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真の屑か否か

「言われてようやく気付いたか。よほど熱くなっていたと見える」

「え? 何これ。どういうこと? どうなってんの? 赤い頭巾の男って、薬売りの用心棒だった奴だろう?」


 狼狽する俺を見て、腕組みした二朱がため息をついた。


「誰が最後の最後まで騙され続けるかと思ったけど、やっぱりあんただったのね、四玄。よく考えてみなさいな。昨日からおかしかったでしょう?」

「昨日?」

「月天丸が阿片売りの件をお父様に直訴したときからよ。お父様が罪人を目こぼしするのは、それがあくまで国のためになるときだけ――阿片売りなんて、放っといたら亡国まっしぐらの大罪を見逃すわけがないでしょう?」


 言われてみれば。今までも狂薬の類が出回ったときには、厳重に取り締まって関係者を軒並み裁いていた覚えがある。


「え? じゃあ、薬売りの屋敷が壊滅してたってのは……」

「お前たちとの準備運動がてら、余が潰してきた」

「赤い頭巾の男は?」

「本物は弱かったぞ。余の指一本で昏倒させてやったわ」


 俺たちよりよっぽど悪質な行動力だった。密売人相手に、よもや皇帝自身が出向いて壊滅させようとは。

 というか、今朝の直訴のときに「くれぐれも行動は慎め」とか言ってただろあんた。自分で阿片売りの屋敷を壊滅させてきた直後にそんなこと言ってたのか。


 いや、そんなことより。


「じゃあ……この誘拐騒ぎはなんだったんだ? あんた、月天丸を気に入ってただろ? 殺すわけないよな」

「お前たちが単なる屑かどうかを見極めるためだ」


 皇帝はじろりと俺たち兄弟を眺めた。


「最近のお前たちの言動はあまりにも目に余った。こんな調子では、養子でも取った方がマシかもしれん――本気でそう思うくらいにはな」

「ぜひそうしてください!」

「いいや、もうその必要はないと分かった。そうだろう? お前たち」


 皇帝が手で指し示すと、風神・雷神も頭巾を取った。

 この国で一虎や三龍と打ち合える数少ない武人――将軍と指南役がそこにいた。


「余も含め、こやつらはお前たちの腕をもってしても容易には勝てぬ相手。いいや、敗北の危険すら十分に伴う。たかだか自称の第五皇子と引き換えに命を懸けるは、普通では考えられる愚かな博打よ」

「そうです俺は愚か者です! だから皇帝にはふさわしくありません!」

「ちょっと黙っておれ」


 皇帝は俺にゲンコツをかまして地面に叩きつけた。既に限界が近かった俺は、指一本も動かせなくなってひれ伏す。


「いかにもお前たちは愚か者だ。だが、本物の屑ならば危険を察知した時点で退避を選んだろう。お前は余を前にしても逃げなかった――後の三人は知らんが」


 皇帝が顔を向けると、三人の兄たちはへらへらと笑った。


「あたしは最初から薄々怪しいなと思ってて、これ見よがしなアジトを見た時点で確信したわ。ああそれと、無謀に演技を続けてきたお父様の私兵団は暇潰しにのしておきましたから」

「お前はそうだろうな。他、虎と龍は?」

「オレは剣を合わせた時点で気付いたよ。これ将軍じゃん、って」

「僕もです。だからあなたの仕掛けた罠だと思って、四玄だけ先に行かせました」


 卑怯だぞ兄上! と叫ぼうとしたが、もはや大声が出なかった。


「いずれにせよ、本来ならお前もすぐに余だと気付いたはずだ。こんな鋼鉄の肉体を持つ者が他にいるものか。むしろ将軍たちよりよっぽど看破の難易度は低いはずだぞ」

「……それは」

「しかも頭巾が破れてもすぐに気付かぬとは。よほど助けることに集中していたのだな」


 俺は這いつくばってその場から逃げようとしたが、襟首を掴まれて持ち上げられた。


「心からの屑ならばそんな熱量は出せん。どこかで逃げの打算を働かせるはずだ。いやあ、安心したぞ。跡継ぎに指名したばかりのお前が屑でないと知れて、余は満足だ。一芝居打った甲斐があったものよ。さあ、この場には将軍も皇子三人もいる。戴冠の儀を行うには十分な役者が揃っている」


 そう言って皇帝は履物の股間から王冠を取り出した。やけに膨らみが大きいと思ったら、なんてところに国の象徴を忍ばせていたのだ。


「さあ被れ」

「やめろっ! 二重の意味でそんなもん被りたくない! おい兄上、姉上! 助けてくれ!」


 屑たちは一様に目を逸らした。なんてことだ。絶対に許さない。皇帝になったら道連れにしてやる。


「むー!」


 俺が目を涙に潤ませかけたとき、すっかり忘れていた月天丸が猿轡の下で叫んだ。

 皇帝が戴冠の手を止めてそちらを振り返る。


「おお、そうだった。選帝のためとはいえ、お嬢さんには申し訳ないことをした。いずれ詫びの品を渡すゆえ、許せ」


 皇帝が月天丸の方に歩いていく。その間に逃走しようとするが、もう立ち上がる体力すら残っていなかった。

 月天丸の身を縛っていた縄が皇帝の手刀で断ち切られる。素手で刃物の切れ味を出せるのが本当に化物である。


 そのとき。

 解放された月天丸が、電光石火の早業で皇帝の手から冠を奪い取った。


 速い。


 膂力にこそ欠けど、全力の身捌きの速さは俺たち兄弟を凌ぐほどかもしれなかった。

 皇帝は空になった自分の手を呆けたように見つめている。


「貴様! それを返せ!」


 将軍と指南役が血相を変えて駆け寄ってくる。それに対し月天丸は、


「ならば望みどおりにしてくれる!」


 坑道の岩壁に向かって冠を投擲した。黄金と宝石で作られた冠は脆い。岩盤にでも当たれば砕け散ること請け合いだ。


 皇帝も将軍も指南役も、俺を含む皇子たちも――全員がそちらを注視した。

 その途端、いきなり俺の身が出口に向かって動き始めた。次いで襲い来る激痛。


「いっででででで! 引きずるな! 地面で身体が削れる!」

「しょうがないだろう、抱えるには重すぎるのだ! いいか、これで火から助けてもらった借りはなしだぞ!」


 全員の意識の隙を縫って、月天丸が俺を引きずって逃走を始めた。だが、注意を引けたのは一瞬だ。俺という重荷を背負っていては、すぐに皇帝たちが追い付いてくる。


 引きずられながら振り返ると、王冠を岩壁の寸前で掴み止めた皇帝が、鋭い目でこちらを見ていた。

 そして、なぜだか目元に笑みを浮かべながらこう口を動かした。


「追うな。借りは返させてやれ」


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