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人の恋路を邪魔する者は


「くそ。こうなったら全員道連れにするしかないな」


 悪臭が染みついてしまった以上、俺が今から姫を出迎えることは不可能となった。ならば平等に全員を潰して、誰も抜け駆けできないようにする。それが残された唯一の策である。


「月天丸。道連れ作戦に変更だ、お前も協力してくれるな?」

「これ以上あまり余計な真似をせん方がいいと思うぞ。墓穴を掘る未来しか見えん」

「心配するな。俺を信じてくれ」


 普段は能ある鷹として爪を隠しているが、本来の俺は二朱以上に卓越した頭脳を持つ。皇子の中で最も優れた能力を誇る俺は、既にこの状況を打開する方策を思いついていた。


「じゃあ詳しい作戦内容だが――」

「ちょっと四玄! いつまで草鞋の紐を直してるの! 早く牽き手に戻りなさい!」


 肝心なところで邪魔が入った。人力車の牽き手に回っていた二朱が、早くも不満の声を上げてきたのだ。

 その援護とばかりに月天丸も親指で前方をくいくいと示す。


「ほれさっさと牽き手に戻れ。いつまでもここで管を巻いていたら、あの賢しい姉君に姦計を見破られるぞ」

「くそっ」


 悔しいが月天丸の言うとおりだ。のんびりとここで説明している猶予はない。

 車から飛び降りた俺は、縄を受け取って二朱と交代する。


 そのまましばらく走り続けるうち、やがて車は北へ向かう街道に出る。石草を除いて平坦に整備されたこの街道は、北方との交通において最も使われる経路である。

 当然、かの騎族たちもこの道を通って都を目指していると推測される。


「よし、平原突っ切って近道したからだいぶ三龍との差を短縮できたわよ! このまま全速力で街道を北上すれば、あの馬鹿が騎族と衝突する前に確保できるわ!」

「聞いたか四玄! もっと速さ上げてくぞ!」

「おう!」


 裏切る肚ではあるものの、ひとまず三龍を捕まえるまでは味方である。俺は威勢よく一虎の呼びかけに応じ、脚力を漲らせる。

 猛烈な速度で街道を走破していくうち、やがて車上の二朱が遠眼鏡を覗き込みながら叫んだ。


「三龍がいたわ! まだこっちには気づいてないし、馬もかなり疲弊してるようね……。一気に接近して決めるわよ。月天丸、あなたも準備しておいて。大事な切り込み隊長の役だからね」

「ちょっと待て。よく考えたら……作戦に無理があるのではないか?」


 三龍がこちらに気付いて馬から下りたら、先陣を切って月天丸が彼の動きを止めに行く役である。

 しかしここで月天丸が異を唱えた。二朱がそれに振り向く。


「どうかしたの月天丸?」

「こんな隠れる場所もないだだっ広い街道では、じきに奴もこちらの接近に気づくだろう」

「ええそうね。気付いたら三龍は馬を捨てて自力で走り出すはずよ。そこであなたが出て行って進路を妨害する――どこかおかしい点がある?」

「無理があるぞ。確かに私も短時間なら貴様らより速く走れるが、ほんの僅かの間だけだ。そう長い距離差を詰めることはできん」

「問題ないわよ。あなたならできるわ、月天丸」

「無理なもんは無理だ。貴様ら人外と一緒にするな。私は人間だぞ」


 背後で言い争う声を聞きながら、俺と一虎は前方に邁進する。と、一虎が目をギラつかせて吼えた。


「っしゃあ! 背中が見えたぞ! このまま追い詰めてやらあ!」


 三龍の背中は馬上にあり、まだ前方で豆粒のように浮かんでいる。本来ならもう少し接近しても気づかれぬ距離的余裕があったはずだ。

 だが、このとき一虎が叫びとともに放った殺気はあまりにも明確過ぎた。


 猛然とこちらを振り返った三龍が、即座に馬上から飛び降りた。さらに次の瞬間には馬を置き去りに自力で疾走を開始した。


「何やってんのよ馬鹿白髪! せめてあと数十秒は近づけたでしょう!」

「関係ねえ! あの馬鹿が逃げるよりもっと速く走りゃいいんだろ! 四玄! 死ぬ気でいくぞ!」


 まったく呆れた短慮である。俺の内心と同じように、車上の月天丸も呆れらしいため息を吐いた。


「ほれ見ろ。これだけ差があったら、私がここから走っても到底追いつけん。最初から作戦に無理があったとしか――」

「自己評価が低いわね月天丸。あなたの特技は足の速さだけじゃないでしょう?」


 そのとき二朱が動いた。得意げにふんぞる月天丸を無視し、赤子扱いするかのように肩の上に担ぎ上げたのだ。


「ちょっ……待て。貴様。なんで私を持ち上げるのだ?」

「早足以外にも立派な特技があるでしょう。あたしたちを翻弄するくらい街のあちこちを縦横無尽に跳び回れる――軽業の上手さが。今がその魅せどころよ」


 そう言って二朱は投石でもするかのように月天丸を振りかぶる。


「ま、待てっ! 貴様、まさか私を」


 俺は走りながら、片方の拳を握って月天丸を鼓舞した。


「大丈夫だ月天丸。お前の身のこなしなら、ここからぶん投げられても十分無事に着地できる」

「やっぱりか! 貴様らよもや私を飛び道具扱いして――ぇえええっ!!」


 放たれた。

 俺と一虎が牽く人力車の勢いと二朱の投擲。すべての速度を一身に引き受け、月天丸の身が青空に滑り出す。


 憤怒の形相でこちらに吼えていた月天丸だが、すぐにくるりと空中で身を捻って姿勢を整える。やはり俺たちの目に狂いはなかった。なんだかんだで、やればできる妹である。


 投擲を終えた二朱が人力車から飛び降り、すぐさま月天丸の増援へと駆けていく。俺と一虎も牽き縄を放り投げ、単身で走り始める。


「待ってろ月天丸! 俺もすぐ助けに行くぞ!」


 全力で疾駆するとすぐに前方の様子が明らかになってくる。

 そこにあるのは、おおよそ予想通りの光景だった。


 三龍の周りをチョコマカと走り回りながら足払いをかけようとする月天丸。それを難なくかわしつつも、足取りを微妙に遅らせられる三龍。その遅れに乗じて、三龍へと猛接近していく二朱。


 まさに想定していた作戦の通りだ。


「いいか貴様ら! これはあくまで国際問題を起こさせないために協力してやってるんであって、飛び道具扱いしたことの落とし前は後で必ず付けてもらうからな! 覚えておけよ!」


 街道には月天丸の照れ隠しが響き渡っている。


「くっ! どうか邪魔はやめてください月天丸! 僕はなんとしてでも姫君を迎えに行かねばならないのです……! 何を隠そう僕と彼女は前世で引き裂かれ非業の死を遂げた仲。一刻も早く再会して枕を共にし、かつての誓いを遂げる必要が……」

「させるもんですかぁっ!」


 二朱が追い付いた。

 三龍の背後から放った二朱の手刀は紙一重でかわされる。だが、彼女が追いついた時点でもはや三龍の独走態勢は崩壊した。


「く、姉上まで僕の邪魔をするのですか……!」

「当然でしょう。諦めなさい。あたしだけじゃなく、一虎と四玄も相手よ。いくらしぶといあんたとはいえ、三人がかりなら仕留められるわ」


 そう。あとは俺と一虎が合流して、三龍を三人がかりで叩きのめす――そういう作戦だ。


 ――ついさっきまでは。


「ぐぁっ!」


 突如として一虎が吹き飛んだ。

 理由は単純。並走していた俺が、不意打ちで跳び蹴りをかましたからである。地に転がった一虎は獰猛にこちらを睨み、


「てめぇ四玄。いきなり何してくれてんだ……?」

「それはこっちの台詞だ。兄上も姉上も……他人の恋路を邪魔するのがそんなに楽しいか?」


 俺は迫真の口上を述べる。


「諦めるな龍兄! 一虎は俺が足止めする! こんなところで足を止めてる場合じゃないだろ!?」

「四玄……!」

「礼は後でいい。行け龍兄!」


 感銘を受けたかのように三龍が息を呑む。


「僕は……本当にいい弟を持ちました。ありがとうございます。ここは任せましたよ、四玄!」

「あたしを忘れんじゃないわよ!」


 再び走り出そうとした三龍だったが、それを阻みに飛び掛かったのは二朱だ。両者の間で無数の攻防が飛び交い、完全な交戦体勢に入る。


 一方、それは俺と一虎についても同じだった。

 先制攻撃を喰らって頭に血を上らせた一虎は、拳をバキボキと鳴らして俺に歩み寄って来る。


「いきなり何をトチ狂ったか知らねえが……四玄。オレに喧嘩売った以上、死ぬ覚悟はできてんだろうな?」

「はっ。俺が簡単に死ぬと思うか?」


 この構図こそ、俺が狙っていた道連れ作戦の理想形であった。

 俺が一虎を足止め。二朱と三龍を一対一でいがみ合わせる。


 そして。


「月天丸! 後は任せたぞ! お前が一番乗りになって『強くて優しくてカッコいい最高の第四皇子・四玄からの遣いです』と名乗って騎族たちの案内を務めてくれ!」


 俺には月天丸という相棒がいる。俺が足止めをする間、月天丸が他を出し抜いて俺の評判を上げてくれればいい。

 即興で練り上げたというのに、隙がなさすぎる完璧な作戦だった。


 ――月天丸が地面にゴロ寝して、一向に動こうとしない点を除けば。


「お、おい! なんで遣いに行かないんだ月天丸!」

「こんな醜い光景を見せられたら協力する気も失せるわ。だいたい、さっき貴様は私が投げられるのを見捨てたろう。都合よく私が動くと思ったか?」

「実際、無事だったじゃないか」

「結果どうこうの問題ではない」


 まさかの重大場面で月天丸がヘソを曲げた。どう機嫌を取ったものか考えていると、


「よそ見してる余裕があんのか!? ああ!?」


 一虎が仕掛けてきた。さすがに気を抜いて戦える相手ではない。俺は一旦思考を切り替え、全神経を一虎の迎撃に集中させる。



 そのまま、しばしが経過し――……



「なんだ。こやつらは」



 街道のど真ん中で乱戦を続けていた俺たち兄弟。

 その熱狂を一瞬で冷まして正気に戻したのは、雪鹿の騎隊を引き連れて街道を通ってきた――騎族の酋長らしい男の一言だった。


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