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乙女心は難しい


 事実上、一虎は脱落したも同然だった。

 あの調子でいけば、彼は轡と鞍を装着した四足歩行状態で姫君を出迎えることになる。そんな特殊な風体の人間が婿に選ばれるわけがない。


「なあ月天丸、お前だったら何を貰ったら嬉しい?」

「わっ、私個人の好みは関係ないだろう」


 市場に向かって歩く途中、俺は月天丸に貴重な参考意見を求めた。だが、問われた月天丸は妙に狼狽する。


「関係なくはない。向こうは姫様で、お前もいちおうはこの国の姫様だ。何か通じるものがあるかもしれん」

「誰が姫様だ。最近むりやりそういう扱いにされただけだろうが。姫というなら――貴様の姉のあの二朱というのが正統な姫だろう」

「そうか。あれも姫か……」


 指摘されて俺は愕然とする。君主の娘という定義では、二朱も該当する。


「しかし月天丸。姉上を基準に『姫様宛ての贈り物』を考えるなら、『金目の物』が最適解ということになるぞ」

「そんな風情のない品になるのか? あの姉君は装いも上等だし屋敷も豪奢だったし……だいぶ通人だったではないか。工芸品や装飾品を贈る方が喜ばれるのではないか?」

「それが難しいところでな」


 二朱は確かにそうした品々を好む。だが、人から贈られる場合はまた別なのだ。


「姉上はあれでいて見た目はいいし皇族だから、方々から歓心を買おうと贈り物があったりするわけだ。金銀細工だったり手の込んだ彫刻だったり……だいたい最高級のものが贈られてくるんだが、それを快く思ってないフシがある」

「なぜだ?」

「服飾にせよ家の調度品にせよ、ぜんぶ自分のこだわりで揃えたいらしい。他人の感性で選んだ品をそこに捻じ込んでくるな――と。そういうわけで、基本的に姉上への贈り物は右から左に現金化される。最初から現金で寄越せと豪語してるくらいだ」

「まあ、言いたいことは分からんでもないが……」


 月天丸はしばし呆れたように俯いていたが、やがて首を振った。


「あまり露骨な金目当てのものはよくない気がするな。たとえば私が仮に……あくまで仮に! 婿を選ぶ立場にあったとしてだな。露骨に銭や金をチラつかせられては、買収されているようで不愉快になる。相手は姫君なのだから誇りは高いだろう。その誇りに傷をつけてはいかん」


 つまり貴金属や宝石も望ましくないということか。

 このあたりはよく検討してみると難点も大きかった。なにしろ極寒の北方に住む民族なのだから、石や金属などを身に付けていてはたちまち凍傷となってしまう。


「高価すぎず、誠意が伝わるものか。難しいな……」

「なあに、そう固く考えるな。何しろ比較対象が轡を付けた変態だ。あれに比べたら世の中のたいていのものはマシになる。実用的に考えたら防寒の毛皮でもいいだろうし、茶葉なんかでも喜ばれよう」

「なるほど。実用か」


 頼りになる月天丸の助言を聞くうちに、市場の賑わいが近づいてくる。演説のときに衆前に出たものの、民衆と演台にはかなりの距離があったので俺の顔は詳しく割れていない。

 さらに今は変装として肩からボロ上着を羽織っているので、溢れ出る俺の威風は完璧に隠蔽されている。


「そうだ月天丸。お前を仮想・姫様っていうことにして俺が適当な品を選んでくるから、感想を聞かせてくれないか?」

「あまり気乗りはせんが……いいだろう。目的のためだからな」


 少しばかり苦々しげな表情になるも、月天丸は了承の頷きを見せる。甘味屋の店先で月天丸には待っていてもらい、俺はさっそく品選びに走る。


 十分ばかりの奔走を終えて戻ると、月天丸は汁粉に舌鼓を打っているところだった。空の器が脇に置かれている様子からして、お代わりまでしているようだ。実に満ち足りた様子である。


「ああ、もう戻ってきたか。なんならもっと長くてもよかったのだが」

「せっかく付き合ってもらってるんだ。そう待たせちゃ悪いしな。とりあえず実用性重視で選んできたぞ」


 そう言って俺は一つ目の品を月天丸に差し出す。

 指の長さほどの小さな筆――化粧筆である。漆を塗った丁寧な造りのため化粧筆としては高価な逸品だが、金銀細工に比べればずっと安い。


 差し出された月天丸も「ほう」と目を丸くして筆をつまむ。


「貴様にしてはなかなか目の付け所がよいと思うぞ。これはわりといい選択なのではないか?」

「ああ。月天丸、お前のおかげでいい買い物ができた。お前を仮想・姫様だと想像してみたら真っ先にこれが思い浮かんでな……」

「わ、私を?」


 褒められたのを照れているのか、微妙に頬を紅潮させてじりじりと下がる月天丸。

 俺は感謝の念を込めながら頷く。


「姉上が化粧で繕ってやったときのお前はなかなか見られた美貌だったんだが、最近は家出もするわ、たまに風呂も入ってなさそうだわ、ちっとも見る影がないからな。少しは外見にも気を使って欲しいっていう兄としての願いが、自然とこれを選ばせ――」

「却下だ」


 俺が理由を言いきる前に、月天丸は掌を返して化粧筆を突き返してきた。


「なぜだ月天丸? さっきはいい選択だって」

「なんかムカついたから却下だ」


 あまりに急に態度を硬化させてきた。やはり乙女心というのは理解が難しい。贈り物一つでここまで困難を極めるものか。


「ああ、分かった。だけどな月天丸。もう一つ隠し玉があるんだ。お前の助言にも当てはまる、実用性抜群の品だ」

「あんまり期待はできんが……とりあえず見せてみろ」


 俺は満を持して懐からその品を取り出す。

 厚手の綿生地で編まれたそれを受け取った月天丸は、その布地をぴらりと宙に広げる。


「寒冷地用の下着だ。どんなに寒くても肌身の温かさを保ってくれる」


 丸みを帯びた逆三角形の下着が、月天丸の眼前に堂々と佇んでいる。


「月天丸。今の時期も朝晩は冷え込みがきついからな。あんまり家出をされると、お前が体調を崩さないか心配なんだ。せめてこういうのを履いて少しでも温かくして欲しいという兄の願いが、これを選ばせ――」


 次の瞬間、俺の顔面に向かって下着が投げ返されてきた。

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