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極めて真摯な頼みごと


 天から二物も三物も与えられた才人たる俺だが、唯一として恵まれなかったものがある。

 それは――人との縁である。


 今の人間関係を振り返ってみてもそれは明らかだ。

 父親はほぼ人外の筋肉生命体。兄姉たちは馬鹿の極み。臣下は俺を皇帝に祭り上げようとする厄介者たち。友らしい友もあったものではない。


 それゆえ、ひとたび窮地に陥ると俺が助けを求められる相手は限られてくる。そう、たとえば都にその名を轟かせる義賊であり、唯一信頼できる妹の――


「頼む。助けてくれ月天丸」

「それがこの状況で言うセリフか?」


 俺の目の前では、足を縄に取られた月天丸が逆さ吊りになっている。

 ここ数日間に渡る追跡調査の末、月天丸が郊外の廃墟で寝泊まりしていると掴んだ俺は、彼女の外出中にこっそりと罠を仕掛けておいたのだ。


「だってこうでもしないとすぐ逃げるしなお前……」

「そりゃそうだが、こんな手段で捕まえたところで貴様の頼みを聞いてやると思うか?」

「俺はお前を信じてる」


 呆れたようなため息をついた月天丸は、眉根に皺を寄せて目を閉じた。


「断る。貴様らに関わってロクなことになった覚えがないからな。今度はどんな馬鹿な事態か知らんが――」

「宮廷を放逐されたんだ」


 ぎょっとしたように月天丸が目を見開く。


「放逐? なんだ貴様。とうとう見限られて身分を剥奪されたのか……? いやまあ、遠からずそうなる可能性があるとは思っていたが……」

「そうじゃない。宮廷がみすみす俺ほどの逸材を手放すと思うか?」


 白けた顔になる月天丸の前で、俺は事の次第を説明する。


「そもそもの発端は三龍なんだ。セーナ嬢が滞在してる間、あいつが不穏な行動を取らないよう、宮廷から一時的に追い出すことになってな」

「あの姫君ならそんな気を回さんでも大丈夫だろう……あれは貴様らと同じくらいのアレだぞ」


 実際にセーナ嬢から襲われたことのある月天丸がうんざりした顔になる。事実、辛うじて逃げられたとはいえ、セーナ嬢は月天丸を脅かすほどには手練れだった。

 だがまあ、万が一ということもある。


「問題はそれからでな。皇帝――あの馬鹿親父が、三龍を追い出すついでに『他の連中もしばらく外に出せ』とか言い出しやがってな」

「貴様らもロクでもないことしそうだからな」

「馬鹿言うな。俺みたいな好青年が女性に問題行為を働くと思うか?」

「そうだな。ところで、そろそろ降ろしてくれるか?」


 逆さ吊りに揺れたまま月天丸が静かに要求する。

 俺は要求通りに縄を切る。落下した月天丸は猫を思わせる動きで宙返りし見事に着地。


「――で、だ。あの親父が言うには『お前たちはあまりに怠惰すぎる。世の者たちは懸命に働いて日々食っているのだ。その労苦を一度よく味わってくるがいい。それまで宮廷に帰ることは許さん』ってな」

「なんだ。要するに、社会勉強してこいということか。放逐などとは大げさな」


 逆さ吊りで凝っていたらしい肩を回しながら、極めてどうでもよさそうに月天丸があくびを吐く。


「それならほとぼりが冷めるまで、荷運びやら岩堀りやらの力仕事でもすればいいだろう。貴様の体力ならどこの仕事場に行っても重宝されて稼げるぞ」

「分かってないな月天丸。それが大問題なんだ」


 うん? と首を傾げる月天丸に俺は言葉を続ける。


「月天丸。お前もよく知ってのとおり、俺はあまりにも才に溢れすぎている」

「いいや知らんかった初耳だ」

「ひとたび都に出て働き始めれば、その才能が輝くのはあまりにも自明だ。人々の注目と関心を一身に集めた末――最終的には都一の大商人にまで登りつめてしまう未来しか見えない」

「一言も同意できんが、それだけ幸せな思考だけはある意味で才能といえるかもしれんな。というか、勝手に登りつめりゃいいだろう。金持ちになって何の損がある?」


 大ありだ、と俺は指を立てる。


「独力で大商人にまで登り詰めた皇子――その評判が轟けば、俺の次期皇帝の座が確定してしまう」

「そうかよかったな即位おめでとう私には一切関係ない」

「違うぞ月天丸。そうなったとき、都に訪れる混乱を考えろ。俺という大商人が皇帝になって商業の一線を退いてしまえば、国の経済の大黒柱が消えてしまう。たちまち恐慌が発生し、世には飢えと貧困が蔓延ることだろう。お前も義賊としてそんな事態は捨て置けないはずだ」

「よくもそこまで妄想だけで未来を語れるな……」


 俺は決して皇帝の地位を避けたいという我が身かわいさだけで行動しているわけではない。国の将来を真に憂えばこそ、こうして月天丸に相談を持ち掛けたのだ。


「というわけだ月天丸。これだけ言えば、俺が相談したい内容はもう分かっただろう?」

「皆目見当もつかん」


 この上なく分かりやすく説明したはずだというのに、月天丸はそっけない態度である。聡明なこの妹なら、とっくに話の筋は理解しているはずと思ったが――


 いや待て。


「そうか、そうだよな。助けを求めるにしては、俺の態度がなっちゃいなかったな」


 ふと気づいて俺は月天丸の前に跪いた。親しき仲にも礼儀あり。慈悲深き義賊の月天丸といえど、頼み事をするにはまず誠意を見せるのが肝要だ。


 そして真摯な視線を月天丸に向ける。


「俺は働くわけにはいかない――だから、しばらく養ってくれ」


 俺の顔面に月天丸の草鞋がめり込んだ。


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