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美しき共同戦線

 明らかな失策だった。

 今回の婿争いの戦いにおいて、俺は完全に三龍を敵として問題外とみなしていた。数多の女官に言い寄っては振られてきたという負の実績がある上、皇帝から今回の縁談話を告げられたときも他の皇子たちとは反応が一味違っていた。


『婿選びですか。なるほど、それでこの僕に白羽の矢が立ったわけですね』


 皇帝の説明を受けた直後の三龍の第一声がこれであった。何の迷いもなく自分を唯一の候補と考えるあたり、己惚れ具合に救いがない。

 もちろん皇帝は即座にこれを否定した。


『いいや、お前を指名しているわけではない。皇子のうち誰かというだけだ。此度の来訪でそれを見極めてもらう』

『父上、考えてもみてください。一虎と四玄は女人の心をまるで解さぬ馬鹿と阿呆です。他国の姫君と縁談を結ぶなら、もっとも女性経験が豊富な僕こそ適任というものです』

『敗北の経験しかしておらんだろうが』

『負けの戦こそが将を最も成長させる――と父上は常々仰っているではありませんか』

『戦の基準で考えたらお前はとっくに討ち死に済だぞ』


 皇帝の指摘は極めて妥当なものだったが、それでも一向に三龍は怯まなかった。


『ですが父上。政略結婚とあらば、その姫君は望まぬ婚儀で傷心しているはずかと思います』

『そうかもしれんな』

『僕はつい先日、女官に振られたばかりです。しかも去った女官の後任は、筋肉ゴリゴリのむさい大男でした。こうした状況からして――僕もまた心に大きな傷跡を抱えているといって過言ではありません』

『過言だ』


 三龍は大胆かつ不敬にも皇帝の指摘を無視。


『同じ傷を抱えた者同士だからこそ芽生える愛というものもあるのです。確かに最初は反目することもあるかもしれません。しかしやがて、それが絆になっていき二人の間には――』


 延々と妄想の一人語りを続ける姿は、まさに「三龍ここにあり」といわんばかりの存在感を誇っていた。

 彼の一人脱落を俺が確信したのも無理からぬことである。


 そのまま三龍だけを謁見の間に置き去りにし、その場はお開きとなった。ちなみに俺が月天丸を迎えに行ったのは、この直後のことである。


―――――――……


 そして今現在。

 俺は北に向かって平原を疾駆していた。ただし一人で走っているわけではない。一虎と並んで人力車を牽き、その車上には二朱と月天丸を乗せている格好だ。


「くそっ! 姉上、目算は今どんな感じだ!?」

「焦らないで。まだ大丈夫よ。あんたたち二人が牽く人力車なら、三龍が乗った馬より速度は確保できているはず。経路もあたしが誘導すれば短縮できるし、十分追いつけるはず……!」


 二朱は血眼で地図と方位盤を見比べて針路の指示を出している。一方、月天丸は人力車の激しい揺れに吹き飛ばされぬよう、座台の隅を必死に掴んでいる。


「すまん月天丸。もう少し耐えていてくれ。すぐ三龍に追いついてみせるから……」

「ま、待て。なんで私まで連れてこられているのだ?」


 舌を噛まぬようにするためか、ぎこちない喋り方で応じた。


「俺たちの接近に気付けば、三龍は馬から下りて自分の足で逃げようとするだろう。そのとき、人力車で体力を消耗した俺と一虎じゃ追いつけない可能性がある。だから月天丸、一番足の速いお前が奴に飛び掛かって足止めをしてくれ」

「一瞬だけでも三龍の動きを止めてくれたら、あたしも追いついて奴を捕縛するわ」


 俺と一虎が馬代わり。捕獲役を二朱と月天丸に任せる完璧な追跡の布陣である。


「そういう作戦だ。分かったな月天丸?」

「違う。そうではない。なぜこんな風にわざわざ追いかけているのか聞いているのだ。お前たちの言い分からするに……どうせ三龍に任せていても勝手に恥を晒して婿選びから脱落するだけなのだから、放っておけばよいのではないか?」

「現状認識が甘いぞ月天丸。相手の立場になってみろ」


 相手の立場? と唸る月天丸に、俺は現状の深刻さを分かりやすく解説する。


「『お迎えにあがりました。あなただけの皇子様、三龍にございます!』とか叫ぶ不審な男が単騎で姫君のいる行列に突っ込んで来たらどうなると思う?」

「弓矢の雨嵐だろうな」

「ああ。傍目には『すごい剣幕で姫君に近づいてきた異様に強い変質者』だ。武力衝突が起きるのは容易に想像できる」


 三龍が軽々に相手に手を出すとは思えない。しかし、戦いの混乱の中では何があるか分からない。向こうに負傷者でも出ようものなら、婚姻は当然のごとく破談。友好関係もあっけなく崩壊する恐れがある。


「今この婿入り話をご破算にされるわけにはいかない。三龍が自爆するのは勝手だが、俺たちを巻き込むようなら――」

「そうなる前に潰す」


 俺の言葉を引き継ぎ、一虎が殺気を漲らせて笑った。

 本来なら敵同士だが、一時的に共同戦線を張った形である。三龍を除く兄弟四人が団結した今、恐れるものなど何もない。


 と、ここで俺は足元に目線を落とす。


「すまん姉上。少し俺の草鞋の紐が切れそうだ。履き替えるから牽き手をほんの少し替わってくれ」

「ったく、ちゃんと手入れしときなさいよ。少しだけよ。捕獲役のあたしはあんまり体力消耗できないんだから」


 人力車から飛び降りた二朱が俺に並走してくる。牽き縄を上手く手渡し、代わりに俺は座台に飛び移る。


「早駆けの草鞋の紐がこうもあっさりちぎれるとは……貴様らいったいどういう脚力を」

「しっ、声を落とせ。月天丸」

「む?」


 草鞋の紐を切ったのは故意である。踏み込みの力加減で負荷を紐に寄せたのだ。

 その理由は、こうして月天丸と秘密会議をするために他ならない。


「いいか月天丸。この作戦は裏切り前提だ。今は三龍を止めるために協力してるが、その後は一虎も二朱も自分が姫様の出迎え役になろうと狙ってる。もちろん俺もな」

「結局そういう魂胆か貴様らは……」

「ああ。協力して三龍を潰したら、次の戦いがすぐ始まる。そのためにこいつを用意しておいた。受け取ってくれ」


 そう言って俺は月天丸に掌大の布袋を二つ手渡す。受け取った月天丸は首を傾げる。


「何だこれは?」

「馬糞だ。隙を見て奴らにぶつけてくれ。糞塗れになっちまえば、とても姫様に会うなんてできないだろうしな」


 すぐに月天丸が平原へと袋を放り投げた。


「ああっ! 何するんだ貴重な秘密兵器を!」

「何が秘密兵器だ! どうりで何か変な臭いがすると……くそ、どうしてくれる! 私の掌にもちょっと臭いが付いたではないか!」

「だからこそ効果的なんだろうが! こんな臭いが付いてたら、とても姫様なんかに会えたもんじゃないから……」

「おい待て」


 他の二人にバレぬよう声を押し殺して叫びあっていたが、途中でいきなり月天丸が冷静になった。


「貴様。この袋を今どこから取り出した?」

「懐から」


 俺が装束の胸を指差すと、月天丸は少しだけ鼻先を動かす。


「ぐ」


 顔を歪めて俺から距離を取った月天丸を見て、俺は自らの策に溺れたことに気付いた。


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