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やるときはやる男

「何が国の未来だ! さんざん回りくどい言い訳をして……要するに貴様、ただ単に働きたくないだけだろうが!」

「そう思われても仕方ない。だけど俺の誠意は本物なんだ、分かってくれ月天丸。もし養うのが無理ならちょっと小遣いくれるだけでもいいから……」

「ええい! この駄目人間めがさっさと出ていけ!」


 尻を蹴られて月天丸の根城から追い出される。なんたることか。俺は崇高な大志の元で行動したというのに、このザマではまるで追い出されるヒモではないか。

 承服できない。確かに毎日人に使われて働くのは面倒でやりたくないという感情があることは否定できないが、そっちはあくまでオマケ的な動機である。あくまで本心は大義のためだ。

 このままでは終われない。俺は説得せんと戸口に振り向いたが――


「しまった!」


 俺が蹴り出された後の一瞬の間に、既に月天丸は廃墟から抜け出して逃走を始めていた。慌てて見れば、廃墟のある裏路地から表通りに向かって全速力で駆けていく月天丸の姿がある。


「待ってくれ! 誤解なんだ聞いてくれ!」

「誤解も糞もないわ! 自己弁護でもっともらしい理屈を付けおって! 金が欲しけりゃ自分で働け!」


 月天丸にやや遅れて人通りの多い表通りに飛び出す。

 こうなると小柄な月天丸の方が人混みをすり抜けて逃げるのに有利である。事実、この状況でこれまで何度も撒かれてきた。

 俺は雑踏に足止めされながら、苦し紛れに月天丸の背中めがけて叫ぶ。


「頼む。今の俺にはお前しか頼れる奴がいないんだ……!」

「知るか!」

「確かに俺はまっとうな仕事で働くわけにはいかない。全面的にお前に食わせてもらうことになる。だけどその分はしっかり返すつもりだ!」


 俺とて何もせずに月天丸の稼ぎにあやかろうとしたわけではない。そこまで性根は腐っていない。

 地道にコツコツと働くことはできずとも、月天丸の義賊仕事を手伝うことはできる。元より暴れるのは得意だ。悪党の成敗に協力するのは望むところである。


 しかし想定外だったのは、この人混みの中に逃げられてしまったことである。

 衆目に晒されたこの状況で『月天丸の義賊仕事を手伝う』などとはとても言えない。そんなことをしては正体が知れてしまう。


 具体的な言及は避けつつも、月天丸だけに通じるように誠意を伝えねば。

 喧騒に負けぬほどの大声で叫ぶ。


「いいか! 夜だ! 俺はしっかり夜の方でお前の役に立ってみせる!」

「……は?」


 ぴたりと足を止めた月天丸がこちらを振り向いた。よかった。『夜の方』だけで通じるか不安だったが、しっかり義賊仕事と理解してくれたようだ。

 これを好機と見て俺は畳みかける。


「そうだ。働けない分、しっかり夜の方で恩返しさせてもらう。お前も俺の体力は知っているだろう。存分に大活躍するつもりだ!」

「い、いきなり何を言い出すか貴様! よりにもよってこんな街中で!」


 目に見えて狼狽し始める月天丸。俺がこのまま月天丸の正体を暴露してしまわないか気を揉んでいるのだろう。

 だが安心して欲しい。この天下の往来でそんな失言をしてしまうほど、俺は気の利かぬ男ではない。


「どうか期待していてくれ! 昼に働けない分、夜には倍以上で大暴れさせてもらう。きっとお前も満足してくれるに違いな――」

「だからやめんかコラぁ――――――っ!」


 いきなり取って返してきた月天丸が飛び蹴りを放ってくる。両腕を交差させて難なく防御した俺は、月天丸が逃走をやめてくれたことに微笑む。


「そう照れるなよ。こうして引き返してくれたってことは、合意ってことでいいんだな?」

「だだだ誰が合意だふざけるな阿呆が! というかその下劣な発言をやめろ今すぐ!」

「……下劣?」


 次々と浴びせかけられる蹴りをかわしながら、俺は首を傾げる。


「どういうことだ。俺はただお前の本業を手伝おうと思っただけだぞ? 下劣どころか世のためになることだろう」

「……あ?」


 今度は月天丸が首を傾げた。

 それから数秒の間で、みるみるうちに月天丸の顔がタコのごとく赤くなっていく。


「もしかして何か誤解があったか?」

「ななな、ないぞ! なんだそういうことか! いやいや最初から分かっておったからな! ぜんっぜん変な解釈とかしておらんからな!」

「そうか。じゃあ何卒よろしく頼むぜ」

「そ、そうだな。まあそういう殊勝な態度なら私も考えてやらんでもないが……」


 そのとき、俺と月天丸はふと会話を止めた。

 大通りの喧騒がすっかり止み、俺たちの周囲に人だかりができていたのである。そこから一人の婦人がすっと歩み出て、月天丸の近くにしゃがみ込む。


「ちょっとお嬢ちゃん。よしなさい。若いうちから甲斐性のない駄目男に捕まっちゃ人生御終いよ」

「は……? まっ、待て! 違うぞ! 断じてそういうのではないからな!」

「おい兄ちゃん。そんな子供に貢がせるたぁ男として感心できねえな」


 さらに人垣の中からガタイのいい中年男性も出てきて、俺の肩に手を置いてくる。

 この状況に至り、俺も察する――どうやら痴話喧嘩と誤解されているらしい。


 おおかた『愛想を尽かされかけたヒモが駄々を捏ねている』と勘違いされたのだろう。とんだ浅慮の早とちりである。客観的に何が違うか即座に説明するのは少し困難ではあるけども。


 とはいえ、月天丸の正体を隠蔽するにはそう誤解された方がかえって都合がよかった。俺が汚名を被ることで月天丸を護れるなら安い御用である。


 俺はあえてキザっぽく語調を取り繕い、


「やれやれ。無粋な旦那だな。嫉妬はみっともねえぜ。人の恋路に口を挟むのは野暮ってもんじゃ――ぐぁっ!」


 月天丸が俺の襟首を掴み、人垣を突破して猛然と疾走し始めた。


「お、おい待て月天丸。なんで止めるんだ。ああいう体を装った方が、お前の仕事の手伝いもしやすいだろ」

「やっぱりやめだ。手伝いもいらん」


 振り返りもせず、無慈悲な口調で月天丸が言い切る。



「――今から貴様を仕事の募集場にぶち込んでくれる」

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