飲んで忘ればそれでよし
「わざわざ付き合わせてすまんな」
「なに。大したことではない」
宮廷の隅に置かれた離れの宴室で、皇帝と酋長は酒の杯を交わしていた。
皇帝は自身の髭を撫でながら軽く笑う。
「しかし、政略結婚での友誼とはな……またロクでもない話をでっちあげたものだ。そんなことせずとも、貴様らのとこは寒すぎる。頼まれたって兵なぞ出すつもりはないわ」
「馬鹿をいうな。こっちからしたら、この国の方が暑すぎるのだ。夏場にもなりゃあ雪鹿どもが茹であがっちまう」
酋長もまた酒を手酌でついで一気に呷る。
「まあしかし、感謝する。うちの娘ときたら婚期も近くなってきたというのに、子供じみた夢見癖がいつまでも抜けんでな……。皇子様がどうのこうのと、お伽噺みたいなことばかり繰り返しおって。だから現実を見せてやりたくてな」
「ああ。うちの馬鹿どもを見ればそういう夢も覚めるだろう」
「来る途中もなぜか街道のど真ん中で喧嘩しておったが、ありゃあ生粋の馬鹿どもだな。さすがお前の跡継ぎだ」
「はっは。何も言い返せんのが癪だが、あまり無礼を言うと滅ぼしてくれるぞ」
「やってみろ」
皇帝は笑ってから宴室の窓ごしに外を眺める。
「営倉の見張りは解いてある。今頃、貴様の娘はうちの馬鹿どもの様子を見にいっているだろう。鎖で縛られた醜態を目の当たりにし、さらに頓珍漢な言動まで見れば百年の恋とて冷めよう」
「うむ」
そのとき、営倉の方角から悲鳴が聞こえた。どこか聞き覚えのある声質である。
皇帝が立ち上がって窓から外を見ると、そこには――
「思ったより幼げではありますが、こういう美少年の皇子様も非常にいいと思います! どうかわたくしと婚儀を!」
「ええい離せ! 離さんか! 私は女だ! 誰かっ! 助けてくれ襲われる――!」
「この際別にもう女性でも構いません! 皇子様は皇子様です!」
営倉の扉のあたりで、セーナ嬢に押し倒されている月天丸の姿があった。
隣で同じ光景を目の当たりにした酋長とともに、皇帝は一切の表情を消す。それから、ぴしゃりと窓の木戸を閉じる。
「もう少し強い酒にするか」
「そうだな」
――――――――……
「ほら、あたしの言ったとおりじゃない。女同士でもなんとかなるって」
「勝ち誇った顔をするな! というか貴様ら、さっさと助けろ! いやお願いだ助けてくれ頼む!」
「照れないでください! ぜひわたくしの伴侶に!」
もちろん鎖で縛られた俺たちは、口惜しいことに何もすることができなかった。
ただ二朱だけが、俺に向かって意味深なことを呟いた。
「可哀想だから責任は取ってやんなさいよ」と。
これにて4章完結です!
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