぜ男が」「出会いがない」と呪いを吐き続ける三龍である。この案に飛びつかないなど考えられない。


「そんな甘言には乗りませんよ。僕は既に宮中の手配師から宣告されているのです。侍官をどんなに変えようと、僕の侍官は今後必ず男しか雇わないと」

「なるほど」


 俺は唸ってしまう。それもそうだ。そういう予防線がなければ、三龍は筋肉坊主を初日で解任したはずである。


「それに四玄。今あなたは『俺には侍官がいない』と言った――つまり『俺はいつでも女官を付けられる』と僕に自慢したということです。これほどの侮辱を受けて、どうして頼みを引き受ける気になれるでしょうか」

「とんでもない被害妄想だな……」


 だいたい、と三龍は語気を強める。


「月天丸を最初に拾ってきたのは四玄、あなたでしょう。そのとき『ちゃんと面倒は見るから』と言っていたではありませんか」

「そうだったかな……?」

「言ってましたよ。だからここで人柱になるべきはあなたでしょう」


 珍しく一理あるかもしれない。

 俺は口元に拳を添えてやや考え込む。


 俺自身が積極的に働くことはまずい。しかし、月天丸に強制されて――という形なら有能さは隠せるかもしれない。面子を潰さない程度に付き合って、途中で逃げるという手もある。『皇帝からの勅命で何か用事を言い付けられた』とかの適当な理由を付ければ、怒られずに仕事を抜け出せるはずだ。


「その顔を見る限り、どうやら覚悟は決まったようですね」

「龍兄……」


 どこか温かみのある声をかけられて俺は三龍に振り向く。


 ――そこには、都の警備兵から手に縄を打たれている愚兄の姿があった。


「待ってくれ龍兄。あんた、この短い間になにをやったんだ」

「僕からほんの数秒でも目を離したのが運の尽きでしたね。この勝負、僕の勝ちです」


 警備兵は既に縄を引いて連行の姿勢である。


「おいこの不届者。喋ってないでとっととついて来い」

「ええもちろん。そう急かさずとも逃げませんよ」


 油断も隙もない。

 流れるような無駄のなさ。余裕の笑みすら浮かべ、一切の滞りなく三龍は獄舎へと歩んでいった。

いったい空白の数秒間で何をやったのか死ぬほど気になったが、簡単に手の内を明かす兄ではない。


 俺はいよいよ諦め気味に空を仰ぐ。


「明日か……」


 朝市で準備を整えるから日の出前には来い、と月天丸は言っていた。

 早起きなど性に合わないが、誰も来なければ月天丸の顔に泥を塗ることになってしまう。


 粒揃いの屑だらけの兄弟の中で、未だに月天丸が軽度の非行のみで済んでいるのは、ひとえに俺という模範的な兄がいるからである。ここで俺まで失望されては、月天丸までもが一虎・二朱・三龍と同列の吹き溜まりに堕ちる危険性がある。


 そうなってしまえば、月天丸を皇帝に仕立て上げる計画は破綻してしまう。


「仕方ないな」


 今回ばかりは妥協するほかない。

 月天丸もきっと、俺の才が溢れすぎない程度の絶妙な仕事を用意してくれているに違いない。なんせ月天丸は皇子の中でも俺の次くらいには優秀だ。その才を存分に発揮してくれるに違いない。


 心からそう信じて、俺は明日の朝を待つことにした。






 ―――――――――――――――――……


「……ん?」


 そして翌日の早朝。

 月天丸の根城の空家を訪ねた俺を待っていたのは、


「……うーん……ぬー……へっ……」


 奇妙な寝息を漏らしつつ、未だ爆睡している月天丸だった。


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