参謀の重要性
「まずその根拠のない自信を捨てろ。決して己惚れるな。私から見れば貴様も他の兄弟も目糞と鼻糞だ。勝利を確信するのは勝手だが、呑気に構えられて他の奴に婿の座を奪われては困る」
俺の自宅である『第四庭』の離れ屋敷。その居間には、かつてない熱弁を振るう月天丸の姿があった。
これまで俺の皇位回避について度々協力を頼んだことはあったが、月天丸の方からここまでの熱意で場を主導するのは初めてのことだった。
「そうか月天丸……お前、悲しみを振り払うためにわざとそこまで協力的に……?」
「気色悪いことを言うな。次にそんな邪推をしたら舌を引きちぎってやるぞ」
獣のように唸って月天丸がこちらを睨む。
その様子を見て、居間の奥座敷で茶を啜っていた二朱がせせら笑った。
「どうかしら。その理屈も意外と遠からずって気がするけど」
「そんなわけがあってたまるか。というか貴様、例の陰謀に気付いていただろう? 私は絶対に思い通りになってやらんからな」
「ムキになるところがまた子供っぽいわね」
何の話かはよく分からなかったが、月天丸が挑発されているのは理解できた。みるみるうちに顔を赤くし、今にも二朱に詰め寄ろうとしている。
俺は月天丸の肩を掴んで制止をかける。
「まあ落ち着け月天丸。いちいち姉上の挑発に乗っていたら堪忍袋がいくつあっても足りん。姉上も、用事がないなら冷やかしはやめて客舎に帰ってくれないか。せっかく月天丸が協力してくれているんだから」
「あら、冷やかしじゃないわ。れっきとした敵情視察よ」
「敵情?」
俺は首を傾げた。今現在、二朱とは特に対立事項などなかったと思うが。
そんな俺の心中を読み切ったかのように、二朱は不敵に口の端を吊り上げる。
「ふふ、相変わらず考えが浅いわね四玄。今回の件は異民族のお姫様の婿探し――つまり、女のあたしは蚊帳の外だと思っていたでしょう? それが油断というものよ」
「なんだって……?」
「能天気なものね。このあたしが何の策も考えてないと思った?」
確かに今回、俺は二朱については特に警戒していなかった。
今までの皇位の押し付け合いは無差別の乱戦に近い形だったが、婿の座の争奪戦とあらば必然的に男三兄弟にその枠が絞られる。
しかし、二朱は妖術に喩えられるほどの卓越した頭脳を持つ。
まさか候補外という死角からの逆転策を練っていたというのだろうか。俺と月天丸は緊張の汗を浮かべ、生唾をごくりと飲む。
やがて二朱がその秘策を告げる。
「性別なんて関係ない。女同士でいけばいい――それだけのことよ」
「どんな策かと思ったら、想像以上の力技で攻めてきたな」
月天丸が石のような無表情になって呟く。どうやら呆れているようだったが、俺は鋭く警告の視線を送る。
「月天丸、力技だからといって侮らない方がいい。戦の用兵は往々にして正道が奇策に勝る。小細工なしの正面突破ほど怖いものはない」
「なんかそれっぽい話を持ち出してややこしくするな。戦とこの場は無関係だろうが」
俺が月天丸を諫めている間に、二朱はひらひらと手を振って家から出ていく。
「月天丸の加勢がどんなものかと思ったけど、所詮はただのお子様の意地っ張りね。見てなさい。最後に笑うのはこのあたしよ」
「だ、誰が意地っ張りだ貴様!」
高笑いして去る二朱を戸口に見送ると、月天丸は苛立った表情となり居間の卓を両手で叩いた。
「ええい! とっとと作戦会議をするぞ! とりあえず貴様、私が協力しなければどんな作戦でいくつもりだった?」
「作戦なんてない。ただありのままの俺を曝け出す予定だった」
「そうか。そうだろうな。貴様はそういう奴だったな」
死人のような目つきで俺を一瞥した月天丸は、長い息を吐いて髪を掻いた。それからしばし顎に手指を添えて考え込む。
「さっきの姉君の戯言は置いておくとして……現実的な対抗馬は全裸と助平の兄二人か。まあ、ボロさえ出さなければ貴様にも十分勝ち目がある勝負だな」
「ああ。特に三龍は放っておいても勝手に脱落するだろうから」
この意見には月天丸も同意の頷きを見せた。
こと女性関係の場面において、三龍の気持ち悪さは他の追随を許さない。こちらが手を出さずとも、放っておけば自ら奈落の底に飛び込んでいくのはほぼ確定している。
「となるとあとは一虎だな。やっぱりここは殺しておくのが無難か?」
「ごく自然に兄の殺害を提案するな」
「そうだな。あれを殺すのは一筋縄じゃいかないからな……」
月天丸は頭を抱えて卓に肘を付いた。
「そういう物騒なやつではなく、もっと常識的に考えろ。見た感じの印象だが、あの一虎という兄は女性に対して繊細な気遣いができる男ではないな?」
「ああ。あれに比べたら野生の猿の方がよほど繊細なくらいだ」
「ならば貴様は少しでも誠意を見せればいい。何か贈り物でも用意しておくとか」
贈り物といわれ、俺はしばし考え込む。
「相手は騎馬民族だからな……。馬具の類とかがいいか?」
「おお! 貴様にしては悪くない発想ではないか」
しかし不安要素もある。
馬具などは使い慣れたものに勝るものはないし、何よりかの北方民族は普通の馬でなく寒冷地の雪鹿を主な足とするという。この都で調達できる馬具とは合わない可能性もある。
いや、とりあえず市場にでも出て探してあらゆる品を探すのが先決か。
「とにかく、しらみつぶしに市場を巡ってみるか。月天丸、馬具以外にもよさそうなのがあれば助言してくれ」
「ああ、任せておけ」
「俺は贈り物の目利きなんてさっぱりだからな。頼りにしてるぞ」
やはり月天丸が参謀として協力を申し出てくれたのは大きかった。贈答品というのは言われてみればごく初歩的な発想だが、俺一人では一虎を殺しにかかるとかいう足の引っ張り合い的な短絡発想しか出てこなかった――
俺が感心していた、まさにそのとき。
窓の木枠が大音とともにぶち破られ、いきなり外から巨体が舞い込んできた。拳をバキボキと鳴らして獰猛に筋肉を膨らませたその人影の正体は、
――殺意を漲らせた一虎だった。
「はっはぁ! 四玄! 用件は分かってんな!? どっちが婿入りに相応しいか、今ここで決めようじゃねえか!」
少し考えれば予測は付くことだった。
一虎の方に、短絡発想を止める参謀はいないのだ。




