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獄中のお見合い


「ありがとうございます。この僕に会いに来てくださったのですね」


 真っ先に動いたのは三龍だった。こんな営倉に姫君が出向いてきたことに、当惑も動揺もなく、ただ前向きに縁談の話を進めようとしている。


「ええと、あなたは……?」

「三龍と申します。容姿端麗にして武芸秀逸。わが国でもっとも優れた男と自負しております。さあ今すぐ僕と誓いを!」


 にわかに三龍が暴れはじめる。鉄柱を折らんばかりの勢いでガシャガシャと鎖を揺らす様は、まさに血に飢えた野獣さながらである。


 セーナと名乗った姫はただ目を丸くしてその様子を眺めている。たぶん、始めて見る珍獣に理解が追い付かないのだろう。

 続けて珍獣二号が動く。


「よぉ姫さん。オレを見てくれ」


 一虎が辛うじて動く首と口を活かし、己が上着を歯で食いちぎった。鎖骨から胸筋までが顕わになる。


「――どうだ?」


 どうもこうもない。


 鍛え抜いた肉体でセーナ嬢を魅了しようと本人は考えているのだろうが、傍から見たらただの気持ち悪い露出狂である。

 案の定、セーナ嬢は三龍のときと同じくぽかんとした反応を見せている。


 この時点で二人脱落。

 二朱は本人こそ諦めていないが、婿入り候補としては問題外である。不動のままに俺へと勝利が転がり込んできた。


「見てのとおりだ、姫様。うちの兄弟は馬鹿ばっかりでな……けど安心してくれ。唯一の常識人にして、文武ともに長けた最高の皇子。この四玄がここに――」

「あ、姫様。この馬鹿弟の四玄にはもう婚約者がいるから婿入りの対象には選ばないであげてね」


 藪から棒に二朱がとんでもない虚言を言い放った。


「何を言ってるんだ姉上! 俺は婚約なんかした覚えはないぞ!」

「あんたのいないところでも世界は回ってんのよ。予約済みなのを自覚して散りなさい。さあ姫様。どう? うちの兄弟ともは馬鹿ばかりでしょう!?」

「いいえ。皆さまとても風格があり……素晴らしい方々だと思います」

「えっ」


 二朱が珍しく当惑の声を発した。


「奇矯な仕草には少しばかり驚きましたが、これがこの国の風習なのでしょう。場所が違えば作法も変わるというものです」


 何たることか。一虎と三龍の変質的行動が、この国の威信を汚そうとしている。


「違うんだ姫様。あの二人がちょっとおかしいんであって、断じてこの国には出会い頭に求婚したり脱いだりする風習はない」

「ご謙遜なさらないでください。一国の皇子様がまさかそのような……きっと一挙手一投足が、何かしらの伝統と格式に裏打ちされた行動に違いありません」


 鉄柱に縛り付けられながら唸り暴れる二人の兄の姿は、宮廷の伝統や格式とは最も遠い位置にあった。

 と、ここでセーナ嬢がくるくると檻の中を見渡し始めた。


「ところで……皇子様は五人いらっしゃると聞いたのですが、もう一名はどちらに?」

「ああ月天丸か。あいつはいない」


 俺は物陰に隠れた月天丸を庇って言った。


「それに月天丸は皇子といっても、公認を受けるつもりがないらしくてな。今回の婿入りとは関係ない」

「皇子の地位を辞退なさっているのですか?」

「ああ。義賊として活動してるから、皇子になると盗みができなくなって困るんだと」


 そこまで言って俺は失策を悟った。

 セーナ嬢の蒼い瞳がきらりと輝いたのである。


「それは……とても誇り高い方なのですね。可能ならばぜひお会いしてみたいです」


 戸棚の陰に目をやれば、月天丸は「私を巻き込むな」と拒否するように手を振っている。対外的に存在を表せば、皇子としての公認を受けたも同然になるからだ。


「申し訳ない。俺たちもあいつを呼び出すことはできな――」


 諦めさせようと諭しかけて、ふと気付いた。

 セーナ嬢は月天丸に関心を抱いている、一方、月天丸はあくまでその存在を秘匿するつもりである。何より俺と月天丸は協力関係を結んでいる。

 なら、その評判だけでもここで借り受けてよいのではないか?


「――いいや。隠し事はよくないな。何を隠そう、実は俺が義賊・月天丸だ」


 堂々と言い放つと、他の兄弟全員がぎょっとした顔で俺に向き直った。


「まあ! では、第五皇子というのは架空の……?」

「そうだ。皇子として堂々と盗みを働くわけにはいかないからな。月天丸という架空の人物像を作って義賊活動に勤しんでいたわけだ。これも世のため人のため……」

「待ってください」


 ここで、三龍が俺とセーナ嬢の会話に割り込んできた。まったく脅威は感じない。月天丸の名誉をそのまま借り受け、圧倒的な優位を勝ち取った以上は他の兄弟など恐れるに足らない。


「嘘はいけませんよ四玄。僕こそが月天丸です」

「何言ってんだ三龍。オレが月天丸に決まってんだろ」

「いいえ。あんたたちみたいな馬鹿に義賊は務まらないわ。あたし以外にありえないでしょ」


 まさかの横取り作戦。しかも、一虎と二朱までもが乱戦に持ち込んできた。

 怒涛の自称合戦を受けてしばらくきょとんとしていたセーナ嬢だが、やがてぽんと手を叩き合わせ、


「なるほど。つまり、四人一組で月天丸を名乗っているのですね!」

「まあ……」

「そうね……」

「そうしとくか……」


 全員が視線で牽制しあい、抜け駆け防止の妥協としてそういう設定に決まる。だが、ここでも新たな争いが勃発した。


「でも、『月天丸』の首領は何を隠そう、このあたし二朱よ。他の三人は手足の下っ端ね」

「おい待て! 年長のオレが首領に決まってんだろ!」

「何を言うのですか。月の如く夜闇を駆ける僕の美貌から名付けられた『月天丸』という団名ではありませんか。首領も僕に決まっています」

「馬鹿言わないでくれ。首領には人望が必要だろう。この俺以外に誰が――」


「いい加減にせんかぁっ!」


 そこで戸棚の陰から、しびれを切らしたかのように本物の月天丸が飛び出してきた。

 突如として登場した月天丸に驚き、セーナ嬢がその場で跳ねる。


「あ、あなたは?」

「驚かせてしまって申し訳ない。訳あって皇子の公認は受けておらんが、私が本物の月天丸だ。で、こいつらはただの馬鹿だ」


 俺は鎖の中でもがきながら抗議する。


「月天丸! まさか裏切っていいとこどりをするつもりか!」

「ええい黙れ! さっきから聞いていれば嘘と適当ばかり抜かしおって……国同士の婚儀とあらば、互いの信頼あってこそだろうが! 嘘で塗り固めても後々大きな問題になるだけだと分からんか!」


 行くぞ、と言って月天丸はセーナ嬢の手を引いた。


「待て月天丸。どこに行くつもりだ?」

「皇帝のところだ。貴様らのような馬鹿どもに、ここまで無垢な姫君を嫁がせるのは看過できん。縁談ばかりが友誼の示し方でもあるまい。他の道を探すように忠告を――」


 そこで、ぴたりと月天丸が足を止めた。

 セーナ嬢が俯いたまま身動きしなかったからである。


「今からすぐ皇帝陛下のところに行くのですか……?」

「ああ、そうだ。心配するな。あれは話の分かる人物だから、きっと万事上手く……」

「つまり、親御様への挨拶に向かうというわけですね?」

「ん?」


 月天丸が首を傾げる。俺も傾げる。


「義心に厚く、しかし強引な皇子様……。そういうの、とても良いと思います」


 直後、月天丸の悲鳴が響き渡った。


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